第116話 変わり過ぎたドラグノアの街
久しぶりとなるドラグノア行きが決まった、明くる日の朝。
急な話であったのにも拘らず、ラウラが用意してくれた旅の食料は大変な量となっていた。
まずは集落で毎回の食事でも大変お世話になっている果物が200kgほど。
重量からいうと凄い量にも思われるが、一個一個の大きさが特大の西瓜サイズなので個数にしてみれば20個ほどだった。此れでも多いのではないかと思ってしまうんだが……。
俺が此処に来た当初は街で食べていた物より一回り大きな物程度だったんだが、森の精霊達が頑張ってくれた御蔭で予想以上の大きさとなってしまっていた。
少し前にエストを経由して聞いた話によれば、森に住んでいる精霊がエストやサラといった上級・中級精霊ならびに契約者である俺が来た事ではり切ったんだそうだ。
普通は大きければ大きいほどに中がスカスカになりやすい物だが、これは中に空洞が出来ないほどにビッシリ詰まっている状態でとても重たかった。
食料はそれだけではなく、更に保存がきく魔物の肉の薫製を30kgほどがある。
一時期は食糧難だったと言っていたが、俺が狩ってきたベヘモスやウルフといった大平原の魔物の御蔭で余裕が出来ていた。
魔物の血は強力な毒になるので臓器関係は何故か毒が効かない獣人達に、長い時間煮込んで後に塩漬けにし、更に干して毒抜きした肉はドワーフとエルフの食料になる。
獣人の人数はドワーフとエルフを合わせて倍にした数よりも多いのだが、この半年間食糧難と言われたことはただの一度もなかった。
そして最後の食料として俺の家の冷蔵箱に入れてあった卵10個をゆで卵にして持って行く。
一応、俺が出かけている間の冷蔵箱の世話は氷魔法【ブリーズ】を使用できるエルフの女性に頼んだ。
最初は断られるかと思ったが、快く引き受けてくれた。
何故かその際に『ずっと一緒に暮らしませんか?』と言い寄られてしまったが。
一般に食べる事を忌避されている卵が俺が帰ってくるまでに溜まりまくってるんじゃないかと思っていたが、ラウラ曰く『出かけている間に卵料理を勉強して驚かせて見せます』と意気揚々としていたので心配は無用のようだ。
そして食料を亜空間倉庫に収納し終えた俺は代わりに亜空間倉庫に置きっぱなしになっていた街で使う、お金が入った道具袋を腰に装着し、見送りのラウラ達が居る前でフィーと同化して髪色を緑に変化させて次第に身体を浮き上がらせていくと、ドラグノアのある方向をエストにナビして貰いながら目にも止まらない速度で飛んでいくのだった。
首には森を襲撃してきた男達から没収した謎のペンダントをぶら下げている。
男達は他に怪しげな道具を持っていなかったので、これが魔物避けの道具に思われるのだがイマイチ確信が持てなかった。
創世の頃から存在しているエスト達でさえも、そんな道具がある事など見た事も聞いた事もないという話だったし。
《えっと、この方向であってる?》
《はい。そのまま真っ直ぐです。あっ、なるべく森の上は通らない方が良いです。森の中を縄張りにしているワイバーンも多いですから》
魔物避けがあるから大丈夫なんじゃ……と思っていると。
《駄目です! 私は効果をこの目で見るまでは絶対に信じませんからね》
《わ、わかりました》
エストの迫力に押されて、何故か丁寧語で返してしまう俺がいた。
ちなみにドラグノアに行くルートは呪いの森付近を経由しての物となった。
ベヘモス以外の大型魔獣がいない、来た時の湖から大平原ルートの方が安全だと聞いていたが、俺は地面を水の中かのように泳ぐ魔物や、何でも吸い込むウォームと呼ばれている大型魔物を一目見たかったというのが一番の理由だった。
エストには森の集落やデリアレイグなど結界に覆われた、安全な町や村で何かあったら途中休憩できるという事で無理矢理納得させた状態になっている。
かくして出発してから何事もなく、3日ほどでドラグノア近辺に到着することが出来た。
エストも気にしていた魔物避けのペンダントだが、此処に来るまで魔物に襲われる事は一度もなかった。
一度油断していてウォームの鼻先にまで近づいてしまったことがあった。
竹輪みたいな口だけの胴体で目も鼻も何処にあるか分からなかったが……。
このままじゃ吸い込まれてしまうと思ったのだが、ウォームは目の前の餌には一切目もくれず、まるで何事もなかったかのようにそのまま通り過ぎて行ったのだった。
それに昼時になって亜空間倉庫から取り出した果物を両手で抱えて食べている時でも、匂いに誘われたのか地面の中から鮫のような形をした魔物が『ん?』と、ひょっこり顔を出したが俺の事には目もくれずに、俺のすぐ近くで野草を食べていた、猪に似た野生動物を一口で丸呑みにしてそのまま地面に潜っていってしまった。
立て続けにウォームと鮫という危険な魔物に襲われ、まるで透明人間かのように無視されて漸くエストも納得がいったらしい。
《私が遺跡で封印されている間に人間達も知恵をつけたのですね》
もしかしたら遺跡で見つけた本を手掛かりにペンダントを作ったのかもしれないなと思っていたが、それなら近くにいたエストが気が付かないわけもないし。
そして今現在、俺の立ち位置はというと、ドラグノアの門から200m程離れた森の中だった。
ドラグノアにこの半年で何がったのかは分からないが、俺がいたころまでは白く綺麗な壁であった筈が今は一面漆黒に塗られていて壁の上の足場には投石機や大型弩といった物騒な兵器が取り付けられていた事だった。
それに街の門を警備している騎士にも何処か不自然さを感じる。
森を襲撃した男達と同様に騎士というより、チンピラと言った方がしっくりくる出で立ちの者達が下卑た笑みを浮かべながら、門を通ろうとしている女性の臀部を触りまくっているからだ。
女性は当然嫌がっているが、触りまくっている男とは別の騎士(?)が手に持っている武器を女性の同行者の男性の首にあてている事で言いなりになっているようだった。
《まったく下種の極みですね。マスター、如何なさいますか?》
《本心からいえば直ぐにでも奴等を叩きのめしたい気分だけど、此処で暴れて騒ぎを起こしてしまうと面倒なことになる。それに天地が逆さまになっても有り得ないとは思うけど、奴等が仮に国に認められた正式な騎士であった場合は手を出した俺の方が悪くなってしまう》
下唇を噛みしめながら今にも飛び出したい気持ちを押さえて門のほうを見ていると、剣を突き付けられている同行者の男が袋状の何かを男に手渡していた。
すると女性の臀部を触りまくっていた男が不意に離れると、一行はそのまま街へと入って行った。
そしてそれから街から出る者はいても、何故か女性のように街に入ろうとする者は現れなかった。
《おかしいな。俺がいたころは頻繁に商人や冒険者達が街に出入りしていたのに》
俺はこのまま見ていても埒が空かないとばかりに思い切って街に入る為に歩を進める。
「ん? そこの奴、とまれ!」
想像していた通り、街の門で2人の騎士に止められてしまった。
近くで見ても騎士という言葉が似合わないほどに品の無い男達だ。
「身分を証明できる物をだしな。なけりゃ丸銀貨1枚で通してやる」
「おっと、武器は持ってねえだろうな? もし持ってたら、武器一個に付き丸銀貨1枚追加だぜ」
信じられない……いったい何時から金が必要になったんだ?
「街に入るのにお金が必要なんですか?」
「何言ってんだ、当たり前だろが! 入りたくなきゃ別に良いんだぜ」
「俺達は何も困らないしよ」
「……わかりました」
俺は仕方なくそう答えると腰に付けている袋の中を男に見られない様に気を付けな
がら丸銀貨1枚(1万G相当)を男に手渡した。
ラファルナさんの宿で一泊した時の値段が1200G位だった筈だから、比べるとかなり大金である事は一目瞭然だろう。
財布(道具袋)の中を見せてしまうと、何かしらの言いがかりを付けられて追加金を科せられる可能性も否定できないからだ。
ただ、この金が国に入るか、男の懐に入るかは定かではないが。
「よし、通って良いぞ」
「一応言っておくが、街の中で騒ぎは起こさない事だ。剣の錆になりたくなければな」
男の片方はそういって腰の剣に手を掛けるが、俺の目に飛び込んできたのは鞘の部分だった。
ソレが何かは分らないが、見た目の色からして血のようにも見える。
「ほら、さっさと行けってんだ!」
「は、はい」
男に促されるままに街に入った俺だったが、約半年ぶりに見る街の風景は何処か寂しいものだった。
冒険者達が集まっていた大通りの広場も、武器・防具・道具屋の屋台がなくなって寂しくなっている。
其れよりも気になるのは街の騒ぎの元であり、元気の元でもある冒険者の姿が一人も見かけない事だ。
どういう事かと思い、冒険者ギルドへと足を向けてみると……。
「これは一体どういう事だ?」
冒険者ギルドの建物はそのままだが入口はバリケードでもしているかの如く、入口を封じる様にして板が打ち付けられて、更に板の上から赤い塗料で×印が描かれている。
ギルドのすぐそばにあった、俺やイディアが泊まっていた宿のあった場所も更地になっていた。
広場の片隅でひっそりと営業している治療院や日用品を取り扱っている屋台、果物・野菜を売っている屋台に、ギルドやラファルナさんの宿屋に何があったのか聞いてみたのだが……。
「何も話す事はない! 帰ってくれ」
「私からは何も言えません。何も聞かないで」
「何を調べ……!? いや、そのような商品は私どもでは取り扱っていませんね」
最後に立ち寄った野菜・果物の屋台に至っては、チンピラ騎士が視覚に入っただけで口を噤んでしまうほどだった。 全然関係ない話をして話を逸らそうともしているし。
住民全員に箝口令でも敷かれているのか、誰もギルドの事を口にする者はいなかった。
仕方なく自分で調べるかと思いながら城のある方向に歩いて行くと、そこには頭の天辺から足まで真っ黒な鎧を身に着けて、更に顔には仮面を付けている怪しげな者達が抜身の剣を構えて『何人たりとも城に近寄るな』と言わんばかりに、同じような装備で身を固めている十数人で城の周りを見張っていた。
「不用意に城に近づくのは危険だな。ギルドも宿屋もなく、情報収集すら出来ないとなると……」
そう考えながら来た道を戻る様にして街の門付近へと歩いて行くと、街を取り囲む壁にビッシリと何かが貼りつけられているのが目に見えた。
近づいてよく見てみると、其処には様々な罪名が書かれた似顔絵が貼りつけられていた。
「殺人罪、誘拐罪、国家反逆罪。ってこれはもしかして俺か!?」
その中に俺の似顔絵もあった。
何処の凶悪犯罪者かと思わせるような、三白眼に嫌らしい口元と俺とは全然似ても似つかないが。
「なになに『冒険者クロウ。【大量殺戮者】 打ち取った者に懸賞金:角金貨1枚』って……」
他の手配書は丸金貨(1枚100万G相当)・角銀貨(1枚10万G相当)が精々なのに、なんで俺だけ角金貨(1枚1000万G相当)なんだ?
それだけ危険視されているという事なのかもしれないけど、幾らなんでも……。
今の俺はフィーと同化して髪色が緑になっているので、俺と手配書の顔を同一に見る者はいないだろう。
そう考えているとエストが何かに気が付いたようだ。
《マスターの手配書の下の皺の部分ですが、何か文字に見えませんか?》
《どれどれ、これは古代文字か?》
エストに指摘された場所を注視すると、其処には古代文字でこう書かれていた。
『デリアレイグ』『ヴォルドルム』
文字が擦れて単語に見えているのか、それとも態とそう書き記したのかは分からないが、誰かから俺へのメッセージと見てもいいのかもしれない。
俺を誘き寄せる罠と考えて良いかもしれないが、それなら態々デリアレイグに行かせないで街の何処かに来るように書き込めばいいだろうし。それに此処でこうしていても何も手がかりがつかめないしな。
そう決めると、さっさと街を出てデリアレイグの方面に向けて歩き出すのだった。