【12面】 透き通る魔女
「…もう一度、清聴してほしい」
そう言っているのは久慈乃詩永遠。仏の神を体現したかのような少女で、御魔の手下だ。そんな人物に凛紗希は鼻で笑い返す。
「ふん、どうせ御魔の下に付かないか?でしょ?」
「そうよ。傘下となり従順となれば安寧は必至」
「残念。私は絶対に下に付かない。この幼稚園を変えたいから」
「誠に残念ね」
その時、永遠は音もなく飛び出した。隼の如き飛び込みに凛紗希は軽々と躱す。
だが…
ビシッ!!
「…!?」
突然、服が横一文字に裂けた。
「…回避は所詮夢への逃避行。逃げは儚き結末への導火線なの」
「難しいこと分かんない。子供だもん」
凛紗希は放たれた攻撃に違和感を覚えた。
(完全に避けたはず。でもやられた?いや、)
今度は凛紗希が突っ込んだ。
「そうやって理由のわかんないこと言ってたら、人生楽しめないよ」
素早い蹴り。
「…さながらナイフ付きのような鋭さね」
しかし…さも当然かのように永遠は回避した。
「人生とは苦で終わる。痛みで終わることぞ浮世の定め…」
「…なにそれ?何の本に書いてあったの?」
凛紗希は懲りずに飛び出す。
「…御魔から借りた本だよ」
しかし再び永遠は回避する。首を傾けるだけで彼女の手刀をよけた。
「…次の一手、読めている」
その時、鈴の音がちりん…と響いた。
「…いたっ!!」
次の瞬間には、凛紗希は肩から血を吐き出していた。
(…また攻撃を読まれた!?なぜ?)
次の攻撃へ移行する前に切られている。一体どうして?
その心情を読んだかのように、永遠は静かに口を開いた。
「透けるの。あなたの動きが透けて見える…」
真っ当な瞳。嘘ではないと分かる。
「…私とは相性悪いじゃん」
「諦めは自信と隣にある」
凛紗希は不敵に笑いながらも、不安を隠し切ることはできなかった。
その後も凛紗希は前蹴りを放つ。
「…イテテテテ」
しかし尽くカウンターを食らう。鈴の音が響く度、彼女からは血飛沫が舞う。
「諦めよ…」
「諦めないぃいっ!」
(…でもやばい)
永遠には動き全てが透き通って見える。しかも永遠の攻撃は腕のガードをすり抜けるのだ。
「…無意味な抵抗こそ無価値なのよ」
鉄仮面のような表情は全く変わらない。恐怖さえ感じてきてしまった。
「…なら、」
その時、凛紗希は何個か石を掴み取る。それを思い切り投げつけた。
「…無意味よ」
しかし大人びた表情が変わることはない。永遠は首を大きく傾けて避けた。
「もう諦めて。これも弱者の定めなのだから…」
「気に入らないなぁ、そんなの」
凛紗希はそう言って、今度は同時に数個の石を彼女へ投げつけた。
「…ほう」
(投擲速度も類を見ない。神から与えられし才か…)
刹那、彼女はバックステップを踏む。永遠の目の前で投げられた石が落下する。ころころと無機質に石は地面を滑った。
「…かかった」
しかし逆に凛紗希は口角を上げた。
「ほう?」
「久慈乃詩!これはどうだ!?」
そう言って本命の一石を放つ。
「緩急の搦手か。智慧の眼には通じないわ」
しかし彼女は勢いよく飛び出す。石はあえなく空気を割いた。永遠は錫杖のような棒ナイフを小さく構えた。
「…また攻撃をする!?」
今度は凛紗希が回避した…つもりだった。
ぴしゃあ!!
「いっ!?」
だが胸に冷たい痛みが走る。鈴の音が鳴り響くと同時に血飛沫が舞う。
「…彗眼を傭える私には通じないもの」
どこまでも冷静な彼女。その無機質な瞳は慈悲を繕うような光があった。
(…こいつの攻撃に回避は無理だな)
凛紗希は後ろへ宙返りをすると、石を蹴り出す。
「…どうするか」
そう思案した時だった。
(は?)
目の前で信じられないことが起こる。
「…投擲は無意味」
そう言って彼女は手に取った――石を放り投げた。だが永遠の手からは血が流れていた。
「…慈しみは私の矜持。痛みとは生なる者の債権」
その言葉はまるで、凛紗希は永遠に勝てないことを確信付けるような発言であった。
(当たったとしても痛みを感じないのか…)
「…もうこれは」
凛紗希は諦めて兎小屋の天井へと飛び上がる。そして電柱のような柱を蹴って飛び出した。
「逃走か。まぁ、良い」
そう言って彼女は諦めたように踵を返した。
「…今宵は打敵ではない故、次なる因果を信じて見逃そうかな」
その声は慈悲と憐れみに満ちていた。
超レベルの園児である愛馬凛紗希。そんな彼女を圧倒的に傷つけ追い詰めた…久慈乃詩永遠。
彼女の底はまだ見えない。




