第104話 俺の住む家
久しぶりに訪れた精霊神殿で、俺がエスト達と契約した事で不老になったと説明された。
ちなみにあくまで『不老』であって『不死』ではないので、命に係わるような傷を負った場合は例外なく死に至るらしい。
加えて過去の契約者の話を聞いたところで聞き覚えのある国名を聞かされた。
「27000年前の契約者を尋問、拷問して命を奪ったのが狂王国という国で、後の帝国グランジェリドだって!? エルフや獣人達を実験動物扱いしてた国だとは聞いてたけど、そんな昔から非道な事をしていたのか」
「更に申し上げますと古代遺跡でマスターが触れられた、私が宿る宝石を何百年も所持していたのも帝国です。宝石の中から見ていた限りでは国の内外から攫って来た魔力を持っている人間達や奴隷達に宝石を触らせて契約できる者を探していたようですが、その誰もが契約することが出来ずに始末されていったようです」
「前に魔術師が何者かに攫われるという事を何処かで聞いたような気がするけど、もしかして攫われた魔術師を帝国が契約者にしようとしていたと?」
「連れてこられていた人間達が何処の出身かは私には知る術がなかったのでハッキリとは申し上げられませんが、恐らくはマスターの考えている通りかと思われます」
「話は戻るけど、それならどうして古代遺跡に宝石があったんだ? あの古代遺跡はドラグノアの領土の筈だし」
「其処までは流石に分かりませんが、遺跡の中で研究して居た研究者たちは帝国の民だったようです。研究が息づまる度に口々に『結果が出せなければ閣下に始末される』と震えていましたから。その後、何を思ったのか、炎が噴き出るトラップが仕掛けられていた通路に自ら飛び込んで命を落とした研究者たちを最後に遺跡に人が来ることはなく、更にそれから数十年が経過したところでマスターが現れて私と契約して今の状態となりました」
「それほどまでに執着していた研究を、数十年も放置していたという帝国に一体何があったというんだ」
「流石に其処までは……申し訳ありません」
「ああ、いや別にエストを責めているわけじゃないから」
その後、思い出話や他愛もない話をエスト達としたところで起床する時間になったため、眼を醒まし朝食を摂った後で家の外に出ると昨日まで数十本の丸太が置かれていた場所に今、俺が寝泊まりしている長老の家と同じか、それ以上の大きさのバンガローが数人のエルフ、獣人たちによって建てられていた。
長老の家の扉を開けた状態でその光景を見ていると後ろからメレスベルが話しかけてきた。
「お気づきになられましたか、着々と建設を進めていますので完成までもう暫くお待ちください」
「って、この建物は俺が住む場所なんですか!?」
「何時までも神子様を手狭な場所に暮らさせては精霊様方にも申し訳が立ちませんからな。一応言っておきますが、決して神子様を追い出そうとしているわけではありませんから勘違い為さらないで頂きたい」
メレスベルとラウラの態度を見ている限りでは迷惑とは思っていない事は確かだけど、セルフィの何処か怪訝そうな顔をみていると、やっぱり迷惑をかけてるのかと思ってしまう。
まぁ、女性が3人で暮らす家の中に男が1人入ってくれば、嫌がる気持ちも分からないでもないが。
そうこう考えているとバ
ンガローの屋根付近で作業をしていたエルフが地面に軽やかに飛び降りてくるなり、俺に話しかけてきた。
「おぅ、アンちゃん。もう少しで完成するから、もうちょっとだけ待っててくれな」
そう話しかけてきたのは、空間倉庫から取り出したウルフを捌いていたエルフの男性だった。
歳は見た目的には同じくらいに見えるが、エルフは長命なので下手をしたら俺が想像している年齢の10倍という事も充分あり得る話だ。
「色々と忙しいのに俺なんかの為に此処までしてくれてありがとうございます」
「おいおい、自身をそんな卑下するもんじゃないぜ。それに忙しいって言っても、新しい鍋が出来るまではすることが無いしな……って、そこ何やってんだ! その場所は4番の丸太で組めって言っておいただろうが。それだと長さが足りなくなるぞ!」
さっきまで会話していた男性が俺の背中越しに建設途中のバンガローに目を向けると、とても1人では運べそうにもない大きさの丸太を軽々と肩に担いで屋根に上がろうとしている獣人を怒鳴りつけていた。
「あ~~すまんな。何処まで話したっけな?」
「自分自身の事を卑下するなって事と、鍋が来るまですることが無いと言ってたところまでですね」
「ああ、そうだったな。幾ら俺達でも、森に来た人間ってだけで此処までするつもりはなかったさ。だがな、命を救われたって事実だけは変わらねえ」
「命を救ったって言うけど、俺が何かしましたっけ?」
「こんなに沢山の魔物を持ってきてくれただろ? アンちゃんにとってみれば魔物を狩った序で持ってきたってだけかもしれねえが、森に住む俺達にとっては御蔭で餓死を免れたって事になるからな。アンちゃんがどう思っていようと俺達が感謝している事には何ら変わりはないぜ」
俺からしてみてもエスト達に魔物は食料になるって聞かされていても、此処に来るまでは半信半疑だったから何とも言えないな。
「アンちゃんは自分の事で皆に迷惑をかけてるって思ってるみたいだけど、屋根の上で作業している獣人の奴等を見てみなよ。アレが嫌々作業をしているように見えるかい?」
言われるがままに屋根へと視線を向けると其処には生き生きとした笑顔で作業をしている何人もの獣人の姿があった。
その一部は余程嬉しい事があったのか、屋根の上でスキップした挙句に足を滑らせて腰から地面に落下するも、何事もなかったかのように後ろ手で後頭部を掻き、仲間に笑われながら屋根に上って行く。
というか先ほど屋根から飛び降りた目の前のエルフもそうだけど、推定で5m近い高さから落ちて如何して無事なんだろうか?
「餓死を回避したってだけなら森に住む連中全員が当てはまる事なんだけど、獣人の連中は更にラグルって名前の壁があったからな。まぁ俺らもラグルの眼が無い場所で、なけなしの食料を分け与えたりしていたが助からなかった奴は大勢いる。獣人の子供たちがガリガリに痩せ細っていく中でラグルだけがブクブクと太って行くのを見て、奴を全員が憎んでいたからな」
其処まで嫌われていたのに森から追い出すことが出来なかったとは……。
昨日、ヴェルガから聞いていたように其れほどまで先代長老のバヌトゥを慕っていたという事だろうか。
「まぁ半分愚痴になっちまったが、そう言う事だ。あんまり自分を卑下するな」
エルフの男性はそう言うと、先の獣人に激を飛ばしつち左手でエルフ特有の長い耳を触りながら未完成バンガローの方へと歩いて行った。
その後、バンガローを作っている皆に対して軽く頭を下げると、獣人の森に向かって歩き始めた。
その理由はなるべく多くの森の住民に顔を見せて仲良くなりたいと思っていたからだ。
昨日行ったドワーフの集落でも、仕事の都合で集会へと来れなかった者が数人いた事から、ならば此方から出向こうと思っての事だった。
集会に集まっていなかった者の中にはミルメイユが率いる水棲族も長老と御付の2人以外居なかったが、彼等の住まいは水の中という事で訪問できずにいる。
俺も水の精霊であるラクスと同化すれば水の中でも呼吸する事が出来るが、そうしてしまうと自らの秘密を暴露する結果になってしまうので如何する事も出来なかったのだ。
獣人の森に行く途中で見かけたメレスベルに、何もしないで世話になってる事に対して心苦しいので何か手伝える仕事はないかと聞いてみたのだが……。
「そんな畏れ多い事は出来ません! 神子様はどうかゆっくりと為さってください」
俺としては空間倉庫【ディメンション】を持っている事で、狩りに参加して大量の獲物を持ってこられると思っていたのだがメレスベル曰く『そんな危険な場所に行かせるわけには行かない』との事。
「それに狩り部隊になるには厳しい試験がありますので、おいそれと出来る訳ではありません。……仮に試験を合格されても、狩り部隊には参加させるつもりはありませんが」
ある程度は予測していたけど、まさか完全否定されるとは……。