【7面】御魔の手下 其の二
(あぁ〜、楽しかったぁ…)
豆のできた右手のひらを見ながら、結人は嬉しそうに布団に寝転がる。辺りは昼寝だからか静まり返っていた。
(…にしても、幼稚園で昼寝なんてあるんだ。ま、神羅っていう創造主が、保育園出身だったのかもだけど)
すると全身が心地よい眠気に包まれる。久しぶりにストレスを解消できたからかもしれない。
「…今日はよく眠れそうだなぁあ」
可愛らしい声でそう言った。心地よくなると、つい本性が出てしまう。
布団へ入ろうとした時だった。
「…あ?」
隣の布団が光を灯していることに気づいた。布団越しに誰かが何かをしている、と分かる。
「…色葉ちゃん」
音を魔力にすることができる結人は、透視魔法でそれとなく覗いてみる。
色葉は布団の中で絵を描いていた。四季山にバレるかもしれないのに、色鉛筆を動かすことに熱中していた。この世界は寝ている間、寝るほどに体力や知力が伸びるのだが、それを犠牲にしても絵を描いている。
(よっぽど絵を描くことが好きなんだなあ…)
一方の凛紗希は寝息を立てて寝ていた――。
翌日。
「今日も道場なんだ。今日は太鼓じゃないんだよね?」
「うん。あ、昨日もカッコよかったよ」
「そ、それはありがとぉ」
やはり色葉は結人に付きっきりだ。どうやら絵魔法で負かされたことが、余程効いたらしい。それでも他の危ない連中に目をつけられるよりは幾分かマシだ。
「その表情、お前女でも目指してんの?」
しかし暗雲は突然に。目の前の男の子に話し掛けられてしまった。
「てか、結人だっけ?唯臣をやったんだよな?」
「ああー、唯臣くんね」
「あんま目立たない方がいいぜ。御魔に狙われちまうぞ」
「御魔?」
結人がつい眉をひそめる。
「御魔は怖いぞ。力で支配した直下の手下が4人」
「4人?」
「ああ。全員が魔法使えるし、凛紗希ちゃんみたいに強いし」
「こ、怖いね」
(なんか怖いなあ、この幼稚園…)
魔法世界だからこそ恐ろしいのだ。
「いくらアンタでも、敵うわけないな」
すると色葉が頰を膨らませる。
「凛紗希ちゃん圧倒したんだから、絶対に勝てるよ!」
「どうだろうな。年少から優秀な奴らばかりだからな」
そんな厳しい姿勢を崩さない彼へ、結人は質問を重ねる。
「北宮くんは強いの?」
「ああ。御魔直下の剣士四天王か。ひとり倒せるだけでも凄いが、彼は四天王の中でも最弱」
「漫画によくある展開だね…」
北宮の技術は相当なもののはずなのに、あれ以上の剣士があと3人もいるのだろうか?
「ま、今日は空手だから頑張ろうな」
「か、空手!?小学校以来やった事ないよ。剣道もだけど…」
「小学校?」
「あ、いや…」
彼には気づかれそうだったが、結人は何とか誤魔化すことができた。
今日は空手だった。型だけでなく、剣道や和太鼓同様に礼儀作法なども教わった。
「それでは組手をします!体格が同じ子と組んでください!」
外部指導の柳木英寿の指示で、空手服を身にした園児は動き出す。
「…えっとぉ、今日はぁ」
「結人。こちらへ来い。やるぞ」
しかし今日も今日とて誘われた。その正体は先ほどの男の子だった。
「結人、空手の経験はないか?」
「えっ…と、ないかなぁ」
(過去に小学生でやってたけど…)
名が結愛だった頃、実はストーカー対策の為に空手をやっていた。幼少期から結愛の容姿は、暴力さえも癒すほどの可愛らしい美女だった。故に周りの大人からも色眼鏡で見られてきている。そして小学4年生の時に悪い大人に襲われてから、彼女は武術を一定身に付けた。それでも誰かに見せびらかすことは無い。
結人は小さく構える。わざと初心者らしく佇んだ。理由は相手の気を逸らすため。
「…いくぞ」
次の瞬間、怪鳥の如く彼が飛び出した。
「…速い」
風を切り裂く拳。しかし結人は足を前に出し、彼の膝を蹴りつける。
「…!?」
「よッ!」
彼はつい足に注意が行く。感覚に敏感な子供なら尚更だ。刹那、結人は肘打ちを飛ばす。容赦ない攻撃は彼を突き飛ばしたのだった。床へと転がるも、彼はすぐに立ち上がる。
「冷静な対処。やはり只者じゃないのか」
「バレちゃったかぁ」
すると彼は飛び蹴りを放つ。その蹴りには熱が籠もっていた。
(当たったら火傷するかな…)
「はッ!」
何とか避ける。床へ着地した直後、単純な正拳突きを放つ。
「…まずっ!」
彼が避けようとした時だった。
「!?」
目の前で結人の拳が押し戻される。なぜなら、それはフェイクだったからだ。
「小さい子って、目の前の攻撃に敏感なんだって」
次の瞬間、本命の右足が彼の胸元を吹き飛ばした。
「ぐおぉお!」
(強い!本当に園児か!?)
「よし!」
その時、組手終了のホイッスルが鳴る。結人は空手使いさえも倒してみせたのだ。
「…つ、強いな。虎太くらいの力だ」
すると彼はのろりと立ち上がった。彼が指さした先は、人一倍体の大きな男の子。
「そ、そうかなぁ!?」
そんな異色を放つ少年と比べられ、元乙女の結人は少し驚いてしまった。
『俺様は寝れば寝るほど強くなる。眠り魔法体質だ』
そう言ったのは澤村雅那虎。彼は負けた男の子の方をジッと見下している。何だか相手が気の毒だな、と思うほどに圧倒的な力量差だった。
「睡眠魔法の澤村雅那虎。あの子も御魔の手下だ」
「えっ?逆にあの子が御魔だと思った」
「いや。ま、それだけ御魔が強いってことだ」
「…」
何だか全身が嫌な予感で包まれた。
そして、近いうち……
『お前、弱すぎるぜ』
『くっ…、このままじゃ勝てないよ』
『完封したら、俺達の下っ端な』
雅那虎と結人は戦うのだ―――。




