第113話 襲撃
少し時間が飛びます。
前半部分は飛んだ時間帯の事を説明しています。
今日で俺がこの森に来てから、ちょうど半年の月日が経過した。
この半年の間の出来事はといえば、第一に箱が……冷蔵箱が、俺が地面に書いていた拙い説明から、どうしてここまでの物が作れるのかと思うほどに良い出来で仕上がった事だ
ヴェルガに制作を依頼した箱は35日と半日が経過したところで満面の笑みを浮かべた、ドヤ顔のヴェルガを筆頭に5人のドワーフが木で作った凸凹のタイヤが付いているリヤカーに乗せて引っ張ってきたのだが、何故かヴェルガの手には酒のにおいがプンプンと匂う木で作った水筒モドキが握られていた。
更にリヤカーと箱の隙間にも同じような水筒モドキが所狭しと並べられている。
俺は『酒を飲めないと言っていた筈なんだけど』と思っていると、どうやら箱の説明をしていた時に話していた『冷たい酒』という言葉にドワーフ全員が誘惑されたらしく、箱の完成=冷たい酒が飲めるという方式が頭の中で形成されて、ならば酒を一緒に持って行って冷やして貰おうと考えたみたいだった。
家の中に運び入れる際に戸の幅スレスレだったため、前後1人ずつで何とか中に運び込んだのだが流石は力仕事に慣れているドワーフ。たった2人なのに少しも辛そうな表情は見せなかった。
運び入れた冷蔵箱は現代のように電気を使わないので、置き場所は飲み水を貯めておく木箱に隣接する場所に置かれることになった。
「さ、中を確認してくだされ。説明された通りに作れているとは思いますが」
完成が待ち遠しかった冷蔵箱が目の前にある事で心臓をバクバクさせながら震える手で上部、中部、下部の扉を開くと、木で作られた簀子が4段に渡って箱の中を仕切ってあり、更に上部と下部に取り外し可能な一回り小さい、蓋の付いてない箱が入れられている。
俺が其の蓋のない箱を手に取って隙間が無いか確認していると、これがそれほど重要な物なのかと他のドワーフから疑いの目で見られてしまっていた。
「問題ないみたいですね。では早速使ってみましょうか」
俺がそう言うと何のための物かと思って遠回しに見ていた、ヴェルガを含むドワーフ6人が箱の周りに集まってきた。あまり注目されるのもやり辛いな……結果が出せなくて落胆されると心が痛くなるし。
箱の上段と下段のどちらにでも収まるサイズで作って貰った、2つの蓋のない箱の内の1つを開口部を上にした状態で下段にセットしてそのまま下段の扉を閉める。もう1つの箱には表面張力が出来るスレスレまで水を淹れて、氷魔法【ブリーズ】を唱えて水の入った箱もろとも氷の塊にすると、今度は開口部を下向きにして上段にセットして扉を閉める。
仕切りとして態々木で作って貰った簀子が嵌めてあるので、氷が解けだしたとしても箱そのものが落ちてくることはない。ただ木で作ってあるために、暫く使い続けると腐ってしまう事も考えられる。
ならば簀子も金属で作って貰えば良かったんじゃないかと思われてしまうが、これが金属製だと氷から滴り落ちる水滴と冷気でカチカチに凍って、水の通る道を塞いでしまう恐れもあるからだ。
「これで用意は整いました」
「初めから見せてもらいはしたが、何をしていたのか全く持って理解できないのじゃが?」
「儂らは手先の器用さは自慢できるが、ヴェルガを含めて頭の出来具合は悪いからのぉ」
「長老と呼べと言っておろうに! って、何をさらっと儂まで貶める発言をしよるか!」
俺がやり終えたと言わんばかりに満面な笑みを浮かべていると、ヴェルガと共に箱を運んできたドワーフが疑問の声を投げかけてきた。
「まず最初に俺は密閉性の高い箱を作ってほしいと依頼し、皆さんの御蔭で完成して目の前にあります。そして上段と下段、中段に開閉できる扉に、その上段下段どちらにも合う作りの2つの箱」
俺の説明に理解出来ているのか出来ていないのかは分らないが、ドワーフ達は胸の前で腕を組んで合いの手のようにウンウンと頷いている。
いつのまにかラウラとメレスベルの姿もあるが其処は気にしないでおこう。
「其の箱の1つに水を淹れて凍らせて逆さまの状態で上段に入れました。これで凍った箱から冷気が出て冷蔵箱全体を冷やしてくれます。ですが凍らせた氷が解けて水になり、このままだと底の辺りが水浸しになってしまうので、もう1つの箱を下に置いて水を受け止めるという仕掛けです。溜まった水を凍らせて、また上段にセットすれば何回でも使えますし」
そしてそれからドワーフからの質問や単なる世間話などで2時間近くが経過したところで、そろそろいいかと思って中段の扉を開けると、上段に置いた氷から漏れてきた冷気と水滴で箱の中は程よい冷たさと相成った。
その後、物を冷やす準備が整った事をドワーフに説明すると拍手喝采の後で持ってきた酒を冷やしてほしいと頼まれた。 その数なんと40本近く。
此れだけで冷蔵箱のスペースの80%が埋まってしまった。
その所為で本来入れるつもりだった、翼人族から毎朝貰える卵が片隅に置かれる事になってしまう。
物が冷えるまで時間が掛かる事を説明し、半日経った頃に取りに来ることを言って場は治まった。
その後、この冷蔵箱はドワーフの持ち込んだ酒の御蔭(?)で大成功を齎して冷蔵箱の便利さが証明され、俺の家の他3箇所に置かれる事となったのだった。
ちなみに炊事場にある、鍋の横に置いてあった4個に仕切られている箱の中に入っている謎の粉は予想通り調味料の類だったらしい。
若干粗目の白い粉は海水を蒸発させて作った塩、茶色の粒状の物は蜂蜜を何らかの方法で固めて粉々に砕いた砂糖(仮)、金色の液体は丁寧に切り離した魔物の脂質を絞って作った油(毒はないとの事)、鼻を貫く様な酸味が強い液体は果物の果汁らしい。指先につけて舐めてみた時は舌全体が痺れてしまい、暫く味覚がおかしくなってしまった。
そして第二の出来事だが、俺がただの人間ではないという事が森全体に知れ渡ってしまったという事だ。
ことの切欠は今から1か月前に執り行われた獣人の森での儀式が発端だった。
これは男女問わず身体異常がない者と翼人を除く、全ての獣人が成人を目前にして行われる伝統行事らしいのだが、そのものは至極単純で高さが3m、5m、7mの場所から水を撒いてぬかるんだ地面に飛び降りるという度胸試しのような物だった。
人間が同じことをやれば最悪の場合、死に至るのは言うまでもない。
そして事は其の儀式の最中に巻き起こった。
まだ成人を迎えるには早すぎる、猫型獣人の子が高さ20mはある木を登って行ってしまったのだ。
途中で怖くなって降りようとしたらしいのだが下を見ると足が竦んで下りられない。ならばと大人の獣人が迎えに行こうとするものの10m程登ったところで、其処から先の幹の細さに大人一人分を支える事が出来ない事が分かり断念。
通常の場合であれば何かあった時の為に翼人が居るのだが、この時ばかりは不運にも翼人全員が出かけていて直ぐに駆けつける事が出来なかった。
こうしている間に子供が乗っている枝が徐々に垂れ下がって行き、次の瞬間には子供は宙を舞っていた。
この事にたまたま現場に居合わせた俺は直ぐに風の精霊フィ-と同化して、この後の事などお構いなしに猛スピードで空を飛ぶと、落下途中の子供を空中で受け止めたのだった。
「大丈夫だったか!? 怪我は?」
「うえぇ~ん、怖かったよぉ」
俺は空中で子供を御姫様抱っこの要領で受け止めると、子供は涙と鼻水を垂れ流した状態のままで俺の首元に二度と離さないと力強く抱き着いてくる。
服に色々な水分が付いてしまうのは仕方ない事だろうが少し凹む。
その後、子供に振動を与えないようにして静かに地面に降り立つと心配そうに此方を見ていた、この子の親であると思われる女性にそっと子供を渡したのだが、女性は子供を受け取った瞬間に子供の頬にビンタをかまして共に泣き崩れたのだった。
皆が呆気に取られている隙をついてこの場を離れようとした俺だったが、その甲斐も虚しく……場に居合わせた沢山の獣人達に逸早く取り囲まれて事情を説明する破目になってしまった。
その過程で俺が森で崇められている、火、風、水、土の精霊と契約している事。精霊と一時的に同化する事でみたいに空を飛んだりすることが出来るという事。精霊と同化している間は髪が精霊に准ずる色に変化する事などを事細かに丁寧に馬鹿正直に話してしまった。
その過程で『詳しい事は長老に聞けば分るから』と、ついつい要らない事を言ってしまった所為でメレスベルと自分の家に連日連夜人だかりが出来る様になってしまった。
メレスベルが次から次に来る獣人の疑問に答える時にポロッと(もしかして態と?)俺に『神子様』と言ってしまった事で、森での俺の呼び方は種族を問わずに『神子様』に統一される事になってしまったが、再三土下座に近い形でお願いした結果、これまで通りの呼び方に戻った。
何故かセルフィだけは事実を知る前でも知った後ででも、俺に対する態度は変わらなかったが……。
事前に知っていたヴェルガ、メレスベル、ラウラ、ミルメイユは『これでいつでも、人目を憚らずに神子様と呼べる』と大変喜んでいた。
ただ何処に行くにしても、其れ相応の目で見られる事に居心地の悪さを感じている。此れまでは果樹園の水やり手伝いや、ラウラを無理に言い含めて狩り部隊の訓練を見に行ったりとしていたのだが、事が分かった途端に『そんな事させられません!』と入口にすら入れて貰えなくなった。
なので最近は一日中、森の中を散歩したり、世間話をしたり、複数の獣人の少女達に言い寄られたり。
そして今現在いつものように何をするわけでもなく、獣人の森周辺を色々な人たちと雑談をかわしつつブラブラと散歩していると、血相を変えて世界樹のある方向に猛スピードで飛んでいくのが見えた。
森に何かあったのかと思った俺は、来た道を戻るかのようにして世界樹の根元付近にある自分の家へと足を進めると、メレスベルの家から此れまでに見た事のない剣を抱えたラウラが一目散に狩り部隊の訓練所がある方向へと走って行った。
それとすれ違いになるように、他の翼人2人も猛スピードで飛んできて長老の家へと入って行く。
続いてメレスベルも高齢とは思えないほどの軽い足取りで俺の目の前を通り過ぎてラウラの後を追って行った。俺が居る事に気が付かないぐらいだから、余程大変な事が起こっているんだろうな。
《森の精霊達は人間が森に近づいてきていると言って来ています》
《でも俺が此処に来た時は、こんな騒ぎは起こってなかったよな。俺の時と今と違いがあるのか?》
《森に危害を齎そうとしているのか、そうでないのかの違いじゃないでしょうか。後者の場合は森の結界が立ち入りを阻むと思われますが》
《まぁ、なんにせよ。実際に行ってみればわかる事だな》
俺はそう考えると森に近づいてきている人間達が俺を追ってきた者達である事を少なからず懸念(または野次馬)して、風の精霊フィーと同化して髪色を緑に変化させて獣人の森へと足を進める。
森に住んでいるエルフは風の精霊の恩恵を受けているので、ほぼ全体が髪色が緑に統一されている。
エルフと人間は見た目には耳の長短以外、然程違いは無いので遠目から見れば違いは分からないだろう。
そして文字通り、いつかの時のように直立不動の超低空飛行で10分ほどで獣人の森の入口付近に向かうと、メレスベルが森入口で、同じく剣や槍で武装している人間と対峙していた。
双方の口が動いている事と、どちらも疑問と感じている表情を見せていない事から言葉は通じていると考えられる。メレスベルと人間の男が立って話している場所までは距離があるので、何を話しているのかまでは聞き取れなかったので慎重に木の陰に隠れながら近づいて行くと、メレスベルと話し込んでいる人間達に対して弓の照準を合わせているラウラを含む10人ほどのエルフを出くわしてしまった。
ラウラの足元には抜身の剣も刺さっている。
「神子様、このような所で何を!? 危険です。此処から離れてください」
「大丈夫だよ。もしかしたら俺に関係している事かもしれないから。それに森には悪意を持つ者を内部に入らせない為の結界も張られてるんだから」
「だからと言って。万が一という事もあり得ますので」
「ところで何を話しているのか分かる? 俺の耳には何も聞こえなくて」
そう質問してすぐに『エルフは人間の言語を理解できないんだったっけ』と思っていると、ラウラは俺への説得を半ば諦めるかのような表情でボソボソと話し始めた。
「どうやら森に住む皆に対して10日以内に此処から立ち退くか、もしくは死を選べと言ってきているようです。当たり前ですが、そのような事に応じるつもりは毛頭ありません。人間達もそんな簡単に事が運ぶとは考えていないでしょう。何処の世界に剣で脅しながら威圧的に会話する者がいるというのか……まったく理解に苦しみますね」
このラウラの言葉に周りで矢を番える獣人やエルフたちもウンウンと首を縦に振っている。
「ではどうあっても此処から立ち退く気はないと仰るので?」
「当然じゃろう。いきなり来て何を戯言を言っているかと思えば……ヤレヤレじゃ」
そのメレスベルの態度が男の癪に障ったのか、これまでの態度を一転させて二重人格かと思われるほどに激昂した。
「人が下手に出てりゃ、この化け物どもがいい気になりやがって! おいテメエら、待ちに待った狩りの時間だ。一匹たりとも逃がすんじゃねえぞ」
男は今まで見せていた穏やかで丁寧な口調の仮面を脱ぎ捨てると、急にチンピラ紛いの言葉使いで剣を鞘から抜くと後ろに控えていた男達も同様に剣や槍を構えだす。
「いい加減待たせすぎだ。いつんなったらエサが貰えるのか、腹が減って我慢の限界だったぜ」
「どんな鳴き声を聞かせてくれるんだろうな? 楽しみで仕方ねえぜ」
此処で俺が気になったのは口調はチンピラそのものなのだが、身に着けている鎧は銀一色で此処にいる全員が同じものを着込んでいる事から何処かの騎士か衛兵である事も考えられた。
確か銀色の鎧はドラグノアの騎士も着ていたなと考えたが、幾らなんでもあの穏やかな性格で何処か抜けているヴィリアム陛下がこんなことをするわけはないなと勝手に結論付けた。
その後、男達は横一列に並ぶように立ち位置を変えると一斉に森に突進してくる。
目の前に、目には見えない壁がある事も知らずに。