第14話 無音詠唱
「あれがこのゲームで一番レベルの低いボスだよ」
芽衣が連れてきたのは海辺だった。
そしてその波打ち際に居るのは、巨大なイカ型の魔物である。
距離があるので正確ではないが、俺の目測だと体高7から8メートルぐらいだな。
かなりでかい。
「名前はイカさんね。イカさん」
「イカさん?ボスとしてはあれな名前だな」
見た目まんまにさん付けの名前って……名付け適当過ぎだろ。
「名前は可愛らしいけど、ものすっごく強いんだよ。攻撃方法は、遠距離で放射状の範囲攻撃の墨飛ばしに。いっぱいある脚での近距離攻撃。それと……頭が開いて、そこから小型のイカ型爆弾を広範囲にばら撒く無差別範囲攻撃。この三つだね」
「詳しいな」
「レベル20の時に、お祭り的な討伐に参加したからね」
「へぇ。て事は、あのボスのレベルは20か」
「ううん。10だよ」
「それだと経験値もドロップも……ってああ、だからお祭り的なのか」
「そういう事。因みにその時は70人だったかな。大半がレベル20以上だったけど、それでも20分ぐらい倒すのに時間がかかったよ。あの多足での攻撃と、範囲爆弾のせいで近接系は中々近づけなくてさ。遠距離組は遠距離組はで、墨を受けて視力ダウンのデバフ喰らっちゃうから攻撃ハズレまくり」
「ひたすら面倒くさかったって訳か」
「うん。でも楽しかったよ。死んでも低レベルだとペナルティは大した事ないしね」
芽衣は純粋にこのゲームを楽しんでいるようだ。
まあ本来あるべき姿だな。
目的のため、ひたすらレベルを上げる事しか考えてない俺の方がおかしいだけである。
「まあいい。取り敢えず戦うか」
「本当に戦うの?」
「死んでもペナルティは大した事はないしな」
まあ負ける気はないが。
人の100倍の経験値など、チマチマ稼いでいられない。
ボスを倒して一気にレベル上げさせてもらう。
「とりあえず、遠距離の魔法攻撃からするか」
「あれ?魔法なんて覚えてたっけ?」
芽衣が首を捻った。
そういや、こいつにはステータスを一度見せてたんだったな。
レベル1の勇者は魔法を覚えていない訳だが……そこはまあ、強引に誤魔化せばいいだろう。
「見落としたんだろ」
「ええ……ちゃんと見たつもりなんだけどなぁ」
今度からは、他人にステータスは開示しない方がよさそうだ。
「じゃあ見てろ。使えば芽衣も納得できるだろ」
「はーい」
俺は無音で素早く魔法を唱える。
頭に強烈な痛みが走るが、それを我慢して。
因みに、無詠唱なんて技術は異世界には無かった。
なので俺が学べたのは、無音詠唱だけである。
魔法の詠唱は、相手に知識がある場合、どの魔法を使うかバレバレになってしまうリスクがある。
だから口の中で――口の動きで察せられない様に。
かつ、詠唱として認められる最小の音量で――魔物は耳が良いので、音量が大きいとばれてしまう――魔法を唱える事で、相手への魔法バレを防ぐ技術。
その技術を無音詠唱という。
「おお、一瞬だ。詠唱速いね」
俺が掌の上に生み出した雷の球を見て、芽衣が感心する。
「まあ低レベル魔法だからな」
このゲームの魔法は、詠唱ゲージが溜まると発射するタイプだ――ゲージは他人には見えないそうだ。
ゲージのチャージで、詠唱を表現しているのだろうと思われる。
俺が魔法を使う際に無音詠唱にしたのは、唱えるタイプの詠唱がないためだ。
もし詠唱の無いこのゲームで魔法の詠唱なんて堂々としたら、厨二病だって芽衣に勘違いされてしまう。
しかし……威力は相当落ちてるな。
使った魔法はライトニングエクスプロージョン。
球体の雷の塊を生み出し相手にぶつける中位魔法だ。
本来の俺の魔力で生み出したこの魔法は、両手を広げても抱えきれないほどのサイズになるのだが、俺の掌で生み出されたのは野球のボールサイズでしかない。
糞小さい上に、球体から感じる魔力も微々たるものなので、威力もそれ相応だと思われる。
ステータスとしての魔力が制限されているせいだろうな。
要は、発動の為の魔力が足りていないのだ。
この感じだと、ログアウトした際に張った結界も相当弱体化してそうだな。
ライトニングの様にサイズ差が出る魔法じゃないから、見落としていた可能性が高い。
ただ不思議なのは、ゲームステータス上のMPが減っていない事だ。
まあペナルティを越えてひねり出した魔法だからと、そう考えておく事にする。
「とりあえず……始めるか」
俺はライトニングエクスプロージョンを、イカさんへと放つ。
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