第117話 懐かしい顔
あまりにも変わり過ぎたドラグノアの街の様子に茫然となっていた俺が見つけたのは懸賞金がかけられている自分自身の手配書だった。
其処で手配書の皺に隠されている謎の古代文字で書かれた『デリアレイグ』『ヴォルドルム』という単語を読み取り、罠かと思いながらもデリアレイグに向かうべくドラグノアの街を後にする。
すぐにでも飛んでいきたい気持ちを押さえて、ドラグノアの街の近くにある森に向かって歩いていると。
《先ほどの門番の一人が後をついてきているようですが、どうしますか?》
《といっても下手な真似は出来ないだろ。このまま森の深い場所に誘導して、さっさと撒くしかないな》
其の言葉通り気づかないふりをして深い森の中に誘導すると、茂みに隠れる様に体勢を低くしつつ木の陰に移動して一気に上空へと逃れる。
読み通り、追ってきた男達は俺の姿を見失って茂みの中を右往左往して探し回っている。
流石に地面を見る事はあっても空を見る事はないようだ。
でもま、これでドラグノアの街に再々度行くときは、より慎重にならなければいけないが。
「さて、デリアレイグに行くか。手配書の文が罠でない事を祈るばかりだな」
捨てきれない疑問を頭の隅に残したまま半日ほど空を移動していると、魔物にでも襲われたのか小さな村らしき集落が建物の原型を留めていないほどに崩壊しているのが見受けられた。
「此処って……確かヴォルドルム公爵の領地じゃなかったっけ」
《その方はマスターのお知り合いですか?》
《ああ、ドラグノアに行くまで僅かな日にちをデリアレイグで過ごしていた事は前に言ったよな》
《はい確かに。マスターが冒険者登録をした町でしたよね》
《そうそう。その時に知り合った貴族とは思えないほどに人当りが柔らかい人でな。さっきまで居たドラグノアを治めている王の実の兄にあたる人物だよ。俺の手配書に古代文字で書かれていた『ヴォルドルム』というのはその人の事を現しているんだと思う》
《そうでしたか。ではこの集落はその方の……》
《たぶん魔物の襲撃にでもあったんだろうな》
《確かに言われる通り、結界のない規模の小さい集落では魔物の襲撃に備えなければなりませんが、あちらの大きな木の左側に立っている家屋の壁を見てください》
エストに指摘された場所に眼を向けると、其処には斜めに綺麗に切断された木の壁が見えた。
《魔物に襲撃されたというのであれば、あのような傷がつくはずがありません。この辺りには武器を使う、リザードマンやコボルトといった種族の魔物は居ない筈ですから》
ゴブリンくらいなら何処にでもいるとは思うけど、幾らなんでも建物の壁を寸断出来るほど力が強くないしな。
《ということは人間が故意に王の兄であるヴォルドルム公爵の集落を襲撃したという事になるな》
いや盗賊や野盗が犯人という事も考えられるか。
でも、それにしては集落に暮らしていた住民の遺体が見つからない事が説明つかないな。
賊が奴隷として売る為に連れ去ったとも考えられるけど、それにしたって全員を連れて行くか?
言葉は悪いけど、屋敷で働いているメイドは兎も角として年老いた老人は連れて行く価値は無いんじゃないかと思うんだが……。
始末されたにしては死体はおろか、地面に血の跡さえないのはどう考えても不自然だし。
それとも、そう言う高齢者マニアも居るって事なのか? なるべく想像したくないけど。
色々と不可思議な点もあるが、廃村となってしまった場所を後にしてデリアレイグに急ぐつもりだったが、ドラグノアから半日かけて移動して来た事と既に日が沈みかけていたこともあり、此処で一晩明かすことにした。
といっても村には人っ子一人いないので、家に勝手に入って休むことになるが。
「お邪魔します。誰もいませんね……」
誰かいたら不法侵入で捕まるかもしれないと思いながら、恐る恐る比較的無事な家屋の扉を開けて中へと入っていく。
「此処なら多少荒れてるけど、ベッドがあるし過ごし易そうだな」
その後、亜空間倉庫から取り出した果物と魔物の干し肉、ゆで卵1個というメニューで夕食を終わらせた俺は念には念を入れて、サラに身体を動かしてもらいつつ眠りについた。
森に居た時でも移動する際には風精霊とばかり同化していたので、たまには火精霊に身体を預けるのもいいだろう。
身体を譲渡する際に妙にサラが浮かれた声を出していたのが気になるところではあるが。
「久しぶりなマスターの御身体……ジュルリ」
何か意識が途切れる直前に突っ込みどころ満載な言葉を聞いたような気もするが、波のように押し寄せる睡魔に耐えきれず、あっという間に眠りに落ちるのだった。
結局、忌避していた眠っている時に魔物に襲われるという展開にはならずに窓から室内に飛び込んできた朝日で目が醒めた俺は昨夜と同じような朝食を摂りつつ、軽く身体を動かして体調を整えると周囲に人がいない事を確認してから宙に浮かび廃村を後にしたのだった。
そしてそれから4時間後、俺はデリアレイグの門の陰に佇んでいた。
デリアレイグに入るのにどうしたら良いか悩んでいたのだ。
前と同じように冒険者に憧れて田舎から出てきましたって言うか?
町に入れたとしても、どうやってヴォルドルム卿に会えばいいんだ?
相手は貴族の位でいえば頂点に位置する公爵だからな……パッと出の初心者冒険者如きに周りの者が合わせる訳はない。かといってサラとの同化を解いて姿を現したら手配書の事もあるし、俺を是が非でも拘束しようとしてくるに違いない。
こうなればヴォルドルム卿の屋敷を探し出して、二階の窓から侵入して会うか?
いや逆に『無礼者!』って言われて、話をする時間すら与えられずに叩きだされるかも……。
と考えれば考えるほど、ドツボに嵌って行きそうだ。
こうしてウジウジしていても始まらないと思い、意を決してまずは町に入ろうとしたところで町の門の前で嘗てパートナーを組んでいた人物であるイディアが、すぐ横に小柄な少女を連れて門番と話していた。
「へぇ、今日は魔の森付近まで狩りに行ってたんだ。あの辺は色々と危険な魔物が多いと聞いてるけど?」
「そうね。例をあげるとすると、ウルフがホーンウルフになったくらいかしら。もうちょっと先まで進みたいところなんだけど。一人ではちょっとね」
「いや、悪い事は言わないから魔の森付近までで止めといた方がいい。あまり深くまで進むとA級、S級魔物の縄張りに入ってしまうからね。幾らイディアがBクラスの冒険者でも、たった一人や二人の姉妹でA級を相手にするのは命が幾つあってもたりないよ」
そうか俺が街を離れる前はイディアはギリギリCランクになったところだったのに、この半年で力を付けたんだな。という事は隣に佇んでいるのは妹のエリスか?
トラウマでドラグノアの街から出られなかった筈なのに……トラウマを克服したんだな。
「……方! ……そこの方、貴方の番ですよ!」
誰かに肩をゆすられて話しかけられているような気がして顔を地面から外すと、ついさっきまでイディアと話し込んでいた男性が俺に話しかけていた。
「え、えっと?」
「良かった。やっと返事してくれたよ」
男性はそう言うと酷く疲れたと言わんばかりに肩を落として溜息をつく。
何時の間にかイディアとエリス姉妹は町の中に入ってしまったのか、この場にはいなかった。
「デリアレイグではあまり見かけないな。何の目的で、何処から来たんだ?」
「あ、えっと失礼しました。冒険者に憧れて田舎の名前もない村から出てきたんですが、町のあまりの大きさに吃驚してしまって」
「なるほど。今は色々な事情で魔物の数に対して冒険者の数が圧倒的に足りてないから歓迎されるでしょうね。冒険者ギルドは門を抜けて、直ぐに右に行ったところにある丘の上の大きな建物です。建物の前に多くの冒険者達が屯していますから迷わずに到着できると思いますよ」
「御親切に有難う御座います」
「いや此方こそ。戦える方が一人でも増える事は町の為になりますから貴方を歓迎しますよ。ようこそ冒険者の町デリアレイグへ」
やっぱりドラグノアにいた門番とは、態度も言葉遣いも天と地ほどの違いがあるな。
受けごたえが気になるから、ちょっと芝居を打ってみるか。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんでしょう? 私に分る事なら何でもお答えしますよ」
「じゃあ、御言葉に甘えて。此処からドラグノアまではどう行けば良いんですか?」
「な!?」
俺がドラグノアという言葉を口にした瞬間、眼に見えて男性が動揺しているのが感じられる。
「ド、ドラグノアに何の用事が?」
「父が生前、ドラグノアで二つ名のある冒険者になったと口々に自慢していたんですよ。だから自分もいつか父みたいにドラグノアのギルドで一旗揚げてみたいと思ってまして」
「……そうでしたか。ですが残念ながら、今のドラグノアは市民にとっても冒険者にとっても住みづらい街となっています。それに私も人伝に聞いた話なので確信は持てないのですが、一説にドラグノアの冒険者ギルドは少し前に廃止になったと聞いています」
なるほど住みにくい街というのは確かに当たっている。
それにこの男性が俺の身を本当に心配しているというのは態度で分るし。
「分かりました。まずはこのデリアレイグで誰にも負けない、誰からも慕われる立派な冒険者に成る為に頑張ってみます!」
「その意気です。頑張ってくださいよ」
俺は其れだけをいうと門番の男性に会釈して、懐かしい冒険者ギルドへと足を進めるのだった。
あれ? なんで冒険者として頑張る話になってるんだ?
俺の目当てはヴォルドルム卿に面会する事だっていうのに!
でも、この身体の身分を証明できる物を取っておくというのも悪くないな。