猫人族ミャオは、五億円の宝くじに当たったのだが――……
「当たった、当たった、当たってるにゃ!」
猫人族のごわごわの黒い毛をした青年ミャオは、いつもの早朝に、新聞の宝くじの一面を見て歓喜した。
ここは猫人族の暮らす国の中でも、治安の悪い地区にある市営団地の一室。マタタビ強盗やチュール窃盗がはびこる場所。あまり叫びすぎると強盗に押し入られるかもしれないと、ミャオはその喜びをすこし抑え込んだ。
だが、マタタビを収穫する農場のいち農奴(奴隷以上、市民未満)にすぎなかったミャオにとって、五億円というのはあまりにも大金だった。
「で、でも、これで――」
あの憧れだった白猫のミィちゃんを迎いに行ける。
白猫のミィ。それはこの街でも一番の美猫と噂される子で、ミャオの幼馴染でもあった。しかし、一生に一度しか受けることのできない試験『チュール選別資格試験』に落ちたことをきっかけに、白猫ミィちゃんとは疎遠になってしまい、それ以降というものミャオが彼女と会うことはなかった。
――今ならあの子を迎いに行ける。あの子とよりを戻すチャンスにゃ!
そう決意したミャオはすぐさま新聞を埃まみれのソファーにぶん投げ、持っていた宝くじのチケットを懐に押し込み、換金所である銀行へと向かった。道中、強盗に奪われないか心配でいつも以上にスリにも気をつけていたが、幸いにもミャオが襲われることもなく、銀行の窓口での手続きによってすぐに自分の口座に五億円が振り込まれることとなった。
五億円。
これはマタタビの成る樹を七十万本伐採しても、まだ、すこし足りない金額である。また、七歳のミャオにとって、残りの寿命十三年を費やしても到底届くはずのない金額でもあった。
そのため、ミャオは埃まみれのソファーで銀行通帳を眺めながら――どこの高級キャットタワーマンションに引っ越そうかなどと考えながら――しきりに口角をにやにやを上げるのだった。
白猫ミィちゃんを迎えにいくためにも、最低限のステイタスを持っていなければそっぽを向かれてしまう――かもしれない。そんな考えが頭の中で巡り巡って、高級外車のカタログを片っ端から取り寄せはじめたころ、ふいにインターホンが鳴った。
ピン、ポーン。
ぎょっとしたミャオが部屋の中で硬直するなか、もう一度インターホンが鳴らされ、静かな部屋の中で音が間延びする。
「にゃ、にゃんだ。誰が……」
ミャオに友達はいない。
だからこそインターホンを鳴らした相手に思いあたる節がなく、動揺したのだ。ミャオは忍び足でそっとパネルの前まで行くと、そこにはびしりと青いスーツに身を包んだ猫が立っていた。
ミャオは戸惑いながらも通話ボタンを押すと、それに気づいたらしい青スーツ猫がぱっとカメラの向こうにいるはずのミャオへと向ける。ホラーゲームさながらの見つかったときのような動作に、ミャオの心臓は思わず止まりそうになった。
『ああ、こんにちはー。国民番号『9918342』のミャオさんのお宅で間違いないでしょうかー』
「そ、そうにゃ……」
『国税庁ですー。所得税の予定納入の件でお伺いしましたー』
「……え、こくぜい……にゃ……?」
愕然とする。
国税庁。それはいち労働者であり雇われの契約社員の農奴だったミャオにとって馴染みのない存在だった。所得税や社会保険料などはすべて農場主側で給料から差し引かれるものだったからだ。
「にゃ、にゃんで……」
『宝くじに当選されたということで、その所得税の申告を本年度末までに行っていただかなければ脱税という扱いになってしまうんですよー。どうかご理解、ご協力のほど――』
「う、うそにゃ! 宝くじには税金がかからにゃい! さてはお前、ギャングのものだろう! 吾輩の金を狙って強盗しにきたのだな!」
『いえ、違いますー。我々は高額納税者になる予定の方に事前にお話をさせていただいておりましてー。というのも昨年度から新たな法案が可決されて、宝くじの高額当選金にも税金がかかるようになったんですよー』
さっとミャオの顔から血の気が引く。
「い、いくら持っていかれるのにゃ……」
『ええと、そうですねー。ざっと三億円ほどとなります――』
三億円。
それは猫人族の小さな心臓が耐えるには、あまりにも大きな『告白』だった。
「んぎいいい! 嘘にゃ嘘にゃ、嘘にゃあああああ――!」
『あ、ちょっと――』
ミャオは『バン――』と通話ボタンを殴り、一方的に通話を終わらせた。そして発狂しながらも内心では、どうせ本物の税務職員じゃないと高をくくった。
***
それから一年が経った。
ミャオは冬の雪が降るなか、金メッキで塗装された屋根のないニャンボルギーニで車中泊をしていた。五千万を費やして買った車だが寒さを和らげることはなく、シートの上にも無情に雪は積もっていく。
「ちょっと何あれー」
「見ちゃダメだって、にゃはは」
通行人からの嘲笑にさらされ、ミャオはぐすりと涙をのんだ。
結論から言うと、ミィちゃんへの告白は成功しなかった。
というのもすでに彼女はゴールドマン・ニャックスに勤める強者オス猫と結婚しており、幼馴染と成金というステイタスしか持てなかったミャオに勝ち目など最初からないのであった。
しかし、狂ったようにステイタスを欲し、不動産投資詐欺などに引っかかった結果、黒猫ミャオの手元に残ったのは身の丈に合わない高級外車と、美容整形に費やしたもふもふの毛並みと、実在しない物件の負債と、来たる税金の支払いのみであった。
「にゃ、にゃぜだ……。にゃぜ吾輩はいつもこうなるのだ――!」
ミャオはおんおんと泣いたが、それを聞く猫はもはやいないのであった。
泡銭、一時の稼ぎで目を眩まされることなかれ。
この猫の国においても、税金というのは非情なものであった。
(おわり)




