第97話 公開裁判
仮の竜人族長老ラグル……もとい先代の竜人族長老を自らの私怨で手に掛けた重罪人ラグルを裁くために急遽開かれることになった、4人の精霊への新長老の御披露目会でもある【制定の儀】を執り行うという事で聖域中に招集がかかってから凡そ3時間後、世界樹の前にある広場に様々な種族の人達が集結した。
パッと見で一番多いと思われるのは複数の種族が集まっている獣人族だ。
狐のような耳と尻尾を持つ者を始めとして猫や犬に似た【各種獣人族】にラグルと同じ、竜がそのまま人型になった種族【竜人族】や、獅子ような鬣を持っている一見視線を合わせづらい厳つい男性など様々だ。
次にエルフ族が多いが、此方は男性女性と子供の比率が悪い。
数値で言うと全体を10として男性が3、女性が6、子供が1といった具合で圧倒的に女性が多い。
この中には森で出会った狩りの帰りだと言っていたトリスに、前に会ったときは凛々しいような感じだったのに、今は何処かドジっ子を思わせるようなセルフィの姿と、狩り部隊の隊長だと言っていたガタイの良い男性の姿もあったが此方は地面に胡坐をかいて眠っているようだった。
最後に20人ほどしかいない、ズングリムックリとした体躯のドワーフ族。
此方は顔中を獣人族を思わせるような濃い体毛で覆われている為、パッと見では男性か女性なのか全然見分けがつかない。
更に他の種族に見られるような幼い子供の姿は何処にも見当たらなかった。
一応は聖域中に招集を掛けたわけだが、森の警備にあたっている者や狩りに出かけている者など、必要最小限の人数を省いても広場に入りきらずに、何人かは木の枝に腰かけて制定の儀が始まるのを今か今かと待ち続けている。
その一方で長老たちはというと、世界樹の根元にある池の前に会議場の中から持ち出された椅子を置いて左からエルフ族長老メレスベル、ドワーフ族長老ヴェルガ、水棲族長老ミルメイユの順に座っている。
そして俺の立ち位置はというとメレスベルとミルメイユの席の間に置かれている、かつてラグルが座っていた竜人族長老の椅子に腰かけている。
当のラグルは正式な長老ではないので公の場で長老の椅子に座る事を許されずに、丁度広場に集まっている皆と長老との間で、どこか殺気じみた視線で胡坐をかいて此方を睨み付けている。
というか前まで自身が座っていた椅子に人間である俺が座っているのが気に入らないのか、この3時間俺から目を離そうとはしない。
「ではこれより、竜人族ラグルの精霊様方への御披露目すなわち【制定の儀】を執り行う!」
やがて、此れ以上集まらないと判断したのかメレスベルが皆を代表して【制定の儀】の開始を告げた。
始めの挨拶として各長老から、聖域の此れからや、今陥っている飢餓、各種族の誰々が子を授かったなど全世界恒例とも思われる長い話が始まった。
此れから精霊の御披露目が始まるに当たり、フィー達が如何するのか気になったので聞いてみると。
《私達は既に契約しているので、マスターの御身体から外には出ません。というより出たくありません》
《その為、制定の儀には私達の力の何分の一かを分離して、場に現します。皆に姿を見せて言葉を投げかけるだけなので大した力も使いませんし》
《それと今回の制定の儀は初めてのマスターの前だという事で少し趣向を凝らしてみようと思いますので、楽しみにしていてください》
そうこう話している間に長老たちの話が終わり、今から精霊を呼びだすという事になった。
趣向を凝らすと言うのでどんな事をするのか興味を持ち始めたところで、3人の長老が椅子から立ちあがり世界樹に向けて所謂土下座のような姿勢を取ったかと思うと、3人揃って歌のような言葉を紡ぎだす。
その後、歌のような言葉は5分近くも森に響き渡り、全ての言葉が紡ぎ終わったのか長老たちが姿勢を戻して元の椅子に腰かけたところで場に変化が訪れた。
不意にヴェルガの前の地面が盛り上がったかと思いきや、徐々に女性の人型になって行く。
同じように背後の池から水が吹き上がり女性の人型になったかと思うと、そのまま宙を移動してミルメイユの前に降り立つ。
ついで周囲の森から木の枝や葉っぱなどが一点に集まって女性の人型に、更に広場にある篝火から火が一直線に俺が居る場所に来たかと思うと、これも同様に女性の人型をとった。
広場に集まっていた皆も各精霊の登場の仕方に度肝を抜かれて声も出せなくなっている。
エルフのある程度齢がいっている男性に至っては地面に両膝を付き、両手を胸の前で組んで涙を流している姿も見受けられる。
「土の精霊様、水の精霊様、風の精霊様、火の精霊様、ようこそおいで下さいました。この度は私どもの制定の儀にお越しくださいまして誠にありがとうございます」
身体の中にフィー達がいるのが体感的に分るのに、目の前にも居るというのが如何も不思議な気持ちで一杯だった。
それに良く見てみると、姿を現した精霊達の顔が知り合いにそっくりだと言うのが見て取れた。
火の精霊はギルドマスターのジェレミアに、水の精霊はイディアに、風の精霊はサミュエスで、土の精霊はエティエンヌに瓜二つに化けている。
俺が呆気に取られていると、ジェレミアの姿をしたサラが此方にウインクしてきた。
彼女達からするとドッキリ大成功といったところだろうか。
今、4人と会話をしようとすると場に現れた人型と話すという事になってしまうので、場には関係ないエストと会話する事にした。
《サラたち4人が趣向を凝らしてみると言っていたのはこの事だったんだな》
《ええ、彼女達もマスターに懐かしい顔を見せてあげたい、会わせてあげたいと常日頃から口にしていたので少し不謹慎かと思いましたが、この場を借りて実行に移したという訳です》
《そうか……》
《あ、あの、彼女達に悪気はなかったと思いますので、罰は彼女達を止めなかった私に》
《いや別に怒ってないから大丈夫だよ。ただ皆は今頃どうしてるだろうと思っていただけだよ》
《ありがとうございます。役目を終えて戻ってきた彼女達を褒めてあげてくださいね》
念話を止めて場に目を向けると、丁度ラグルが4人の精霊に対して膝を落しているところだった。
前に散々、精霊の事をお伽噺だと馬鹿にしていたのに、いざ目の前に現れたら対応が違う物なんだな。
「精霊様方、この者が此度の新しい長老候補者である竜人族ラグルです。どうか合否の裁をお願いいたします」
ミルメイユが代表して言った言葉に4人の精霊が小さく首肯すると、其々ラグルを無言で睨み付ける。
そしてサラ、ラクス、フィー、ティアの順番で合否の旨を口にする。
【我、火の精霊は此の者を長老として認めず】
【我、水の精霊は此の者を長老として認めず】
【我、風の精霊は此の者を長老として認めず】
【我、土の精霊は此の者を長老として認めず】
何処か芝居がかったような口調で全員がラグルを長老として認めなかった。
「残念だが精霊様方はお前を長老とは認めなかった。獣人の森の者達よ、結果は聞いての通りだ。新たな長老候補者を「ふざけるな!!」……」
この事に対して当の本人であるラグルは顔中に血管を浮かび上がらせて、拳を固く握りしめて今にも精霊に飛びかからんとしていた。
「俺こそが森で一番強い者だ。それなのに、どうして認められないんだ! そもそも精霊か幽霊かは知らねえが、こんな眉唾物に意見を聞く事こそがどうかしていると思わねえのか」
「き、貴様、精霊様に対して何たる無礼な口を!!」
この事に対してヴェルガは何とか場を鎮めようとするが如何せん体格が違い過ぎる。
広場に集まっている皆も此れからどうなるのか心配していたところにメレスベルが口を挟んできた。
「ラグルはどうあっても自分が長老に相応しいと思っておるのか?」
「当然だ! 俺以外に相応しい者など居る訳がないだろうが」
「なら精霊様に何故長老として認めなかったか、聞いてみようぞ。異言はないな?」
「さっさとやれば良いだろうが」
「では……精霊様、誠に申し訳ありませんがラグルを長老として認めなかった旨をお聞かせください」
メレスベルの問いに代表して答えたのは火の精霊サラだった。
【このラグルという者は先代長老バヌトゥを私怨で手に掛けた大罪人。よって皆を束ねる長老として相応しくないと判断した】
この精霊の言葉に広場に集まっていた皆が、どよめきだした。
「なっ!? 証拠があるのか、俺がバヌトゥを殺したっていう証拠がよ」
【貴方は私達精霊が嘘を言っていると?】
「嘘も何も存在そのものが嘘みたいじゃねえか! 爺も婆もこんな胡散臭い存在が本当に居ると信じるなんざ情けねえな。そろそろ長老の座を退いた方が良いんじゃねえか?」
ラグルは広場中に聞こえるような大声と、オーバーなリアクションで両手を広げヤレヤレと言った表情で薄ら笑いを浮かべている。
が、次のサラの一言により目に見えて表情が固まる。
【森で貴方がバヌトゥを殺害した時、誰も居なかった事で安心していると思いますが其処には森の精霊達が居て一部始終を見ていたのですよ。確か『お前が死ねば、俺が次の長老に成れる』でしたか?】
「で、出鱈目だ! お、俺を貶める為に誰かが俺を嵌めたんだ。そうに違いない」
サラの言葉が出鱈目かどうかは兎も角として、見るからに顔色が変化しているラグルを見ただけでサラたちの言葉に対する信憑性が高い。
広場に集まっている皆も隣に座っている者同士、または数人固まっている塊でラグルを見ながらコソコソと何かを喋っている。
【見苦しいですね。事を認めない貴方の為に態々、言葉を真似てあげたのに……】
「だ、黙れぇ!」
そう言ってラグルは無謀にもサラに殴りかかるが、今のサラは人型をとっているとはいえ、元は篝火の火が集まって出来た存在。 そんな物に殴りかかろうとすれば結果は火を見るより明らかだった。
「ウグアァァァァァーーー!?」
サラの身体の中に入ったラグルの腕は一瞬にして肘付近まで炭化してしまい、ボロボロと黒い粉となって地面に散らばってしまった。
【……愚かな。この身体は火そのもの、殴りかかるなど正気の沙汰とは思えん】
「さて、竜人族ラグルよ、貴様には聖域の掟に従いて死罪を言い渡す。何か申し開きはあるか?」
ヴェルガの問いに対してラグルは何も喋ろうとはしなかった。
もしかすると腕を失った痛みで話すことが出来ないだけかもしれないが。
「罰の執行は追って知らせる。それまで牢に放り込んでおけ!」
その後、知らせを受けて狩りの部隊が地面に横たわっているラグルに首輪を付けようとしたところで、急にラグルが暴れだし、残された腕を振り上げながら俺の方へと突進してきた。
どうせ死罪になるならという事での特攻なのかもしれないが、瞬間的に俺の傍に移動してきたサラによって、その身は焼き尽くされ後に残るはラグルだったという黒い消し炭があるだけだった。
俺が間近で見た感じではサラの方からラグルを抱きしめていた様に思えたが?
とサラに聞いてみると『マスターに手を出そうとしたアレは、肉片一欠片でもこの世に存在している事を許せなかった』と返事が返ってきた。
《マスターを襲おうとは本当に愚かですね。身の程知らずにも程があります》
「あのような者と一時でも同じ席に肩を並べていたかと思うと吐き気がするわい」
「こら! まだ精霊様の御前じゃぞ。精霊様方、このような事になってしまい誠に申し訳ありません。これで今回の制定の儀は終了となります。ありがとうございました」
そして4体の精霊は役目を終えたとばかりにスッと姿を消して俺の身体の中へと戻った。
その後、1時間程の休憩を挟んだ後でこの場を借りて皆が気になっているであろう、人間である俺の紹介という事になった。