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第95話 先代の竜人族長老

昨日エルフ族、ドワーフ族、水棲族、竜人族の各長老と会談したものの、竜人族長老が会談の席で浴びる様に酒を飲んだ挙句、完全に酔いつぶれて話が出来なくなったことで今日に持ち越されたのだが、何故か会議場に姿を見せる事はなかった。


「あの若造は何をしておるのだ! 神子様の手前、遅れて来るとは一体何様のつもりか」

「メレスベルさん、頭に血をのぼらせすぎると御身体に悪いですよ。ただでさえ高齢の身なんですから」

「そうは言うが神子様を待たせる訳にはいかんだろう。おい其処の、ぼけっとしてないで直ぐにお前達の長老を呼んで来んか」


部屋の片隅で事態を見ていた竜人族が自分で自分を指さすと、何やら疲れたような表情で溜息を吐きながら部屋を出て行った。


今日の会談の席に居るのは俺とエルフ族長老メレスベル、水棲族長老ミルメイユ、それと各長老の御付であるエルフ族1人と水棲族の子供2人、昨日と同じく会議場の管理人を務めていた、ついさっきメレスベルの命を受けて長老を呼びに行った竜人族の男性1人という合計7人だけだった。


昨日此処に居たドワーフ族長老ヴェルガはティアに指摘されていた、坑道に開けてしまった穴を塞ぎに数人のドワーフを連れて穴に籠っているのだそうだ。


結界に穴を開けたという点についてはミルメイユも同罪ではあるのだが、問題の水路を塞ごうとしたところで、それを農作業で使用している獣人族から『今この水路が無くなってしまうと作業に支障がある』と発言された事で急遽ふさぐのが取りやめになった。


ただし、あくまで水路は文字通り『水を流す路』として使用する事を前提とすると決まった事で、ミルメイユを始めとする水棲族は森を歩いて移動する事を余儀なくされた。


「ただいま戻りました」


そうこうしている間に長老を呼びに行った竜人族が戻ってきたが、その後ろに長老の姿はない。


「戻ってきたのは見ればわかるが、長老は如何した? お前は奴を呼びに行ったのではなかったのか」

「それが大変言い難い事ではありますが、長老は遅れて来るとの事です。早くても昼過ぎになるのではないかと思われますが」

「何を馬鹿な事を! アヤツはこの会談を何だと思っておるのだ。お前もお前だ、奴の首に縄を括ってでも引っ張ってこんか」

「いやいや、んな無茶な」


《マスター、少し宜しいでしょうか》

《ん? フィーか、如何したんだ?》

《昨日から少し考えていたのですが、この場に竜人族長老が居ないのは逆に都合が良いです。此処で少し気になっている事を調べてみたいと思います。その事に関してメレスベルに了解を得たいので申し訳ありませんが、同化と身体譲渡をして頂いても宜しいでしょうか?》

《何か考えがあるみたいだな。分かった同化しよう》

《ありがとうございます》


メレスベルが竜人族長老の事で今にもキレそうになっているところで急に風属性の魔力が会議場の中に吹き荒れる。


「か、風の精霊様!?」

「この場に来ない者を此れ以上待っていても仕方ありません。その者の話に因ればこの場に姿を現すのは早くても昼過ぎになるとの事。其処で少し調べたいことがありますので、貴方には協力して頂きたいのですが構わないでしょうか?」

「私に出来る事があるなら、何なりとお申し付けください」

「ありがとうございます。では早速ですがいきましょう。ミルメイユ達は此処に残ってラグルを待っていてください。場合によっては少し時間が掛かるかもしれませんが構わないでしょう。彼も同じことをしているのですから」


そう言って俺の身体と同化しているフィーは、メレスベルと御付の女性エルフと共に会議場の外へと足を進める。


「さてメレスベル、申し訳ありませんがバヌトゥが倒れた場所に私を案内してくれませんか? 私にはどうしても彼がそう簡単に襲われて命を落とすとは考えられないのです」

「私達も同じことを考えて色々と調べてみましたが、何も分かりませんでした」

「知っている範囲で良いので詳しい事を聞かせてください。バヌトゥの遺体は既に残されてないでしょうから、息を引き取られた場所だけ教えてください」

「分かりました。どうぞこちらへ」


そう言ってメレスベルは御付のエルフと共に世界樹を左手に見ながら、森の奥へと俺を連れてゆく。


《なぁフィー、さっき言ってた『ラグル』とか『バヌトゥ』って誰の事なんだ?》

《昨日、醜態を晒していた竜人族長老の名前がラグルです。因みに此れから詳しい死因を調べに行く先代の竜人族長老の名がバヌトゥと言います》

《死因って……確か、聞いた話に因れば狩りの途中で大型の魔物に襲われて亡くなったんじゃなかったのか?》

《確かにそう聞いておりますが、この聖域の中で他の誰よりも強いバヌトゥが空腹状態とはいえ、狩りの途中で魔物程度に襲われて命を落とすなど考えられないのです。ましてや鉄以上の硬さを持つ竜人族の身体を貫く事ができる、爪や牙を持つ魔物が居る事すら信じられないのですから。仮に本当に存在していたとして、なぜバヌトゥの遺体が残っていたのかも疑問ですし》

《どうして遺体が残っていた事が疑問なんだ?》

《バヌトゥを始めとする狩りの部隊は食料捕獲の為に魔物を狩りに行ってました。そして其れは魔物の方にも当てはまります。魔物が態々仕留めた獲物バヌトゥを食べもしないで其の場に残していくこと自体が不自然なのです。しかもその時点で亡くなってなかったとしても血を流しつつ瀕死の状態であるバヌトゥは周りから見ても絶好の獲物。どうして他の魔物は彼を襲おうとはしなかったのでしょうか》


言われてみれば確かに……例えるとすると海の中で血を流してしまった場合、血の匂いに誘われたサメなどの肉食魚が襲ってくる事が考えられる。


今の場合は血を流している者がバヌトゥで、血の匂いに誘われてくるのが魔物という事か。


《でも聖域の結界で森への魔物の侵入は防がれているんだろ? それなら血の匂いを漂わせていても、魔物は襲おうにも襲えないんじゃないか?》

《その事に今一番疑問を感じているんです。魔物に襲われた地点から命辛々逃げて来て聖域の結界の中で息絶えたのか、もしくは誰かが態々其処まで運んできたのか……》


「神子様、風の精霊様、お待たせいたしました」


そうこう考えているうちに、遺体発見現場に到着したようだ。

周りは深く生茂った森で何処がそうなのか、かなり分かり辛かったが、とある一角だけは草木が直径5mほどの範囲で楕円形状に押しつぶされていた。


「ラグルに急かされて連れてこられた回復魔法を使うことが出来る同族の者に聞いたところに因ると、丁度その辺りで獲物と見られるウルフ2体を手に持ったまま、首元にある深い傷跡から夥しい量の血を流して既に息を引き取っているバヌトゥ殿の御姿を見かけたそうです」

「その時、他に誰も居なかったのですか?」

「はい。その場にいたのはエルフの治療術士と、身体中を魔物の血とバヌトゥ殿の血で塗れさせて息を切らしているラグルの姿だけだったと聞いております」


どうして同じ竜人族長老でありながら呼び捨てか殿付けなのか後で聞いたところに因ると、先代の長老であるバヌトゥは人柄も良く、種族の垣根を越えて誰からも愛されていたという存在に対し、今の長老であるラグルは酒癖も悪く、種族も関係なしに誰からも嫌われているが、腕っぷしが強いためにバヌトゥ亡き後の長老第一候補として名が挙がっていたとの事らしい。


「なるほど。では誰もバヌトゥが息を引き取った直後の事は知らないと。しかし、この場にいる精霊たちは何か知っているかもしれませんね。此れから精霊たちに耳を傾けようと思いますので、何があっても騒いだりせずに静かにしてください」


《精霊の声?》

《この場には目には見えませんが、数多くの下級精霊達が集まって来てます。其処で私が瞑想しつつ彼等の声に耳を傾けたいと思います》

《その声って俺にも聞こえるのか?》

《残念ですが、人の身であるマスターには彼等の声を聞くことが出来ません。言い方は難しいのですが、彼等は音なき声で会話をしているので。私達中級精霊以上の存在なら人の声に似せて会話できるのですが。 ……では始めます》


俺の身体を使っているフィーはそう言うと、草が押しつぶされている地面に胡坐をするかのように腰を下ろすと両腕を天高く伸ばして目を瞑った。


身体の持ち主である俺からしてもフィーが何をしているのか、どのような声を聞いているのかは分からないが、次第に暑くもないのに身体中から夥しいほどの量の汗が噴き出したかと思うと、俺の身体から此れまでとは比較できないほどの怒気をはらんだ魔力が放出された。


「やはりそうでしたか……おのれ、小癪なまねを!」


身体から放出された高魔力は次第に落ち着いてきて直に消えてしまったのだが、直ぐ近くでまともに受けてしまった2人のエルフには影響が強かったようで目を限界まで見開いた状態で固まっていた。


《俺には森の精霊達の言葉が聞こえなかったから何があったか分からないんだけど、結局ことの次第は何だったんだ?》

《精霊たちの話では私が想像していた通り、狩りが終わって森に帰ってきた直後にバヌトゥの後ろからラグルが襲い掛かって殺害したんだそうです。其の時に言った言葉を精霊達が記憶していたんですが、なんでも『お前が死ねば俺が次の長老に成れる』と叫んでいたと》

《精霊達から聞いた言葉とは言っても、ラグルを断罪するのは難しいか……》

《いえ、このままには出来ません。何としても、多少無理矢理にでも罪を認めさせて償わせなければなりません》


その後、5分ほどして意識が戻った2人を連れて世界樹の根元にある会議場へと引き返すのだった。


竜人族長老という椅子に踏ん反り返っている犯罪者ラグルを、精霊の名のもとに断罪するために。



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