第115話 凄惨なる結末
自身を『ドラグノアの騎士』と名乗った不届きものの、チンピラ風な男達が森を襲撃した日から一夜明け、俺は改めて話を聞こうと男達が縛られて放置されている場所へと足を向けたのだが……。
ふと気が付けば、俺の前にラウラが居て右にトリス、左に会議場を管理している竜人族のザント、後方にヴェルガとメレスベルが居て、更にその外側に狩り部隊Aランクの獣人達が配置されていた。
「俺はちょっと話を聞きに行くだけだったんだけど? どうして此処までの大所帯になってるんだ?」
「いくらなんでも危機感が無さすぎます!」
「神子様の身に何かあってからでは遅いのですよ!?」
まるで戦いに行くかのような布陣にボソっと独り言をつぶやくと、倍になって返ってきた。
「でも襲撃者たちは武器防具を取り上げて縛り上げてあるんだろ。それに結界があるんだから危害を加えられないさ」
「結界をあまり過信しないでください。それにもし相手が言葉巧みに結界の外へと神子様を誘い出したらどうしますか? そのドラグノアでしたか、その情報を教えてやるから近くに来て耳を貸せなんて言われたら?」
「うっ……出ないという自信がない」
「ボクも、もうちょっと慎重に考えた方が良いと思うよ」
その後、トリスにまで突っ込みを入れられて言い返す気力も無くなった俺は半ば諦めたかのように流れに任せる形となって歩を進めたのだった。
やがて襲撃者の居た場所の目と鼻の先まで近づいたところで、不意に俺を取り囲む皆の顔に緊張感が走った。 先ほどの俺とラウラのやり取りに顔を綻ばせていたトリスもまた、手に持っている得物を硬く握りしめて何があっても良い様に俺から付かず離れずで周囲に目を瞠らせている。
「ど、どうしたんだ?」
「少し先から濃い血の匂いが漂ってきてるよ。何かあったとみて間違いないだろうね」
「神子様には此処で動かずに待っていてほしいのですが…………無理っぽいですね」
俺は一言も発していないがラウラは諦めたような疲れたような表情で俺の前を行く。
そして皆に守られながら目的地に到着した俺が見たものは、元々此処の地面だけ赤かったのではないかと思われるほどに夥しいほどの赤い液体が水溜りになっている光景だった。
其処に居るはずの縛られた男達は一人もおらず、代わりにあるものはといえば力任せに捩じ切られたかのような人の腕に、地獄を見たかのような表情を浮かべた半分だけの人間の首、何やら重い物を引き摺って行ったかのような轍の痕だけだった。
「恐らく魔物に襲われたのでしょう。身動きの取れない人間など魔物にとっては恰好の餌ですからね」
「でも奴等は此処まで来るのに、一度も魔物に襲われないくらいに運が良かったって言ってたじゃないか。それでも魔物に襲われて命を落としたとなると、やっぱり魔物を寄せ付けないアイテムを持っていたという事だな」
男達から押収した物はといえば武器関係は剣や槍、斧などだが統一性が無かったからこれは無しだな。
防具などの鎧関係はドラグノアにいた騎士達も同じような物を着ていたけど、ドラグノアに魔物の大群が侵攻してきた時、普通に魔物と戦っていた騎士も別段魔物がかわしているという風には見えなかった。
だとすれば、やっぱり1つずつ首から下げていた、むさ苦しい男達には似つかわしくないペンダントらしき物が魔物を寄せ付けなくする道具と見ていいのかもしれないな。
ペンダントを手に持っていたドワーフも嫌な気分になると訴えていたから、決まりだろう。
その後、場の後始末をザントとトリスが率いる狩り部隊に任せ、俺達は来た道を戻って行った。
後から聞いた話によると、生き物の血の匂いによって他の魔物が誘き寄せられるとの事で暫く場に留まっていたという事らしい。
因みにその後の成果でいえば丸々と腹を膨らませたウルフを5頭、何の苦労もなしに仕留めたらしい。
腹を掻っ捌いたら何が出てくるのか、ある程度予想がつくが想像したくないな……。
後味の悪さを感じつつも護衛にラウラを付けて家へと帰って来た俺は何時までも落ち込んでいても始まらないと思い、昼食の準備を始める事にした。
冷蔵箱から翼人族の無精卵を4つと定番となった魔物の肉を干した物を取り出すと、卵は浅めの鍋を使って溶き卵にし、干し肉はナイフで細かく刻んでから溶き卵に混ぜ合わせる。
普通なら卵に塩や砂糖を加えて味を付けるが、干し肉を作る際に大量の塩で漬け込むために濃い塩味が付いているので調味料は不要となる。 わざわざ干し肉を細かく刻むのも、そのままだと硬くて歯が立たないからだ。
それをヴェルガが未だに失敗作だと思い込んでいる、小さめのフライパンで少しずつ焼いては投入、焼いては投入を繰り返して大きめの玉子巻を作り出す。 ちなみに油は野生動物の脂質を利用している。
焼きあがった玉子巻をお盆兼お皿代わりの木の板に乗せてメレスベル長老宅に運んで昼食の開始となる。
「今日も美味しそうですね。では森の精霊様の恵みに感謝して、頂きます」
「「「いただきます」」」
此処でテーブルを囲っているのは俺、ラウラ、メレスベル、セルフィの4人だ。
主食がフルーツ、オカズが玉子巻というのもおかしな話だが他に食べる物が無いので致し方ない。
セルフィは遊びや訓練など様々な理由で昼間は出かけているのだが、何故か玉子巻を作るときは必ずと言って良いほど一緒に昼食を摂っている。 俺が玉子巻を作る日は決まってないし、告知もしていないのに獣人並みに鼻が利くのか勘が良いのか、将又ただ単に食い意地が張っているだけなのか……甚だ疑問だ。
最初の方は卵と聞くだけで身体を震わせていたラウラも、俺が調理した物だという事で恐る恐る口に入れてみてからは、それまで怖がっていた事が嘘だったかのように嵌ってしまっていた。
そういえば目玉焼きにするって言った時も『誰の目玉を焼くの!?』と定番ともいえることを聞いてきていたな。
実を言うと、この玉子巻はラウラとメレスベルの御機嫌を取る為でもある。
これから俺が2人に相談する事は間違いなく猛反対されるからだと思われるからだ。
「さて食事してるところを悪いんだけど、少し話したいことがあるんだ」
そして食事が終わりかけたところで話を持ちかける。
「森を襲ってきた男達が『ドラグノアの騎士』と名乗った事が如何しても気にかかる。其処で一度何が起こっているのか確かめるため、ドラグノアの街までちょっと行って来ようと思う」
俺がこう言った瞬間、まるで時が止まったかのように辺りが静けさに包まれる。
唯一セルフィの果物を食べるシャクシャクという咀嚼の音だけが室内に響き渡るが、直ぐにダムが決壊したかのような怒気を孕む口調でラウラが捲し立てる。
「神子様、私は反対です! 何もそのような危険な真似をしなくても良いではありませんか!」
「ドラグノアの街は俺が此処に来る直前まで暮らしてた街なんだ。ごく一部を除いて其処に住む人たちは良いばかりだった。ドラグノアを治める王様も含めてね。あの襲撃者の男の話を100%信じる訳じゃないけど……もし本当に彼等が騎士だった場合、此処を襲うように命令を下したのは王様という事になってしまう。それにその国の宰相はメレスベルの子でもあるクレイグさんなんだ。会えば何が起こっているのか分ると思うから」
ちなみにクレイグさんとメレスベル、ラウラ、セルフィとは血が繋がっていないらしい。
聞けばまだセルフィが物心つかないうちにメレスベル、ラウラと契りを交わして義家族となり、ドラグノアの地に渡ったとの事だった。
もしセルフィが事前にクレイグさんを知っていたとしたら、対面した時に何らかのアクションがあっただろうし。
態と知らないようなフリをするのを、あのセルフィが出来るとは到底思えない。
「そ、それじゃ私が護衛として神子様に付いて行くというのはいかがでしょう?」
「それは駄目だよ。行きも帰りも空を飛んで移動するつもりだから、下手に同行者が居ると歩く速度に合わせて移動しなきゃならないから時間がかかる。それに万が一の事が起こった場合に逸早く上空に逃げなきゃいけないから言葉は悪いけど、行動の邪魔になってしまう」
「……そうですか」
余程邪魔になるという言葉が堪えたのか、意気消沈といった表情で力なく椅子に凭れ掛かる。
と此処まで一切口を挟むことなく、聞き手に回っていたメレスベルがラウラの方をチラッと横目で見て溜息を吐くかのような息遣いをしたかと思えば、不意に驚くべきことを言い放った。
「どうやら決心は固いようですね」
「えっと…………もっと頭ごなしに否定される物だと思ってたんだけど?」
「実を言えば、私とて神子様を危険な場所に行かせることには反対です。許されるならば神子様を椅子に縛りつけてでも、外に出したくありません」
「メレスベルの気持ちも痛いほど良く分かってるけど」
「ですので此れだけは約束してくだされ。決して無理をせずに無事に森に帰って来てくれることを」
「ああ、大丈夫だ。それと頼みたい事が2つあるんだけど」
「なんでしょう?」
「旅の道中に食べる物を余分に分けてほしいということが1つ。俺がいない間の冷蔵箱の世話をすることが1つ。それと毎朝、フェルが持ってくる卵は好きにしても良いから……ってこれじゃ頼み事は3つになってしまうな」
「分かりました。では直ぐに手配いたしましょう。出発はいつの御予定で?」
「ドラグノアまでのルートを考えなきゃいけないから、明朝出発という事を考えてる」
「急ですね」
「ああ、此処を襲撃してきた奴等が何時まで経っても戻って来ない事を不審に思われる前に行動に移そうかと思って。あんまり時間が経過してしまうと、街に入るのでもチェックが厳しくなってしまうだろうから」
前に街を脱出する際に持っていた身分証明の為のギルドカードは流石に使えないだろうから、それだけで街に立ち入る際に一悶着ありそうな気もするけど。
街で使っていた硬貨も67万Gあるから、極端に物価が変わってなければ大丈夫だろう。
森の皆への御土産に果物や野菜の種とか、農作業するための鍬や鋤などの道具を買って帰るも有りかな。
ヴェルガには鉄でできた剣を買ってってやれば、潰して別の物に作り替えて森で役立つ物を作れるか。
その後、家に帰った俺はエスト達とどのルートが一番いいか話し合った後、夕食時にラウラが用意してくれた旅路の食料を亜空間層内に放り込む。
精霊と契約した御蔭で寿命が無い俺と長命種のエルフから見れば、人間の寿命なんて7、80年だろうから何もせずに森に籠っていれば済むだけかもしれないが、何か嫌な予感が頭の隅に残っていた。
まるで今回の襲撃がとんでもない事への前兆かのように、今行動に移さないと取り返しがつかない事になりそうな気がしながら静かに眠りについたのだった。