雨は酩酊する。
誤認した歌姫の突発的な演技はよかった。
5月葡萄酒日、天気雨。風は猛々たるものなり。
じめじめする。
鬼哭啾啾の庭。
牽強付会な花束。
「うーん、気持ち悪いなあ」
僕はこんな青白い雨が降る日が苦手だ。
電波も膨大な量が卑金属に降り注ぐのだ。
混淆した平仄が食卓に出る。
これがまたびっくりするほどまずいのだ。
トコトコ、トトト、
「なーに更けているの」君がしゃべる。
埋没した精神では如何せん悲しい。
けれど華奢な君がいてくれれば元気百倍さ。
しつこいけれど、僕は君のことが好きなんだ。
すべてを愛しているんだよ。
「今日は外出しないよ」
「あら、今日は家に閉じこもるの?」
「うん。雨が降っているからね。まるで黒魔術のような雨だもの。呪われそうさ」
「そうかしら……」
「でも――これで君と一緒にいられるね」
「ばか」
君の頬が赤く染まる。
かわいい奴め。
僕は即物的にその脱け殻を食べる。君の感情の脱け殻。故郷の味がする。母の味だ。先日詣でた墓参りが思い出される。ゾンビーとレクイエムを昏倒で炒めたような味。瘴気に包まれた酸素の中で、食べるこの味がおいしいんだよなあ。
「ねえトランプでもしない?」
君のリポジトリが瀰漫する。
十三次元の笑窪がかわいい。まあ、どこの部分でも霧のように白くて奇麗なんだけど。
「暇だし、しようか」
「うん!」
なんて幸福そうな笑顔なんだ!
ますます君を好きになってしまうじゃないか。
――――――
僕がカードを混ぜる。そして一枚ずつ配る。手札は7枚。
おや、なんてことだ。
手札が全てジョーカーだけだ。
こんなこと初めてだぞ?
でもいかさまにしてはあまりにも端正すぎる。
でも、僕がカードを繰んだから、君の罠ではないようだ。
無作為抽出における5%の算術誤差かもな。
僕がこの矛盾をを言う前に、
「私から出すわよ」
と君は柔らかな鼻の線をきらめかせて一枚の「尖塔」を提出した。
それは炎帝の司る新橋色のカードだった。
僕はそれに対して「遡航した」ジョーカーを出す。
「ふふ」彼女は余裕の笑みを浮かべる。
結果はわかっていた。というかこの手札の時点で……ねえ。
「負けたよ、僕の負けだ」
そりゃあ、そうよね、と言って手札のカードを見せる。
「修道士」「アンニュイ」「解剖」「鎧袖一触」
みんな強いカードばかりじゃないか。
「ふふ」君は笑む。
神から庇護されたこの家は、そんな颶風には負けない。
だって君と僕の家だもの。そんな暴力じみた暴力でこの愛の城は崩れないさ。
僕たちはトランプを止め、陽炎が昇る部屋で、
ポチッ、と
テレヴィを付けた。
その映像では、襤褸を着る落伍者が自然に擬態していた。
「趣味じゃないわ」
「う~ん」
コロコロとチャンネルを変える。
でも、僕は、「興味深い番組はないな」といってリモコンの赤いボタンを押す。
ぷつん。
テレヴィは完全に沈黙した。
「何しようか?」
君は言う。僕の胸は妖しく鼓動した。
「……」あえて返事をしない。君への――を――するためだ。
そして、僕はいつもの蛍光ペンを取り出す。脳に直接、詩歌を書く。
「産業廃棄物は君への恋文……う~ん」
「詩を書いているの? いい詩じゃない」
「それほどでもないよ」
謙遜する。赤ら顔で――君に褒められるなんてそれほどないからね。
「贋物の城は君を包む……ってどうかな?」
君が提案する。いいじゃないか。
「おどろおどろしいキップルは喋喋喃喃」続けて君は言う。
「砂糖菓子はガラス細工」僕は負けない。
「面会謝絶は機械仕掛けのごとく」
「タイムマシンはただ爆ぜた。運命を殺すように」
ふう。
「……いい詩だね。これもアップロードするの?」
君は首をかしげて訊いた。
僕はいつもあるサイトに詩を投稿している。「無題詩」という名で。それは昏き土壌のように単なるアウトサイダーなのかもしれない。自慰行為かもしれない。けれど、僕は――投稿し続けるだろう。――君の次に大切な趣味なんだから。
「ううん。これは僕だけのアルバムに挟むんだよ」
僕はやさしい嘘を吐いた。
「そうなの? いい詩なんだけどなあ」
ごめんよ。その日になったらわかるよ。君にあげるんだから。楽しみにしといてくれないか。
僕の意図に反して――いや、賢い君はわかっていたんだと思う。
君は偽善じゃなくて本当に賢い。僕は到底及ばないな。
「もうすぐで私の誕生日よ。何くれるのかしら」
と、彼女は僕に聞かせるように呟いた。
僕のもくろみはとっくに理解できていたんだろうな。
「楽しみにしといてよ。きっと喜ぶものさ」
「うん!」
君へこの詩を捧げる。……これが君へのプレゼント、だなんて今言えないな。君はわかっているだろうけど。
君はわら束のようにしんみりした。
「私もあなたが好きだもの。信用しているわ」
……僕の顔がアプリコットのような色に変わるのが実感できた。
――――――
相変わらず、雨はピチャピチャと降り続けている。
けれど、僕はそれを黒魔術ではなく、――そう白魔術のように認識していた。
どうしてだって?
言わなくなってわかるでしょ?
君――五十嵐坂祈りのおかげさ。
僕の大切な恋人。うん。僕は君を愛し続ける。
君は言う。
「ねえ」「うん」
わかっているさ。ね。
そのあと、僕は君と雨を楽しんだ。