第119話 酒場のエルフ
2014年度、最後の投稿になります。
今年も大変お世話になりました。
次話投稿は年が明けて1月6日を予定しています。
年末年始は結構忙しいので、もしかしたら少し遅れるかもしれません。
エストの協力(反則?)もあって、無事に二回目の冒険者を済ませた俺は二階の掲示板付近で屯っていた女性の冒険者と他愛もない会話をしていた。
二階に上がれるということは最低でもAランクに達している事を意味しているのだが、外見上で判断する限りでは、とても強そうにはみえなかった。
「あ~駄目だよ? 人の事を見かけだけで判断しちゃ」
そんな事は一切口にしていない筈なんだけど……もしかして心を読めるとか?
「幾らなんでも心までは読めないよ。人外じゃないんだから」
「えっと、顔に出てました?」
「大抵の人は私が此処にいると、そう言う目で見てくるからね」
「コイツは見た目だけは淑やかだしな。本性をみたら、尻尾を巻いて逃げ……うごっ!?」
先程の女性が隣に立っている男性に対して、ツッコミを入れるかのように腹部を軽くたたいた瞬間、男性は叩かれた腹部を両手で押さえて『く』の字に崩れ落ちた。
見た感じではそれほど強く叩いてたようには見えなかったのだが?
男性の表情からして芝居をしている風には見えないし。
「だ・れ・が、凶暴で嫁の貰い手がないって?」
「そ、そこまで言ってな……ガクッ」
「まぁ良いや。コイツの制裁は後のお楽しみに取っておくとして、ちょっと小耳に挟んだんだけどアンタ魔術師だって?」
登録時に魔法と剣と口にしたのが聞こえていたのかな?
「ええそうですが、それが何か?」
「今、この町はちょっとした騒動が巻き起こっていてね。怪我人が続出なんだよ。そこで悪いんだけど貴重な存在である魔術師のアンタには町の外での魔物退治じゃなく、できれば町の中での仕事を受け持ってほしいんだけどね」
「ノーラさん! そんな勝手なこと……」
「私がアンタの意見も聞かずに自分勝手な事を言っているのは自覚してるさ。でも貴重な魔術師様だよ? それにこのままだと遅かれ早かれ、この町も奴等の手に落ちてしまうよ」
「あ、あのちょっと良いですか? 人伝に聞いた話だと此処デリアレイグには魔法学園があって、子供の内から将来の魔術師を育成してるって聞いていたんですけど、今この町に何が起こっているのか自分には分かりませんが、魔法学園なら何人も優秀な魔術師がいるんじゃないんですか?」
確か目の前にいるアリアも俺が最初に冒険者登録をした頃、魔法学園に通ってたんじゃなかったか?
「はい。確かに仰られる通り、魔法学園がありました。かくいう私も一時期は学園に通ってました」
ん? 『ありました』だと過去形じゃないか? 此処は『あります』じゃないとおかしいだろ。
「魔法学園はだいぶ前に廃止になりました。理由は将来が見込めないという事で王都から『金を沼に捨てる物だ』と支援が止まってしまったんです」
「私は魔力の魔の字もなかったから偉そうなことは言えないんだけどさ、魔法学園にゃ貴族のボンクラ共も通ってたんだろ? その親の内の誰か1人でも援助してやろうとは思わなかったのかねぇ」
「それは私にも分かりません。生徒の内の何人かは魔法学園がある王都へと引っ越していったようですが、その後どうなったか音沙汰ありません。まぁ平民の私と貴族の方々とでは資産に差があり過ぎますが」
それで町の中から貴族が居なくなったのか。
まぁ理由はそれだけじゃないだろう。町の中から騎士や衛兵が居なくなれば、それまで町の住民に対して推測ではあるが、横暴な事を繰り返してきた貴族が住民から仕返しを受けてしまう。 かと言って今まで見下していた町の住民や冒険者に対して尻尾を巻いて逃げ出すというのも貴族の沽券に拘る事なので、子供を王都の魔法学園に通わせるために町を出たという事にしておきたいとかかな?
そんなこんなで適当な話をしながら、更に情報を聞き出せないかと思っていたが残念ながらそれ以上の事は聞けなかった。
貴重な回復術士として何かあった時の為になるべく町の外に出ないでほしいとは言われたが、俺としても律儀にギルドで魔物退治をするつもりはない。
最優先となる目的はあくまでヴォルドルム公爵にあって話をすること。
手配書に書かれていた古代文字を誰が書いたのかは分からないが、罠でない事を祈るばかりだ。
その後、ギルドを後にした俺は物見遊山も兼ねてデリアレイグの町へと歩き出す。
だが、ギルドから10分ほど歩いてきたところでエストが警鐘を鳴らしてきた。
《マスター、ギルドの近くの裏通りから5人ほど後を付けて来る者がいるようです》
エストの言葉を確かめるようにして来た道を振り返ると、其処には誰一人としていなかったが、内なる精霊は気配を読みとっていたようで。
《左側の建物の陰に2人、右側に3人潜んでいるようです》
《狙いはやっぱり俺か?》
《ほぼ間違いないでしょう。武器を持っていないマスターを襲って有り金を奪うつもりなのでは? 人間とはいつの世も愚かな者達ばかりですね。身の程知らずにも程があります》
エストの言葉も辛辣だが、気持ちは分からんでもない。
武器はおろか防具さえも身に付けてはいない無防備な俺は奴等からしたら恰好の獲物だろう。
でもこのまま逃げるというのも面白くないしな。さて如何するか?
と考えていたところで腹の虫が盛大に鳴り響いた。
そういえば朝飯を軽く食ってから今の今まで何にも口にしてなかったっけ。
『何か手ごろな店はないかな』と後ろの奴等を半ば放置して見回していると懐かしいガウェインさんの酒場が目に留まった。
こんな真昼間から酒場が開いているのか分からなかったが、中から聞こえてくる聞き覚えのある怒鳴り声とこれまた、聞き覚えのある女の声、更に其れを煽っているような声が聞こえてくることから営業していないという事はないようだ。なにか騒動に巻き込まれるような懸念もあるが。
敢えて騒動から逃げだして町の外にでて、亜空間倉庫から果物か干し肉を取り出して食べても良かったんだが、久々に人が作る食べ物とパンを食べたいと思っている俺が其処に居た。
そして意を決して扉を開いて中に入った俺が見たものは予想通り、何故か上半身裸でアリアの姉であるディアナとカウンターを挟んで言い争いをしているガウェインさんの姿だった。
といってもディアナは我関せずと言った表情で椅子に座り、テーブルに頬杖をついたうえで顎を乗せて目を瞑っているようだが……。
「今日こそは今まで飲み食いしてきたツケを払ってもらうからな!」
「うるせえな。小さい事で一々腹をたてんなよ。ハゲるぞ? ってか、もう禿げてるか」
「余計な御世話だ!」
周りにいる客も、木で作られていると思われるジョッキを傾けて2人のやり取りを静観している。
中にはどちらが勝つか、酒代を賭けている輩もいるようだ。
ガウェインさんが怖いのか、それともディアナに巻き込まれたくないのか誰もカウンターに座っていない。
が、俺も周りの奴等みたいに静観しているわけにはいかないので思い切って声を掛けてみると。
「あのぅ……」
「「ああん!?」」
ってディアナは良いとしてガウェインさん、どこのチンピラですか。
「酒場で言うのもお門違いかも知れませんけど、普通の食事は出来ますか?」
「あ、ああ、パンとスープだけの軽い食事なら200Gだ」
「じゃ、それでお願いします」
「親仁、それアタシにも頼んわ」
「寝言はツケを全部支払ってから言え!」
「ところで町じゃ、あんま見かけねえ顔だな。冒険者か?」
ガウェインさんはカウンターの背を向ける形で鍋を見たまま俺に話しかけてくる。
「ええまぁ、そんなところです。といっても登録したての新米ですが」
「でも、こんな時に町に来るなんざ運が悪いとしか言いようがねえな。ところで外に居る奴等は兄ちゃんの知り合いか?」
まだ居たのか……ホントしつこいな。
というかそんなところにいたら往来の邪魔だろうに。
「いえ、俺は見ての通り一人ですよ」
「ってことは、まだアイツら懲りてねえみたいだな。ついこの前も自称、元騎士って奴に喧嘩売った挙句、死にそうになってたってのによ」
「馬鹿は死ななきゃ治らないってとこですね」
「おっ上手い事言うじゃねえか」
そう言いながら此方に振り向いたガウェインが手に持っていたのは、如何にも堅そうな黒パンが二つと、その匂いだけで腹がなりそうな暖かなスープだった。
「ところで今更かもしれないけど、カウンターに座ってて良いんでしょうか?」
そう聞く前に既にカウンター席に座っていたので今更聞くのも変な事だが。
「ん? 別に構わねえよ。なんでだ?」
「他の人達は何故か、狭いテーブル席で密集して飲んでるじゃないですか。この光景を見て考えるとカウンター席って特別な客専用なのかなと思って」
「『狭い』ってのは余計だ。まぁ確かに少し前までは決まった奴にしか此処に座らせなかったが、今は誰が座っても構わねえぜ。ただ、この馬鹿がカウンターに座っている時は誰も寄り付かねえな」
「おい、馬鹿ってのは誰の事だよ。それよりもアタシの飯は何時ンなったら出てくんだ?」
「ツケた金を今すぐ払えば出してやるよ」
「ちっ、なぁ兄ちゃんよぉ……何か困った事ねえか」
「この馬鹿! 客に絡むんじゃねえ」
「ハゲには聞いちゃいねえよ。なぁ困りごとはねえか? 今なら昼飯と酒で何でも請け負ってやるぜ」
「今まさに(あなたに)絡まれて困っている真っ最中なんですけど……」
そう言いながら奴等はどうしたんだろうと思いながら、酒場の入口付近でドアの隙間から中を覗きこんでいる奴等をチラ見する。
「あいつ等か? あんなモンなら飯と酒代込みで2000Gでどうだ?」
「う~ん、1500Gでは?」
「いや、5対1だし。1900G」
「じゃあ、大負けに負けて1800Gでどうだ!」
「うしっ、毎度有り。親仁、聞いた通りだ。酒と食いもん用意しておいてくれよ」
ディアナはそういうと肩を回しながら笑顔で酒場入口に向かって歩いて行く。
「人の事情に文句をつける気はないが、良いのか?」
「下手に手を出して加減できずに大事にでもなったら、別の意味で面倒な事になりますからね。それなら多少の散財で仕置きを変わって貰った方が何倍も得ですから」
これで五月蠅い存在が纏めて居なくなり、静かに食事を楽しむことが出来る。
時折外から『なんでアンタが!?』やら『い、命だけは!』とかいう声が聞こえてくるが、俺に何ら関わりは無い事なので久しぶりの温かい食事に舌鼓をうつ。
それにしても酒場内で呑んでいる皆にとってはこれぐらいの事は日常茶飯事なのか、誰一人として席を立つことなく、テーブルにて仲間内で酒を呑んでいる。
そして残り僅かなスープを黒パンに沁み込ませて最後の一口というところで酒場の入口が開き、酒場内がシーンと静まり返った。
この短時間にもう騒動を終わらせたのかと思い入口付近に目を向けると其処に居たのは長身長髪のエルフの姿だった。身体は酒場内でも、顔は外に向けられているので顔を見る事は叶わなかったが。
「おっ、レイヴじゃねえか。オーガを狩りに行くとか言ってたが、お早い帰還だな。逃げられたか?」
ガウェインさんは興奮した顔で今入ってきたエルフに対する物と思われる言葉を投げかける。
オーガといえば前に町の図書館で見た情報が確かなら1体でもAランク相当の魔物だった筈だ。
「儂を誰だと思っておる。オーガの一体や二体如き儂の敵ではないわ。既に始末して報酬を受け取ってきたところじゃ」
「いつも思うんだが、なんで爺言葉なんだ? まだそんな齢じゃないだろうに」
「長年の癖の様な物かのぉ……ところで外でディアナが暴れておるが、今日はどうしたんじゃ?」
「こっちの兄ちゃんが抱えている面倒事をディアナが酒と食事代、手数料込みで買い取った結果だよ」
ガウェインさんはそう言ってカウンターに座る俺を手のひらで指し示した。
「なるほどのぉ、それは災難じゃったな」
俺は其の言葉に軽く首を縦に振って首肯する。
それにしてもエルフと俺以外の人間が普通に会話してるのって、何処か不思議な気分だな。 人間社会で暮らしているエルフなら当然か……。
「ほう、旨そうなものを食っておるな。どれ儂も同じものを一つ貰おうか。隣失礼するぞ」
そう言って爺言葉のエルフは俺の右隣のカウンター椅子を引いて、大きい身体を捻じ込ませる。
俺も右ひじが当たらない様に腕を引きながらエルフの方に顔を向けると、其処には40代半ばくらいで背中の真ん中あたりまで綺麗な緑色の髪を伸ばした男性が、右を向いて顔を確認した俺を見て何故か固まっていた。
まぁ40代に見えても、その身はエルフなので実際の齢は下手をすると10倍じゃ聞かないかもしれないが。 にしても如何して不自然な姿勢で固まってるんだ? そんなに俺が不細工に見えるんだろうか?
そりゃまぁ森に居たエルフと比べて容姿が負けてるのは今に始まった事ではないが……。