僕は輪廻する。
生きとし生ける物を泥水に浸したらおいしいかもね。
僕は歩く。
僕は歩き続ける。
5000匹の宇宙を連れて。
個々のビッグバンはエネルギー過多である。
だが、その色彩はスペクトルを超え、只の共感覚へ至る。
僕は歩く。どこに向かっているんだろう?
わからない。まるで思春期のこころみたいだ。
道路――花道か餓鬼道かはわからない。けど僕は歩く。
僕は肩から腰へ一つの四次元カバンを提げている。
黄色くて球形のソレ。
その中には21世紀に流行した脳溢血のアイコンが入っている。
毒蛾の鱗粉のようなコンピュータアプリ。
「そんな旧式捨てなさい」と恋人は言うけれど、
このファイルは僕の宝なのだ。恋人――君のいうことなんて聞くもんか。
空気中から汲み取られた炭素は珪素生物となって、
このソフトを動かすのだ。僕はこれが好きなんだ。
僕は歩く。
僕は歩き続ける。
グラッ、
ドボン。
道中にあった次元の捩れに躓いてしまった。
僕の身体は大きくよろけ、
その隘路の側溝に足をインサートしてしまう。
「いけね」
ひとりごちてしまった。あまりにもひどい様だ。
笑える。けど笑えない。
機械仕掛けのヘドロからなかなか抜け出せない。
膝まで「喰われた」僕は一所懸命もがくのだけれど、
諧謔曲のような粘着性の水は僕を離さない。
シュールな状態を右目のモノクルで眺める。
シュシュッ、シュシュッ。
何かいるようだ――そこには
テトラ生命体がいた。テトラポッドに似た形状。
大きな口を開けている。鋭い牙が生えている。
僕は食べられるのだろうか。
と思うや否や、
ガブリ、ムシャムシャ、
僕は食べられたのだった。
……。
…………。
僕は起床した。覚醒した
夢だった。
今までの経験は夢幻だったのだ。
けれど嫌悪感はなかった。特殊な飢餓のよう。
悪夢ではなく、なかなか充実していた夢だった。
お。
――ここは僕と君の家。それは僕が一番わかっている。
和室のリビング。たぶん昭和前期から変わらない風景。
時計を見ると、午後三時。柔らかい日光でまどろんでいたんだ。
う~ん、気持ち悪い。よだれかな? 顔に何かついてるや。
まずは、顔を洗おう。
廊下をわたって、僕は洗面台にくる。
蛇口をひねる。水が出た。タライに入れて、
水を顔に当て、口を動かす。
爽快感が口腔に広がった。
それは日輪か月輪か。
ふふ。
にやける。にやけた。
君の顔を思い出す。これは現実だろうね、きっと。
「……」
でも――
デジャヴ。なにかいる。
「あ」
水の中に蠍がいた。
死霊のようなその姿。
針が裁縫針ではなくマチ針だった。
ジャボン。ドン。ピキン。
僕はそいつに刺される。
不思議と痛みはない。毒気が僕を巡る。
まるで惑星の地熱のように、
マグマの蠢動のように。
それは僕の血液を媒体として、
空々漠々とビタミンを壊疽していく。
……。
…………。
僕は歩く。
僕は歩き続ける。
僕は心臓へ向かい、大動脈へ向かい……。
蠍に刺された僕の中で、
僕は歩く。
歩き続ける。
僕の中で僕がいる。
そうか、ここは夢でありながら、僕の体の中なんだ。
メビウスの輪、クラインの壺。多次元宇宙。
ふ~ん。なるほどね。
そのエピゴーネンを内包しながら僕は歩き続ける。
歩く。ただ歩く。明晰夢と知りながら、僕は歩く。僕の体内を。
あれ、やっぱり夢だなあ。
再確認した。確乎たる保証がある。
さっき認知した君の――恋人の顔を忘れている。
そう、夢だから。これは夢だから。
君、五十嵐坂祈りの顔を忘れたんだ。
だって、
ねえ、
現実じゃそんなことはないんだから。
絶対忘れはしない。
僕たちは恋人だから。
僕は君を愛しているんだから。
好きなんだから。