第106話 猫、犬、狐(獣人)の大行進
エルフの集落からラウラとセルフィとともに狩り部隊などの事を含めて30分ほど歩いたところで獣人の集落へと到着することが出来た。
ドワーフの集落からの帰り道で酔っ払ってしまった女性を送り届けた場所へと足を進めると、まるで俺が此処に来ることを事前に知っていたかのように色々な種類の獣耳を生やした獣人の子供たちが一斉に俺へと突進してきた。
「うおっ!?」
獣人とはいえ、子供の足なので避けようと思えばいつでも避けられたのだが、そうしてしまうと転んで怪我をして泣き出してしまう子供がいるかもしれないと思うと身体を動かす気にはなれなかった。
まぁ仮に怪我をしたとしても【ヒール】で治療すれば良いだけのような気もするのだが、ほんの一時でも苦痛を味あわせるのは忍びないからな。
そう思っている間に一番先頭に居た、ドワーフの集落に行く途中の果樹園に行った時にも会った犬型獣人の女の子が尻尾を千切れんばかりに振った状態で太腿付近に抱き着いて来る。
それを皮切りに次から次へと子供たちが足や腰にしがみ付いて来る。
中には既に背中側から足に抱き着いている男の子を踏み台にして、首に手をまわしつつ背中に抱き着く女の子もいる。
体重が軽い子供とはいえ2人や3人なら兎も角、眼で追って数えた結果22人もの子供たちに抱き着かれた俺は後方に倒れそうになるが、それだと背中に抱き着いている子を潰してしまう結果になるのでなんとか倒れることなく踏みとどまった。
「あらあらクロウ、モテるわね。でも相手は子供なんだから、間違っても手をだしちゃ駄目よ?」
面白くないと言った表情で渋々ついて来ていたセルフィが、ここぞとばかりに笑みを浮かべて発言する。
「手を出すってなぁに? なんのこと?」
かけらほども悪気のない少女がそう聞いてくるが、残念ながら簡単に口に出して良い事ではない。
「ねえねえ、なんのこと?」
「そ、それはお兄ちゃんにも分からないから後でお母さんに聞いてね。なんなら其処で笑ってみているお姉ちゃんに聞いてみるのも良いかもしれないよ。俺とは違って人生経験も豊富だろうから……」
散々からかわれた意趣返しにと大口を開けて笑っているセルフィを指さしてこう言うと、俺にしがみ付いていた子供たちの9割ほどがセルフィに殺到していく。
「ちょ、ちょっと!?」
「自分が口にした言葉なんだから、責任を持って説明してあげなよ。セ・ル・フィ・お・ば・さ・ん?」
「誰がおばさんよ! 誰が」
エルフの寿命からして『おばさん』というよりも『お婆ちゃん』という方が的確なのかもしれないが、黙って背後で笑みを浮かべているラウラの事もあってか逆鱗に触れるような失言は避けたいところだ。
矛先が自分に向いて慌てふためいているセルフィだったが、此れから狩り部隊の訓練に行かなければならないとばかりに、子供たちに『後で説明するから』と言うも、娘の困った顔を見て笑みを浮かべていたラウラから止めとなる一言が言い放たれた。
「あら、あれほど訓練をしたくないって言ってたのに殊勝な心がけね。でも訓練開始までにはまだ時間に余裕があるから、子供たちに説明するぐらい如何って事はないわよね?」
「だそうだ。頑張ってくれ」
セルフィが焦っているのは額に浮かべた汗の量と赤面した顔から言って明らかなのだが、面白いからこのまま助けずに困っている様を黙って鑑賞することにした。
其の時、ふと気が付いてみると俺の前に3人の獣人の少女たちが立っていた。
背の高さから判断すると、セルフィにしがみ付いて説明を求めている子供たちが小学校低学年だとすると、俺の傍から離れない少女は中学2、3年生といったところか。
身体つきも『どこが』とは言わないが、出るとこは出ているようだった。
「えっと、君たちは行かなくて良いのかな?」
「私は既に、その意味を知らされてますから。あの子たちはまだ身体つきも小さいので教育はまだみたいですけどね」
「それに好きな相手を見つけたら、一族繁栄の為に種族を問わず積極的に行けとも言われてますし」
「という事でしますか? 何時でも準備万端整えていますけど?」
いやいやいやいや! 子供たちに何を教えているんだよ!?
《マスター、この世界での成人は15歳なので手を出してしまったとしても問題ありませんよ》
《充分問題あるわ! 大体、親御さんの了承も得ずにそんな事をしてみろ。俺がどんな立場であれ、森から追放になってしまうのは火を見るよりも明らかだろ》
《いえ、それも解決しているようですよ? 振り返って確認してみてはいかがですか》
エストの言っている意味がよく理解できないまま、言われるように後ろを向くと子供たちをそのまま大きくしたような体型の、母親であろう女性達が口元に笑みを浮かべながら子供たちによって揉みくちゃにされているセルフィを見ていた。
そんな中でセルフィから視線を外して俺の方を見ている、言っては失礼だが周りより少し齢が行っている女性たちが居た。
其方の方を見た俺と目があった女性は何を考えているのか深々と頭を下げている。
《えっと……あれはどういう意味なんだろうな? 何となく分る気もするけど》
《恐らくはマスターの考えている通りだと。森には若い男子はあまり居ませんから》
《で、でも森に来て直ぐの俺が受け入れられるには、ちょっと展開が早すぎないか? 最悪、俺が皆を騙して森から攫って行くって事は考えないのか?》
自分で言っていて、かなり凹む考えだが……。
その後、混乱した状況が10分ほど続いたところで『果樹園の世話係』『家事手伝い』『他の集落の手伝い』という事で子供たちが渋々と言った表情で離れて行き、最終的には耳年増な発言をした狐耳の少女と猫耳の少女の2人を場に残して、セルフィにたかっていた子供たちを含めた全員がそれぞれの場所へと散って行った。
時折名残惜しそうに何度も立ち止まったり、何度も振り返ったりしながら歩いて行く子供たち。別に今生の別れというほどの事では無いんだが……明日以降も来ようと思えば来られるし。
「あ~酷い目にあった。こんなに疲れた日は家に帰って寝るのが一番ね」
と言いながらセルフィは背筋を伸ばして来た道を戻ろうとするが、そうは問屋が卸さないと言わんばかりにラウラが歩き始めたセルフィの後ろ襟を掴み取る。
「何処に行くつもりなのかしら? あなたは今から狩人の訓練があるんでしょ」
「お、お母さん、今日はちょっと都合が悪いかなぁ……なんて」
「くだらない事を言ってないで、さっさと来なさい! それとも永遠に家に帰れなくても良いの?」
「……わかりました」
流石に狩人を除名処分になったら、どういう処置が取られることになるか分かっているのか自分から獣人の集落へと入って行った。
ラウラも両掌を上に向けて、やれやれと言いながら肩を竦めると、周りに悟られないレベルで俺に会釈するとセルフィに次いで集落へと入って行った。
「セルフィお姉さんは相変わらずだね」
「そういえば君たちは仕事に行かなくていいの? 皆、行っちゃったけど」
「私は一昨日の朝の当番だったから、今日は夜の水やりが仕事なの」
「アタシは狩ってきた獲物の解体をする人達の手伝いなんだけど……」
「毒抜きの作業が滞っているから、何も出来ないと」
確か毒抜きする直前に獲物を解体して、間髪入れずに鍋の中に薬草と一緒に煮込むって話だったな。
現代と違って冷蔵庫なんて物はないから、肉を常温で放置しておくと直ぐに痛んで腐ってしまう。
現に毒抜きの最中に火を止めてしまった物と解体してブロック状になっていた肉はそれ以上、悪くならないうちに毒があっても問題なく食べることが出来る獣人族へと渡されたと聞いてるし。
獣人からしてみれば幸運の一言だが、エルフやドワーフ族からしてみれば念願だった果物以外の食料が遠ざかり、不幸というほかならない。
「お兄さん、もし良かったら私達が集落の中を案内してあげようか?」
「それは有難いけど良いの? 折角のお休みの日なのに」
「休みの日だけど、何もしないで村の中をブラブラしていたら決まって『手伝いをしなさい』とか『部屋の掃除は済ませたの?』とか言われるから。それなら『案内』っていう名目を付けてブラブラ出来るかなぁ~~なんて。駄目?」
「それじゃ悪いけどお願いしてみようかな。内心、顔見知りが誰も居ない場所に足を踏み入れるのは心配だったんだ」
「だったら決まりね。おひとり様、ごあんな~い」
だ・か・ら、何処でそんな言葉を憶えてきたんだって……。
こうして俺の右腕は狐耳の少女に左腕は猫耳の少女に拘束されて両手に花状態で集落の中に歩を進めるのだった。
この光景、何も知らない人に見られたら、一体どう思われるのだろうか?