第112話 我が家の完成披露宴
生活必需品と言っても過言ではない、とある箱の制作をヴェルガに依頼した後、いよいよお待ちかねの我が家の完成披露宴と相成った。
案内役は裏で木材の加工伐採などで監督を務めていたラウラだ。
聞くところに因れば狩り部隊の訓練中でも家づくりに最適な木材を探しては刈り取って数人の獣人と共に此処まで運んでいたらしい。
「さて、それでは御案内いたしましょう。さあクロウ殿、家の戸をあけてください」
ラウラはそう言って、俺を新築の玄関に誘うと玄関の戸をあける様に促す。
「なんだか何でもない事なのに緊張するな」
玄関のドアはドアノブなどが無いもので、指で押す事で簡単に開く仕組みとなっていた。
《なんだか私もドキドキしてきました》
《俺はそれ以上に心臓が飛び出そうだよ》
俺もエスト以上に心臓の鼓動が早くなっている左胸を押さえつつ、手で戸をあけて記念すべき一歩目を踏み出した。
外見は完全にバンガローなので、内部も丸太がゴロゴロしているのかと思いきや、玄関部は土を踏み固めたかのような土間となっていた。
思っていたよりも快適そうな家に感心している俺に次いでラウラ、メレスベル、ヴェルガが家に入ってくる。
「玄関を入って直ぐの場所にあるのは炊事場です。壁にはヴェルガ殿が作ったとされる、各種鍋も置かれてます」
言われて見てみると、何人分の料理を作るんだと言わんばかりの寸胴鍋と、その半分くらいの鍋、片手鍋の3個が壁際に立て掛けられていた。
鍋の横には4個に仕切られた箱のような物が置かれており、中には若干粗目の白い粉、茶色い粒状の物、金色のトロッとした液体、鼻を貫く様な酸味が強い液体などが入れられていた。
炊事場にあるのだから調味料的なものだとは思うが……後で要確認だな。
更にその近くには縦横1m×高さ30cmほどの囲いが作られており、中には白い砂と中央に背の高い五徳が置かれている。いうなれば古民家にあるような囲炉裏が土間にあるような物だ。
更にその横には水を貯めておくための物だと思われる、蓋つきの巨大な箱のような物が置いてある。
人一人の力では到底動かすことが出来なさそうなので裏側までは分らないが、継ぎ目もなければ箍のような物もない事から一本の巨大な木をくり抜いて加工した物だと考えられる。
地面に近い場所には真四角の穴と一緒に先が尖っている長方形の杭のような物も置かれている。
恐らくは箱に入れた水を抜くための栓のような役割をしているのだろう。
あんな短時間で此処までしてくれる事に感謝するとともに、本当に俺が此処で暮らしても良いのかと何処か不安になってきているのも確かだ。
そして炊事場を後にした俺達はリビングとなる場所へ行く前に、草を編んで作られたと思われる足ふきマットで靴の汚れを落とすと、土間から3段ほどの階段を上がって部屋へと足を踏み入れる。
その部屋の中央にあったのは、これまた樹齢数百年は経っていそうな巨木を輪切りにした物に十脚ほどの切り株に似た造りの椅子が置いてある風景だった。
更にその奥には天井から吊り下げられているカーテンもある。
「向こうの部屋は寝室です」
ラウラとそう話しながらカーテンを開けて内部を確認してみると、其処にあったのは壁に密着する形に備え付けられている、十人は軽く寝られる巨大なベッドだった。
「このベッドの数は一体……」
「もしかして足りませんか?」
「逆です逆! 幾らなんでも多すぎませんか」
「でも聞くところに因ると、沢山の獣人の子等から慕われてるそうじゃないですか。それに神子様は不老だという話じゃないですか。将来の事を考えると此れだけでは足りないとも考えられるんですが」
更に必要とあれば、横の土地を使って増築することも可能だと最後に付け加えてこの場は解散となった。
その後、魔物の肉の毒抜きをする為の鍋が完成した事で亜空間倉庫から魔物を出さないといけないかもと思って広場に足を進めたのだが、今度は毒抜きに使用するための薬草が揃っていないとの事だった。
ならばと昨日、ミルメイユと約束していた果樹園に行くことにする。
フェルが産んで家まで届けてくれた卵を軽く調理して食べるという選択肢もあったが、朝食を終えた後で腹いっぱいの状態で食べるより、時間を置いて腹を空かせた状態で食べた方が美味いと思ったからだ。
新しい我が家を出て周囲に居るエルフや獣人達に挨拶しながら歩く事、1時間。
果樹園に到着した俺が其処で見たものは多くの果樹に順番に水やりをしている水棲族の姿だった。
長老であるミルメイユを始めとして子供たちは水やり、大人たちは収穫作業と忙しい様に見える。
「ん? アンタは長老の話にあったニンゲンとやらか?」
俺が果樹園の入口付近で立ち止まって作業を見学していると人の頭ほどの大きさのある果物を、背負っている篭一杯まで詰め込んだ男性が話しかけてきた。
「少し前からメレスベル殿の家でお世話になっている、人間族のクロウと言います」
「おおっ、やっぱりな。どおりで見覚えが無い奴だと思ったんだよ」
ミルメイユにしても、この男性にしても顔のつくりが人間とは全然違うから年齢が分らないんだよな。
子供か大人か、男性か女性かは見た目で判断するしかないな。
ただ作業に参加していないだけかもしれないが、人数はエルフと比べて極端に少ない様に感じられる。
「ところで何でこんなところに居るんだ? 此処は見ての通り、果樹と畑しかないぞ」
「昨日までドワーフ族と獣人族のところに挨拶しに行ってたんです。水棲族は水の中で暮らしているっていうから挨拶を如何しようかと思っていたら、今日からの果樹園の担当は水棲族という話を小耳に挟んで、それならばと顔を見に来たわけで」
「若いのに律儀なこった。そういう事なら長老を呼んでくるんで、ちょっと待っときんさい」
「あ、いや、其処までしなくても……って、行っちゃった」
男性は俺が止める間もなく、背負っていた篭を地面に降ろして奥へと走って行ってしまった。
ちょっと見学するつもりだったのに、これじゃ作業の邪魔をしにきたようなものだ。
「それにしても、この果実は街で食べていた物と同じものだよな? 環境が違えば此処まで大きさが異なる物なんだな。いや吃驚したな」
「いえ果実の異常成長はここ最近の物なんです。世話をする私達も何が影響しているのか分からないんですよ。ホントどうなってるんでしょ?」
目の前の篭に入れられて放置されている、ズシリと重い果物を手に取って独り言を呟いていると、何時の間に来たのかミルメイユが隣に立っていた。
長老会議の時に傍にいた子供たちは仕事中なのか姿は見えなかった。
「悪い。作業の邪魔をする気はなかったんだけど」
「いえ、お気になさらないでください。早速来て頂いて有難く思いますわ」
「さっきの話に戻るけど本当に大きいよな。人間の街で食べていた物より二回り以上あるぞ」
ドラグノアの宿でデザートとして出されていた物は大きくても掌に乗るサイズ。それに比べてこっちの方は西瓜くらいの大きさと重さがある。
収穫している子供たちの様子を見る限りでは、ちょっとした重労働だ。
「水は水路のを汲んでそのままですし、土も全然弄ってないんですけどね」
《どうやら森にいる下級精霊達が上級精霊である私達と、マスターを歓迎する為にいつも以上に力を使ったようです》
《それは有難い事だけど、此処まで成長させると精霊達の負荷も大変なものになるんじゃないか?》
《あっ、ちょっと待ってください。なんですか? マスターにお礼? 分かりました伝えておきますね》
《一体誰と話をしてるんだ?》
《マスターの周りに集まって来ている精霊達がマスターにお礼を言いたいそうです。この地に来てくれてありがとうとの事です》
《精霊が集まっている? 何処にも見えないけど?》
《下級精霊達は魔力が弱いので、顕現することが出来ないんです。仮にマスターの目に見えていたとしたら、気になって歩けなくなっていると思いますよ》
《そんなにたくさんいるんだ。でも何で御礼を言われたんだ? 俺が何かをした覚えはないんだけど》
《下級精霊達は人や魔物、植物から漏れている微量の魔力を食べて生きているんです。どうやら聞くところによると、マスターの身体から漏れている魔力が大変美味しいそうですよ。今もマスターの周りに魔力を貰おうと多くの精霊達が集まって来てますから》
「神子様? どうかしましたか?」
「あっゴメン。内なる精霊に何がどうなっているのか聞いていたんだ」
此処で俺がエストから聞いた話をそのままミルメイユに話してみたところ、下級精霊の事を話していくにつれて、どんどんミルメイユの顔の表情が緩くなっていった。
「やっぱり神子様の御蔭じゃないですか! 目に見えないけど精霊様、神子様ありがとうございます」
その後、ミルメイユは四方八方にお礼を言いながら頭を下げ続けていた。
周りに居る他の水棲族からは『とうとう壊れた』と失礼極まりない発言も飛び出してきているが、本人は特に気にした様子もなく御礼を言い続けている。
その後、ようやく我に返ったミルメイユに連れられて他の水棲族に挨拶をして回った後、御土産と称してミルメイユを呼びに行った男性が置き忘れて行った篭一杯の果物を持って家に戻ったのだった。
付け加えて言うと、西瓜くらいの大きさの物が5個入った篭は物凄く重かった……。
此れを軽々と持っていた男性は力持ちだな。
お待たせしました。 次話から愈々展開を進めて行こうと思います。