第105話 獣人の森の狩人
今、お世話になっている長老の家の横に俺の家を建ててくれているエルフと会話した後『そういえばまだ行ってなかったな』と思い、獣人が暮らしている森に行こうと足を踏み出したところ、かなりの不審人物的な動きをしているセルフィの姿が目に留まった。
最初は誰かと『かくれんぼ』でもしているのではないかと思っていたのだが、誰かから逃げているかのように某ゲームの蛇を思わせるような動きで木の影に隠れたり、服が汚れる事などお構いなしに匍匐前進していたり……と如何やら俺が彼女を目で追いかけているのに気が付いたようで、遠慮気味に手を振ったり、口の前に人差し指を立てて頭を下げたりと何処か焦ったような表情で後方を気にしだした。
彼女が何を言いたいのか気になって、後ろばかりを気にしているセルフィの視線を追いかけてみると其処には眉間に皺を寄せたラウラが顔を真っ赤にしながら顔をキョロキョロさせていた。
なるほどな。また何かを仕出かして追われているという訳か。
何をして追われることになったのかは分からないが、告げ口するのは嫌なので此処は見なかったことにして先に進もうと思っていたのだが……。
「おねえちゃん、何してるの? かくれんぼ?」
たまたまエルフの集落に遊びに来ていた獣人の子供の悪気のない一言によって逃走劇は幕を閉じた。
それから約10分ほどが経過した後、俺とラウラ、そして意気消沈した表情で涙目になっているセルフィの3人は一緒に獣人の森を目指して歩いていた。
聞けばセルフィが逃げていた理由が、狩人になるための訓練に行きたくないという事だったらしい。
ちなみに訓練場所が獣人の集落の一角にあるとの事で一緒に行くことになったのだ。
「本当にこの子は何時も何時も手間ばっかり掛けさせて。そんなに訓練に行くのが嫌なら、どうして『狩人になりたい』だなんて言ったの!」
「……」
ラウラのキツイ物言いにセルフィは顔を俯かせたままで黙って歩き続けている。
犯罪者とは違い、縄で縛ったり前後を挟まれたりはしてないので、逃げようと思えば何時でも逃げることが出来るのだが、一緒の家で暮らしている以上は逃げられないと思っているのだろう。
セルフィは時折『見つかったのは、お前の所為だ!』と言わんばかりに横目で睨み付けて来るが、ラウラから視線が向けられると落ち込んだ表情を見せていた。
実際のところ、俺は様子を見ていただけなんだけど……。
『だ・る・ま・さ・ん・が・転・ん・だ』の別バージョンにも見て取れる。
「それでクロウ殿も獣人の集落に用があるんですか?」
ラウラはセルフィを叱っていた表情を一転して、口元に笑みを浮かべて俺に問いかける。
「此処でお世話になっているので、一度は顔を見せに行かないとと思って。先日はドワーフの集落に行って来たので、今日は獣人の集落に行こうと思ってるんです」
「それは良い心がけですね」
「ところで狩人部隊ってどんなところなんです? ちょっと小耳に挟んだだけですが少し興味があって」
俺がそう聞くと、ラウラの顔が何処か緊張した表情へと変化していった。
「あっ、勘違いしないでください。狩人部隊に参加したいと思っているわけじゃありませんから」
「どうして? クロウなら剣も魔法も使えるから、良いセン行くと思うんだけどな♪ もしかして怖いって思ってるんじゃないでしょうね?」
さっきまで元気無さそうに俯いていたセルフィが『弱点見つけた!』と言わんばかりに口を挟んでくる。
「それは貴方も一緒でしょ? いつも家に帰ってくるなり、文句ばかり言ってるくせに。今日だって訓練から逃げようとしていたじゃないの」
「え、えっと、それはその……」
ちょっと言い返されただけで口を噤むなんて、それなら最初から言わなきゃいいのに。
「それで狩人部隊についてでしたね。簡単に言うと、狩人になるにはある一定の訓練に合格しないと成る事が出来ません。確かにこの子の言うように魔法を使える者は回復要員としても狩人としても好ましいのですが、それ以上に弓の正確な射撃が必要になります」
「弓? 剣や斧といった武器ではなく?」
「弓で、ある一点を狙い撃って獲物をしとめるのです。広場で頂いた獲物を捌いているところを見たかと思いますが、あまりにも血を多く流してしまいますと毒抜きに時間が掛かり過ぎて肉を腐らせてしまうので獲物を傷つけてしまう剣や斧は使えないのです。その点、クロウ殿に頂いた獲物は外傷が全くと言って良いほどなかったので皆、喜んでいましたよ」
精霊の力で外部から脳を沸騰させて殺したり、水や風で窒息させたりしたから外傷はなかっただろうな。
「そういえば森の中で出会ったトリスが『狩人部隊第三位のエルフ族トリスです』って言ってたのを聞いたけど、セルフィは第何位なんだ?」
「うぐっ!?」
「残念ながらセルフィはまだ、位を持てるまでには至ってないんですよ。ちなみに私は第二位ですね」
「という事は副隊長? 凄いですね」
「とは言っても、御母様の世話係に任命されているので最近はあまり狩りに参加できていないんですよね」
ラウラは少し視線を逸らせて頬を指で掻きながら表情を曇らせる。
「狩り部隊についてでしたね。第〇位と呼ばれる者の他に、セルフィを含めて候補という存在があるんですよ。候補のランクとしてA、B、Cとあるんですが、Aは候補の中では優秀で位こそ持ってませんが、狩りの際に仕留めた獲物を運ぶ係として追従を許されています」
トリスと出会った時に別のエルフが数人の獣人に獲物を運ぶように指示していたけど、アレがAランクの候補という事かな?
「次にBクラスの候補は来る日も来る日も実践さながらの弓の訓練です。他の事は何もしなくても良いから、とにかく矢を撃ち続ける毎日です。そして最後にCクラスの候補ですが、これは小間使い的な者達ですね。する事といえば、Bランクの者が放った矢を拾う事と補充する事、Bランクが食事などの休憩中に決められた場所で練習する事くらいですね」
「ちなみにセルフィのランクは?」
「限りなく、Cに近いBランクですね。もっとも訓練をサボりまくっている所為で、いつCランクに戻されても文句が言えないでしょうが」
「でもそんなに訓練が辛いのなら、途中で辞めてしまうのも居るんじゃ?」
「候補とはいえ、一度狩人部隊に入った者は余程の理由がない限り脱隊を許されないんです。それでも態と怪我を負って狩人を辞めようとする者も少なからず居ますが、その場合は『半端者』として集落の誰からも相手にされなくなって森に居られなくなります」
「それじゃセルフィも本当は辞めたいけど、辞めたら有難くもない『半端者』という称号を付けられるばかりか、帰る場所が無くなるから辞めるに辞められないという訳か?」
「そうよ! 悪かったわね。中途半端な女で」
「何も其処まで言ってないだろうに……」
そうこう話しているうちに俺達3人は獣人の集落へと到着したのだった。
此処でセルフィとラウラは分れるのかと思いきや、狩人の訓練場所は獣人の集落を中ほどまで進み、ドワーフの集落に行くようにして森の奥に入って行ったところにあるとの事だ。
場所的にはエルフの集落から世界樹を正面に見て、左上の森の中といったところか。
話によれば至る所から、的から外れた矢が飛んでくるので危険回避の為に関係者以外は立ち入り禁止との事らしい。
どんな訓練をしているのか興味があっただけに残念な気持ちで一杯だった。