第5話 ペリドット
文化祭の余韻も薄れはじめ、僕たちは非日常から日常へと戻りつつあった。
僕にとっては日常の一部になっていた上田さんとのメールも、いつの間にか途絶えていた。
どちらからともなく連絡をしなくなり、すれ違っても挨拶を交わすこともない。
胸の奥に、薄いモヤがかかったような日々が続いた。
そんな時間が2〜3週間ほど過ぎ、テスト週間がやってくる。
これはチャンスだと思い、僕は上田さんにメールを送った。
いつもより時間を置いて返信が届く。
勇気を出して「一緒に勉強しよう」と誘ってみた。
「私で良いの?」
そんな意味深な返事が返ってくる。
僕は即答した。
嬉しさのあまり足をバタバタさせていたら、母親にうるさいと怒られた。
次の日の放課後、学校から少し離れた公園で待ち合わせをした。
誰にも絡まれないように早めに学校を出て、公園のベンチに腰を下ろす。
幼稚園にも通っていないだろう小さな子どもを連れた母親たちが数人いて、僕はぼんやりと遊ぶ子どもたちを眺めていた。
小さな子が「ひとりで滑る」と言い出したようで、母親が少し緊張した顔で見守っている。
僕も息をのんで見守った。
無事に滑り終えたのを確認して、ようやく深呼吸をする。
そのまま背もたれに深く座り直した瞬間、隣に彼女がいることに気づいた。
驚いて変な声が出てしまい、公園の母親たちがこちらを見る。
恥ずかしくて、思わず「いつからいたのですか」と変な敬語で話しかけてしまった。
文化祭の勢いも消え、意識し始めると急に緊張してしまう。
滑り台に集中している間に来ていたらしく、僕が気づくまで待っていたようだった。
顔から火が出そうで、早く声をかけてほしかったと心の中で何度も思った。
勉強するという名目なので、勉強が許されているファミレスへ向かう。
ポテトとドリンクバーを頼み、教科書を開いた。
まずは提出用の数学のワークに取りかかる。
……集中できない。
目の前に上田さんがいるのだから当然だ。
僕がワークを閉じると、上田さんもすでに閉じていた。
もう終わったのかと思ったところで、彼女が口を開く。
「文化祭、楽しかったね」
「そうだね」
ぶっきらぼうに返してしまう。
楽しかったのは本当なのに、うまく反応できない。
「先輩たち、カップルで回ってる人多かったね」
何も考えずに口にしてしまった。
間髪入れずに「僕もそんな文化祭を楽しみたかった」と続けてしまい、すぐに後悔する。
「いないの、彼女」
上田さんが聞いてくる。
「いないよ。いるわけない」
強めに答えてしまったあと、
「そうなんだ」と少し嬉しそうに言った気がした。
それからの上田さんは、どこか笑顔が多くなったように感じた。
その笑顔を思い出すたびに、嬉しさと恥ずかしさで悶えた。
その日以外に一緒に勉強することはなかった。
けれど、勉強会の夜に上田さんから他愛もないメールが届いた。
それがとても嬉しかった。
テストが終われば夏休み。
だけど、夏休みに二人で何かがあったわけではない。
高校一年生の夏なんて、そんなものだ。
お互い部活を頑張りながら、メールだけは続いていた。
そして、二学期が来る。




