第96話 仮長老への罰を模索
すいません!
今話で竜人ラグルを罰する予定だったのですが、色々書いているうちに文章が長くなってしまい、処罰内容は次話に持ち越しになってしまいました。
楽しみにしていた方には大変申し訳なく思います。
先代の竜人族長老バヌトゥが、現在の長老ラグルに殺されていたという真実を突き止めた俺は、事実が分かって暗い顔をして落ち込んでいるエルフ族長老メレスベルと、その御付の女性エルフを伴ってラグルが待っている筈の会議場へと昼近くに戻ってきたのだが……。
「なに!? まだ来ていないとはどういう事だ」
会議場の中に居たのは留守番兼ラグルの足止めを頼んでおいた水棲族長老ミルメイユと、坑道に開けてしまった穴を急いで塞いできて余程急いでいたのか、身体の彼方此方に土埃を付けたままのドワーフ族長老ヴェルガだけだった。
「つい先ほど、長老の御付の竜人族から目が醒めたと報告がありましたので、もう暫くしたら来ると思います」
「まったく……長老としてなっとらん。あっ、そうそう大事な事が判明したのでこの場で言っておこう。神子様構いませんか?」
俺は其の問いかけに対し、遅かれ早かれ判明する事だという事で発言を許可した。
「それはヌシらと神子様が大事な用があると言って出て行った事と関係があるのか?」
「黙って聞かんか、糞爺! っと、神子様失礼しました」
「それで何が分かったんですか? 意地悪しないで早く教えてくださいよぉ」
後から聞いた話では、付いて来る気満々だったミルメイユが留守番を言い渡されてしまい、朝から俺達が帰ってくる今の今まで頻りに会議場の中を動き回っていたらしい。
「ゴホン、で調べた結果を簡潔に言うと、当初大型の魔物に襲われて狩りの最中に命を落としたと言われていた先代の竜人族長老バヌトゥ殿がどうやら一緒に狩りに出かけたラグルに殺されていたという事が判明した」
「なっ!? それは本当ですか?」
「確かにあの当時は疑わしきことは山ほどあったが、何も見つける事は出来なかった。どうやって調べたのだ?」
「神子様のご協力の御蔭だ。確かにバヌトゥ殿が殺された瞬間を見た者はいないが精霊様曰く、森に居られる精霊様達が何かを見ているかもしれないとの事で調べて下さった結果、判明した。更にラグルがバヌトゥ殿に掛けた言葉も分かった」
「何やら聞くのが怖い気もするが……聞かぬわけにもいかんだろうな」
「気を確かに持って聞いてほしい。其の言葉は『お前が死ねば、俺が長老に成れる』だ」
「なんという事を。私欲のためにバヌトゥ殿を殺害し、恰も魔物に襲われたかのように装うとは」
「だが、奴は言ったところで信じはしないだろうな。あの者の性格から考えて、逆に『戯言をほざくな』と突っかかってくるだろう」
「聖域の皆にとっては、精霊の言う事は絶対じゃないのか? 自分達が神と等しく崇める存在なんだろ? 竜人族だから獣人族と一括りで考えて、崇める精霊は火の精霊ということになるのか」
「確かに神子様が言われる通り、各種族を束ねる長老は自身が持つ魔力を介して精霊様の御声を聞くことが出来るのですが、今の竜人族長老であるラグルには魔力が一切なく、精霊様の御声を聞くことが出来ないのです。私達にも如何して魔力のない者が長老として選ばれたのか、不思議で仕方ないのです」
《マスター、私達に考えがあるのですが……彼等にも話さないといけないので、御手数ではありますが同化後、身体譲渡して頂けませんか?》
《竜人族長老を処罰するのに考えが? 何をするのかは知らないけど同化すればいいんだな》
俺は念話でフィーとのやり取りを終えると、同化して更に身体譲渡も終えた。
その瞬間、俺の髪色は白銀色から緑色へと変化して、身体の周りから風の魔力による奔流が起こる。
「さて、ラグルへの制裁を行う前に確認したい事があるのですが、彼はまだ精霊への御披露目は済んでないんですよね?」
「は、はい。前にも言いましたが、ラグルが長老の座に就いた時には精霊様達は何処かにお出かけになられていて制定の儀を行うことが出来なかったので、いわば竜人族長老(仮)みたいなものですね」
「では今より聖域の者全員を広場に集めて【制定の儀】を執り行いましょう。口で言っても信じないと言うのであれば、皆の見ている前で断罪して貰いましょう」
このフィーの発言に対してメレスベルが怖ず怖ずと手を上げる。
「御言葉ではありますが、ラグルを始めとする獣人族には魔力が無い者の方が多いのですが……」
「今回の【制定の儀】は聖域に暮らす皆に聞かす為の物ですから、魔力の有無に拘らず全ての者が私達の言葉を聞けるようにするつもりです。そうしないと罰になりませんからね」
とこうして話しをしているとドタドタという、廊下を乱暴に歩く音が聞こえてきた。
「どうやら、やっと来たようですね。まったく長老としてなっとらんわい」
「昨日の不手際から考えるに、皆よりも先に来て待っているのが普通だと思うんですが」
「ふん。話し合う場で酒を飲んで酔いつぶれるような輩だぞ。そんな殊勝な心を持っているわけがあるまい。逆に持っておったら気持ちが悪いわ」
「言ってくれるな、老害共が!」
3人の長老が思い思いの事を喋っていると、突然会議場に繋がる扉が外から乱暴に開けられると身長2m以上はある竜人族が、遅れた事に対する詫びも見えずにドンっと1つだけ空いている長老の椅子に腰かけた。
「貴様昨日の体たらくに加え、今日この場に遅刻した事に対する我等への謝罪はないのか!」
「誰が手前等なんかの為に頭を下げるかよ。それだけでも憎たらしいのに、なんで此処に薄汚ねえ人間がいるんだ! 俺の事をとやかく言う前に、人間を此処から追い出す方が先だろうが」
「なんでアンタなんかにそんな事を言われないといけないんだ? 俺がこの場に居る事はエルフ族、ドワーフ族、水棲族の各長老に許可を貰っている。他の長老達も言ってたが、礼儀も知らんような奴にそんな事を言われる筋合いはない」
ラグルは俺が言った言葉に明らかに顔を顰めると、今にも襲い掛かってきそうな勢いで座っている椅子から身を乗り出して俺を睨み付けると、周りを見渡しつつ人を馬鹿にしているかのように踏ん反り返る。
始めは長老の一人だという事で腹が立つことをされても、出来るだけ丁寧に応対しようと考えていたが、先代の竜人族長老を身勝手な私事で殺害したと分かった以上、礼を尽くすことなど出来なかった。
「ふん、身の程知らずの人間が戯言をほざきおって。自分から出て行かぬと言うのであれば、俺がこの手で他の人間に対する見せしめに殺してくれる!」
そう言いながらラグルを俺へと手を伸ばしかけたところで、ドワーフ族とエルフ族の長老2人が止めに入る。
「その方に手を出す事は許さん!」
「どうしてもというのであれば、逆に貴様を聖域から追放処分に処さねばならん」
「聖域の皆を統べる長老であり、誰よりも強い種族である俺よりも、ひ弱でちょっと力を入れただけで簡単に砕けそうな人間の方が偉いとでも抜かすつもりか! とうとう呆けたか?」
「何を言うかと思えば笑わせる。『誰』が『いつ』長老となったというのだ? 精霊様の許可なくして長老を名乗る事は我等が許さん」
「精霊だと? それこそ笑わせる。そんなもの貴様等老害共が妄想の産物だろう。ま、仮にいたとしても俺の長老としての地位は揺るがないがな」
「其処まで言うからには試してみようか。幸い精霊様たちが此処に勢ぞろいしていらっしゃる。この以上ない展開だろう?」
「じょ、上等じゃねえか! 精霊でもなんでも持って来いってんだ」
「よう言うた。ではこれより会議場前の広場にて【制定の儀】を執り行う物とする。長老は各々の森、湖に住む者達を此処に集めよ。なお制定の儀には此処に居る人間族クロウ殿も参加して頂く」
「糞爺ちょっと待てよ。なんで人間まで呼ぶんだ! 関係ねえだろうが」
「この件に関しては長老3人の総意だ。未だ正式な長老ではない貴様に可否をどうこう言われる筋合いはない引っ込んでおれ、若造が」
「くっ……勝手にしろ」
そしてメレスベルはエルフ達を、ヴェルガは北の森に居るドワーフ達を、ミルメイユは東の湖に住む水棲族達を、ラグルが居る西の獣人達の森には上空を飛んでいる翼人族が会議場の管理を務める竜人族の命を受けて皆を集める為に飛んで行った。
当の仮長老ラグルは不貞腐れて水路の近くに寝転がっている状態だ。
聖域の皆に集合をかけてから3時間余りが経過したところで、広場には様々な種族の多くの者達が集まって此れから何が始まるのかを緊張した趣で待っていた。
その内の幼い子供たちは其々の親の元を離れなかったり、ラグルを除く長老たちの周りに集まったり、俺を遠回りに囲んでいたりと緊張からかけ離れた行動を繰り返していた。
人間である俺に子供が近づいて大人である親が嫌な顔をしない物かと思ったのだが、予想に反して作り笑いではない、自然の笑顔を振りまきながら事態を楽観視していた。
前に聞いた話では帝国の人間から実験動物さながらの扱いをされていたと聞いているのに、同じ種族の俺に対して好意的なのをみると如何にも落ち着かない気持ちで一杯だ。
年代的に考えて、此処に居る皆の先祖がそうだったと思うんだが恨みは無いんだろうか?