プロローグ 【前編】
大変長らくお待たせいたしました。
ゆっくりと執筆した『異世界を歩むもの』此処に投稿開始です。
活動報告にも書き記しましたが、今回は次の更新まで間が空くと思います。
自分の小説に慣れた方から見ると、『アレッ?』と思われるかもしれません。
プロローグ前編・後編に主人公は登場しません。
此処では如何にして主人公が異世界に渡る事になるのかを説明する話となっています。
此処は遙か空の彼方、古の神々が住むという天界の、とある執務室。
「という訳で世界の住人を一人、別の次元の世界に飛ばしてくれぃ」
髭が異様に長い老人が両足の間に杖を置いてソファーに座り、背中に羽根の生えた男に話しかけている。
「ゼウス様、何が『という訳』なのか知りませんが、一番最初から説明してもらわないと何の事を言っているのか分かりませんよ? 見た目的には呆け老人の戯言にしか聞こえませんから」
天使も『また何時もの事か』と言わんばかりに眉間に皺を寄せ、腕組みをしながら蔑むような目線で目の前の老人を睨みつけている。
「ミカエルよ、相変わらずオヌシは口が悪いのぉ。まぁ直訳するとこうじゃ、先日多次元の神達との会合があったことは知っておろう?」
「ええ、会合とは名ばかりの糞爺、糞婆達の宴会ですね」
ミカエルと呼ばれた男は先程よりも更に眉間の皺を深くして、ゼウスと呼んだ老人を睨みつけて暴言を吐いている。
「…………本人達が聞いたら泣くぞ。え~ゴホン、その会合で行なった余興のゲームで儂の管理する世界から、別の神が管理する世界に暇つぶしがてら人間を送り込む事になっての」
老人は一息で纏めて話した所為で息が切れたのか目の前の卓袱台に置かれている湯呑を手に取り、熱い茶を啜っている。
「神様が『暇つぶし』とはなんですか! 人一人の人生を狂わすのですよ!?」
ミカエルはとうとう怒りの限界に達したのか『ブチィ!』と言う血管が切れるような音が聞えそうなほどに表情を曇らせ、目の前の卓袱台を強打する。
置かれていた湯呑はゼウスが手に持っているため零れはしなかったが、卓袱台の方は綺麗に真っ二つに両断されていた。
「神々の下らない余興のために、何の罪もない者を茨の道に落とそうとは…………」
「ええい、もう既に決まった事じゃ 命令じゃ、是が非でも対象者を見つけ世界渡りの準備をせい!」
「強引ですね、分かりました命令なら仕方ありません。ですが、貴方様には人一人の人生を狂わせる代償として其れ相応の罰を受けていただきますよ?」
「ほう? 天界最高位という立場にいる儂に一体何をさせる気じゃ?」
「そうですねぇ。例えば、これなんて如何でしょうか」
ミカエルが部屋の入口付近で待機している他の天使に眼で合図すると、5mはあろうかという、天井スレスレに高く積みあがった書類を手にした天使たちが一斉に部屋へと雪崩れ込んできた。
その量は余裕でバスケットボールが出来るほどの広さを持つ、神の執務室の9割を埋め尽くすほどの書類の山だった。
「こ、これは何じゃ!?」
「貴方様が此れまでの数万、数億年もの間、色々な理由をつけてサボっておられた書類仕事の山です。此れのゆうに100倍はありますので覚悟してください。終わるまで部屋から一歩も外出も許しませんので、そのつもりで」
「ミカエル、オヌシは儂に過労死せよと言っておるのか? このような量、常識的に考えても1、2ヶ月で終る筈がなかろう。さらに此れの100倍はあるだと?」
「貴方様が1日1日の仕事をコツコツコツコツ、サボらずに行なっていれば此れほどの量にはならなかったのですよ? ゼウス様の執務怠慢がそもそもの原因なのです」
「止めじゃ止めじゃ! このような事をしていれば我が愛しのレトに逢えぬではないか」
そう言いながらゼウス神は書類で埋め尽くされた執務室から強引に抜け出そうとするが。
「言ったはずですよ? 此れはゼウス様に課せられた罰だと」
ミカエルはそう言いながらソファーから立ち上がったゼウス神を強引に巨大な机と対になっている、巨大な椅子に座らせ、近くに積まれている書類を1mほど机に載せた。
「儂を殺す気か?」
「貴方様は不老不死でしょうに。殺せるものなら、とっくの昔に惨殺していますよ」
「言うに事欠いて何たることを…………」
「其れと言い忘れておりましたがレト様は先程、アルテミス様とアポロ様を伴って天界一周の旅に出かけられましたので、直ぐにはお逢いする事はできませんよ?」
「『天界一周の旅』じゃと!? ワシはそのような事、一言も聞いてはおらぬぞ」
「それは当然です。私がゼウス様のお耳に入れませんでしたから」
「何故じゃ!」
「理由は決まっているでしょう? 執務をほったらかして毎晩のように他の神々達との宴会、女神や天使たちが断れないのを良い事にセクハラ紛いをした結果が目の前の書類の山です」
「それとこれとは話が別じゃ! レトとの久々の旅行が」
「レト様には『ゼウス様は書類整理で忙しいため手が離せない』と言っておきましたので、心配なさらずに仕事に励んでください。それと一応言っておきますが、許可なしに執務室から一歩でも外に出た場合は逃亡と見做して書類の量を1回の逃亡につき、倍に増やしますので其のおつもりで、では頑張ってください」
ミカエルはゼウス神に其れだけを言うと執務室から退出しようとする。
「ミカエル、オヌシは何処に行くつもりじゃ?」
「ゼウス様、本当に呆けられたのですか? 先程のお話にあった、世界を渡らせる人間を選考しに行くのですよ。 お酒の席での戯言とはいえ、他の神々との約定を違える訳には行きませんからね」
ミカエルはそう言いながら執務室の扉に手を掛け、完全に部屋の外へと身を出した。
「嗚呼は言ったが、具体的には如何したら良い物か。人を一人を別の世界に飛ばすなど簡単な事ではないからな」
ミカエルは鷲のような羽根を身体の前で折り曲げ、腕を組んで執務室の前で『あ~でもない、こ~でもない』とブツブツ言いながら唸っている。
「あら? ミカエル様如何なさったのですか、このようなところで」
丁度其処に通りかかったのは、ミカエルと同じ様な羽根を持つ女性の天使だった。
「ああ、ガブリエルか。なぁに何時ものように呆け老人から無理難題を押し付けられただけだ。仕返しに書類地獄を味わってもらっているがね」
「書類地獄ですか? でもあれは既にミカエル様が代筆して…………」
「ああ、呆け老人の為の罰だからな。書いても書かなくても特に困ることはない」
「何時もの事とはいえミカエル様も大変ですね。それで? 今回はどんな無理難題を言い渡されたのですか?」
「何でも先の宴会の席で決まった『現世の人間を一人、別の世界に暇つぶしがてら送れ』との事だ」
「確かに極めて困難なことですね」
「そうなんだ。何か良い案はないだろうか?」
「う~~~ん、そうですねぇ丸投げする訳ではありませんが、私達よりも下界の事を知り尽くしている冥界案内人に託すのは如何でしょうか? タイミング良く、ロキ様の娘であるヘル殿が報告で天界に来ておりますから。それに私達天使が現世の人間に姿を見られるわけには行きませんし」
「それだ! よし、ヘルを俺の執務室に呼び出してくれ。おっと理由は控えてな」
「分かりました」
ガブリエルはそう言いながらミカエルに対して頭を下げると、翼を広げて通路の奥へと飛び立っていった。
一方その頃、死神たちの執務室では。
「ねえぺルちゃん、聞いてよ。この前天国に案内した御爺ちゃんなんて、肉体もないのに私のことを厭らしそうな眼で凝視するんだよ?」
真っ黒なワンピースを着込んだ見た目が少女な死神は報告書と睨めっこしながら、すぐ隣の席で優雅そうにお茶を飲んでいる落ち着いた雰囲気の女性に話しかけている。
「それはまた災難でしたね。仕事として割り切ってしまえば如何って事ないんでしょうけど、ヘルちゃんは可愛らしいですからね」
「なんか、ペルちゃんにそう言われると自信なくなる」
「そんな事ありませんよ~~~私が男の子だったら確実に襲っちゃうかも?」
『ペル』と呼ばれた女性がふざけて、舌なめずりをしながら手を伸ばしかけた丁度その時、部屋の扉が開いた。
「失礼します。此処にヘルさんはいらっしゃいますでしょうか?」
「ガ、ガブリエル様!? ヘルがまた何か粗相をしたのでしょうか?」
「死神長、またって何ですか、またって」
「あらあらヘルちゃん、また何か仕出かしたんですか?」
「ペルちゃんまで、そんな事言うの?」
死神長と呼ばれた初老の男性に続いて、同僚のペルセポネーにも言われ、ヘルは撃沈した。
「早とちりしないでください。今回伺ったのはミカエル様がヘルさんに用があるとの事でしたので呼びにきただけですから」
上位の天使であるガブリエルが名指しで呼ぶだけでも驚きなのに、神に次いで最上位天使であるミカエルが自分に用があると聞かされ、さっきとは比べ物にならないくらい、ヘルの表情が固まっていた。
「何か用事がなければ、私と共に来ていただきたいのですが構いませんか?」
「…………分かりました」
そうしてガブリエルとともに死刑執行台に登るかのような表情をしたヘルが死神執務室を退出する。
ヘルが退出した後の部屋の中では。
「ヘルちゃん、此処に戻って来られるでしょうかね?」
「今回ばかりはなんとも言えんな。ガブリエル様ならまだしも、用があるのがミカエル様だからな」
「最悪のことを考えてヘルちゃんの机を整理しておきますわ」
「頼む」
実際には想像している様な事はないのだが、今まさにガブリエルと歩いているヘルも他の死神たちも『戻ってこられない』と思うしかなかった。
因みに結局執務室から脱走したゼウス神はすぐさま、他の天使達にあっけなく捕縛されて書類を増やされ、のた打ち回っていた。