第109話 翼人族ととある食材
広場の騒ぎがあってから数分が経過してラミとニルによる獣人の集落の案内が再開されたのだが……。
狐人のラミは右腕を持つというよりも力を込めて抱きしめるという形に変わっているので、素肌にラミの身体の柔らかい部分が押し付けられている。
一方の猫人のニルはラミとは違い軽く左腕に触っている状態なのだが、尻尾が左腕に巻き付いている。
そしてその俺達の後ろを笑みを浮かべてついて来ている2人の母親。
唯ついて来てるだけで特に害はないのだが、時間が経つにつれてラミとニルの表情が険しくなっていく。
「もう! いつまで付いて来る気なの」
「あら、何を言ってるのかしら? 私もこっちの方向に用があるんだけど?」
ラミの母親はそう答えるが、必死に後をついて来ている事は確かだ。
現に途中、態と藪の中を通ったり、同じところをグルグル回ったりしても常に後ろを歩いているのだから『同じ方向に用事がある』という言い訳は通用しない。
村で働いていない俺が言うのも何だが、母親らの仕事は良いんだろうか?
そんなこんなで親子喧嘩(?)が始まってから、約10分ほど歩いたところで見慣れない物が目に飛び込んできた。
それは大人が10人ほどで手を繋ぎ輪を作って、やっと取り囲めるほどの太さを持つ木が3本、∴状にたっており、地上から大体10mくらいのところで木の枝や葉っぱ、藁のような物で組まれている所謂ツリーハウスのような家屋だった。
更に木の根元には異臭を放つ、直径10cmほどの白くて丸い物が所々に散乱している。
「ほんとにもぅ、お母さんときたら……ってお兄さん、どうかしましたか?」
「この建物は誰が住んでるのかなって思ってね」
ツリーハウスのある樹木の幹は丁寧に枝が全て切り取られて足場になるような物はない。
櫓の解体などを見ていて獣人は木登りが得意そうに見えたが、此処まで枝を綺麗に切り落とされていると幾ら木登りが得意でも可也苦になると思われる。
「これはフェルちゃん達の家だよ」
「フェルちゃん?」
「あっ、ちょうど帰って来たみたいですよ。お~い、こっちだよ~~」
ニルは何故か空に向けて、大声で件のフェルを呼ぶ。
俺の眼には何も見えないので『ニルは何をしているんだろう?』と首を傾げながら事態を見守っていると次第にバッサバッサという音が聞こえてきた。
すると数秒後、腕の代わりに鷹かトンビの様な翼が肩口から生え、足首から先が鉤爪状になっている翼人の女性がニルの横に静かに降り立った。
「ニル、此処来る、久しぶり、どうした?」
魔物で言うところのハーピーに似た翼人の女性は片言の言葉でニルに話しかける。
後ろを2人の母親と言い争いをしていたラミも降りてきた翼人女性に嬉しそうな表情で駆け寄ってくる。
「フェルちゃん、こうやって顔を合わせて喋るの何日ぶりだろうね」
「本当、ニル、ラミ、元気そう、何より。今日、どうした?」
「今日はお兄さんを案内してるの」
「アタシたちの旦那様になる人よ」
ラミとニルからフェルと呼ばれた女性は不思議そうな顔をしながら俺の方に振り向くと、一瞬目を見開いて何事もなかったように聞いてくる。
「人……間?」
「は、はい。クロウと言います」
「お前、人間違う。何者? でも、悪い奴違う」
「フェルちゃん、何言ってるの? お兄さんは人間だよ?」
「私達の御爺ちゃん達を虐めた人間とは違うっていう意味なら合ってると思うけど……」
「見た目、人間。でも中身違う。不思議、でも、嫌い違う。クロウ、よろしく、フェルでいい」
「ああ、よろしく。ところでさっきから気になっていたんだけど、木の根元にある物ってタマゴ?」
「欲しいなら、やる。私、ソレ無用」
彼女は翼人、鳥類だから卵を産んだのか。暖めないで放置という事は無精卵という事なのかな?
でも獣人族は此れまでの色々な事情で飢えているという話だったけど、これは食べたりしないのか。
そう思いつつも辺りで腐って異臭を放っている卵の中から、比較的新しくて割れてないタマゴはないかと手を伸ばしかけたところでラミが眉をひそめながら話しかけてきた。
「お兄さん、まさかとは思いますけど……コレを食べる気ですか?」
「ソレなら、危険、やめる」
私には無用だから欲しいならやると言っていたフェルも否定の言葉を口にする。
自分的には無精卵だから必要無いとは言っても、やっぱり自身が産んだ物を誰かに食べられる事には否定的なんだろうか?
そう考えていると、今度は後ろで黙って事態を見守っていたニルの母親が口を開いた。
「私を大分前に食べる物が何もなくて森に自生する色々な物を食べていた時期がありました。その延長上で私を含む代表3人が今みたいに翼人族の産み落とす卵も食べてみたのですが……」
なんだ? もしかして毒だったとか? でも獣人族は他種族には猛毒になる魔物の肉を毒抜きせずにそのまま食べてるから、毒は効かないと思うんだけどな。
「食べている最中は少し食べにくいと感じただけで何ともなかったのですが、時間が経過するにつれて御腹の調子が次第に悪くなって行き、終いには3人が3人とも丸一日トイレから離れられませんでした。クロウさんも知っての通り、私を始めとする獣人族には魔物の肉に含まれている毒は効きません。やろうと思えば他種族に対し、僅か一滴でも致死量となる魔物の血も一気飲み出来ます。その私達が死にそうな思いで御腹を壊したのですから、人間であるクロウさんの身体にあうとは到底思えません!」
フェルを含めた他の4人もシンクロしているかのように揃って首を縦に振っている。
「ちょっと聞きたいんですけど、その時はどうやって食べました?」
「どうやってって……普通に殻を割って、中身をそのままゴクンですけど?」
彼女は何を当たり前の事をと言わんばかりの表情をしていたが、すぐに青い顔で身体を震わせた。
恐らくお腹を壊した時の事を考えてしまったんだろう。
生卵を食べてお腹を壊すって……その当時の事を知る由がないから何とも言えないけど、お湯で茹でてゆで卵にして食べるとか、殻を割ってかき混ぜて卵焼きか目玉焼きにして食べた方が良いんじゃなかろうか?
《獣人族は元はと言えば野生動物から派生した種族ですから、食べ物に火を通して食べるという習慣が無いのです。先ほどの食事の風景を見て分かる様に子供でも平気で生肉を齧っていますし》
確かにそうだな。ラミにニルも、血が滴り落ちる生の骨付き肉を美味そうに齧っていたしな。
そう頭の中で考えてながら、損傷のない無事な卵を手に取ろうとしていると大事な事に気が付いた。
この世界には電気が無いので冷蔵庫ももちろん存在しない。
食べ物を川の水で冷やす程度の事ならあるかもしれないが、痛みやすい卵を常温で保存なんてのはもってのほかだ。
体感的に森の日向の温度は25~30℃といったところ、日陰でも場所に因るが20~25℃だろう。
この落ちている卵はいつ産み落とされた物かは分からないが、下手をすると腐っているとも考えられる。
「どうした? 卵、不要?」
俺が卵に手を伸ばした状態で固まっていると、上体だけを反らした形でフェルが視界に飛び込んできて疑問をぶつけてくる。
「一応聞いておきたいんだけど、この卵はいつから此処に?」
「卵、産むの朝。皆、まだ寝てる頃」
今は空が結構赤くなってきてるから詳しい時間は分らないけど、半日近くは経過してるかもしれない。
産んで直ぐなら時間経過のない亜空間倉庫に入れておけば品質的にも問題ないと思うけど、地面に放置されているコレを食べるのは少し勇気が必要になる。
「できたらコレではなく、産み落として直ぐの物が欲しいんだ。都合の良い時間を教えてくれれば此処まで貰いに来るけど」
とはいうものの、此処には時計という物がないので大まかな感じにしかならないが。
「来なくていい。私、持って行く。ラミ、クロウ、どこ住んでる?」
「確かメレスベル様の家に住んでたはずだよ。でも隣に家を建ててたから、もしかしてソッチかも」
「メレスベル……集会所、隣?」
「そうです。でも態々持ってきてくれるのは大変だし、面倒じゃないですか?」
「気にするな、翼人族、朝早い。それに、森の見回りある。ついでに置いてく」
「それならお願いします」
その後、ラミ、ニル、母親2人、フェルと少し後に帰ってきた他の翼人族(女性2人)の計7人で小話をしていたところで空が暗くなってきたので、ここで解散となった。
ラミは『まだまだ案内したりない』と母親に愚痴っていたが、果樹園の世話をサボるわけにはいかないので渋々だったが……。
それでも途中まではという事でメレスベルの家の近くまで一緒に歩いてきた。
集落で母親と一緒に夕食の準備をしなければならないニルは悔しがっていたが。
聞けば獣人の食事は各々の家で個別に摂るのではなく、解体途中の櫓の近くにあった開けた場所で全員一緒に食事を摂る習わしなのだそうだ。