表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明な弾丸―銃声が響くのに、銃を持つ者はいない。誰も撃っていないのに、誰かが倒れる。  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/13

第5話「ぼくらは互いを撃ち続けていた」

 心理士・白川綾の死をきっかけに、施設の空気はさらにひび割れていった。

 廊下ですれ違うたび、誰もが一瞬だけ顔を上げ、すぐに目をそらす。

 「大丈夫?」という一言すら、誰も口にしない。

 慰めも、励ましも、この世界では“殺し文句”になり得るからだ。

「結局さ」

 昼の食堂。トレーの上のパンをちぎりながら、誰かがぽつりと呟いた。

「“信じさせようとする人間”が一番危ないってことじゃないの?」

 その言葉は、トレーの上に落ちたパン屑みたいに、ゆっくりと広がっていく。

 相談に乗る。

 大丈夫だと背中を押す。

 味方だと名乗る。

 そういう行為が全部、心の弾丸のトリガーに見えてくる。

 白川は、“ここでのことは何でも話していい。私はあなたたちの味方だから”と笑っていた。

 その言葉を信じた瞬間、複数の信頼値が跳ね上がり、透明弾が彼女の心臓を撃ち抜いた。

 信じさせようとする。

 救おうとする。

 それ自体が、死因になる。

 それ以来、「俺、相談乗るよ」と気軽に言えたタイプのクラスメイトは、誰も口を開かなくなった。

 優しさは、弾丸だ。

 好意は、銃口だ。

 ぼくらは、その事実を、もう見て見ぬふりができなくなっていた。

 *

「……やっぱり、どう考えてもおかしい」

 その日の午後、九条朔は自室に閉じこもっていた。

 二段ベッドの下段に座り、膝の上には小型の端末。

 施設支給のタブレット端末は厳重に制限がかかっているはずだったが、朔は設定画面をこじ開け、どこからか拾ったエミュレーターを起動していた。

 画面には、HEARTのログからコピーした数字とグラフが並んでいる。

 疑念値、信頼値、自己疑念値。

 各時刻ごとの変動。

「外部サーバーにアクセスとかは、さすがに無理だけど……ローカルにキャッシュされてる分だけでも、パターンくらいは見える」

 朔は、キーを叩く指を止めない。

 グラフの山と谷が交差するところに、赤い印をつけていく。

 銃声が鳴ったタイミング。

 誰かの数値が異常に跳ねた瞬間。

「やっぱり、そうだよな」

 しばらくして、朔は小さく笑った。

 納得と、嫌悪と、諦めが入り混じった笑いだった。

「……弾丸なんて、前からそこら中で撃ち合ってたんだよ。今さらだ」

 *

「わかったことが一つある」

 夕方。

 共同スペースに現れた朔は、手に持っていたホワイトボード用ペンをくるくる回しながら言った。

 ホワイトボードは、これまで注意事項やHEARTからの通達が書かれていた場所だ。

 だが今は空っぽで、真っ白なまま彼を待っている。

「はい注目。特に聞きたくない奴も、とりあえず聞いとけ」

「命令口調やめてくれる?」

 カナがソファに寝転がりながら文句を言う。

「じゃあ、“聞きたい人はどうぞ”って言ったら、誰も来ないだろ」

「それはそう」

 カナは起き上がり、しぶしぶ椅子に座る。

 水城澪も、少し距離を取った位置から様子をうかがうように立っていた。

 凌はソファの端に腰を下ろし、成り行きを見守る。

 朔はホワイトボードに、雑なグラフを描き始めた。

 横軸に時間、縦軸に「疑念値」と書き、ギザギザした線をいくつも重ねる。

「これ、ここ数日の“透明弾”発射前後の数値をざっくり可視化したものだ」

 朔は、いくつかの山に赤丸をつけていく。

「ここが、最初の教室での銃声。そのあとガードマンが死んだ時。そして昨日の、白川さんの時。共通してるのは――」

 彼は、ペン先で線の“始まり”を指した。

「この山が、ずっと前からジワジワ蓄積してたってことだ」

「蓄積?」

 誰かが呟く。

「ああ。ここに連れてこられる前からな。教室で雑談してるときとか、LINEのグループとか、裏アカとか。ああいうところで、ちまちま増え続けてた」

 朔は、ホワイトボードの端に「陰口」「噂」「悪口」「既読スルー」と書き込み、そのすべてから矢印を引いた。

「俺たちは、透明弾なんて現れる前から、互いを撃ち合ってたんだよ」

 その言葉に、空気がじくりと重くなる。

「陰口、噂、裏アカでの悪口。あれ全部、“疑念値”を少しずつ積み上げる行為だった。

 『あいつって実はこうらしいよ』

 『あの子のこと信じてるとか、ちょっと無理』

 そういう評価が、薄い弾丸としてずっと浮かんでた」

 朔は振り返り、スクリーンを見上げた。

 HEARTが、すぐに補足を入れる。

「本現象が顕在化する前から、人間同士の“相互評価”は常に行われていました」

 機械的な声が、淡々と続ける。

「それは言語として表出することもあれば、表情や態度、沈黙の形を取ることもあります。本施設では、その評価プロセスが“弾丸”として視覚化されているにすぎません」

「つまりさ」

 カナが顔をしかめる。

「今までも、“心で撃ってた”ってこと? それが見えなかっただけで」

「そういうことだ」

 朔は頷いた。

「だから今さら『そんなつもりじゃなかった』は通用しない。あの時、軽い気持ちで流した悪口も、冗談めかした一言も、全部どこかの誰かの疑念値になってた。弾丸はとっくに装填されてたんだ」

 彼はペンを止め、ボードの下に大きく一行書く。

 “撃っていたのは、ずっと前からぼくら自身。”

「今はただ、その結果が“物理的な死”として返ってきてるだけだ」

 朔の言葉に、居住者たちは黙り込んだ。

 凌は、自分の過去の言動を、無意識に掘り返していた。

 中学の時、苦手だったクラスメイトの話題を、塾でちょっと笑いのネタにしたことがある。

 趣味の合わない同級生のSNSを、友達と一緒にこっそりスクショしてバカにしたことも。

 “心の中だけならいい”と、どこかで思っていた。

 口に出しても、「冗談だから」で済ませていた。

 あれも全部、弾丸だったのか。

「……うえ」

 カナが、低く唸る。

「なんか、それ聞くとマジで吐きそうなんだけど」

「吐いてもいいよ」

 澪が、小さく息をつきながら言う。

「でも、知らなかったとは言えないよね。言葉が人を傷つけるって話、小学校の道徳で散々言われてきたし」

「そういうのを、“いい話”として消費してた自覚はあるな」

 朔が自嘲気味に笑う。

「『そうだよねー言葉は大事だよねー』って頷きながら、裏で平気で悪口言ってる。……でも今は、そのツケが可視化されてる」

「じゃあさ」

 誰かがおそるおそる口を開く。

「もう、遅いってこと? 撃っちゃった弾丸は、どうしようもないの?」

 HEARTが即答する。

「蓄積された弾丸は、消滅しません」

 短い一文が、教室の空気を一層重くする。

「次のトリガーが引かれるまで、心の中に留まり続けます」

 凌は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 “心の中に留まり続ける”。

 それは、消えない罪悪感とほとんど同義だ。

「だからってさ」

 カナが、ペンを握ったまま俯いた朔を見て言った。

「じゃあ今から一言も喋らないで、誰のことも考えないで、何も感じないで生きろって? 無理でしょ。人間だよ?」

「そう。無理だ」

 朔は顔を上げ、真っ直ぐに皆を見た。

「無理だからって、開き直るのか。無理なりに、どこまで“マシな撃ち方”ができるのか、探すのか。俺は後者を選びたい」

「……マシな撃ち方って、何」

「まだわからん」

 朔はあっさり言い切る。

「ただ、少なくとも、“知らないで撃つ”より、“知ったうえで撃つか撃たないか迷う”ほうが、まだマシだと思う」

 その言葉に、誰もすぐ反論できなかった。

 澪はホワイトボードを見つめ、ぽつりと言う。

「“撃たない”って選択肢は、ここには存在しないのかもしれないね。どこまでいっても、誰かは誰かを評価してしまう。それが人間だから」

「だったらせめて、自分が今どこに銃口向けてるかくらいは、目を逸らさずに見てたほうがいい」

 朔の言葉は、重く沈んでいった。

 この施設に来る前から、自分たちは互いを撃ち続けていた。

 今は、その銃声が聞こえるようになっただけだ。

 その事実から目を逸らせなくなったことが、救いなのか、別の地獄なのか。

 まだ、誰にもわからなかった。

 *

 その夜。

 日付が変わる少し前、南条カナはそっと寝室のカーテンをくぐり抜け、廊下に出た。

 薄暗い非常灯だけが光っている。

 扉の上の監視カメラは、いつも通り無感情に瞬きを繰り返していた。

「……やっぱ、この時間は怖い」

 誰もいない廊下は、昼間のざわめきが嘘のように静まり返っている。

 小さな足音がやけに響き、心臓の鼓動まで音になって漏れ出しそうだ。

 カナは、すばやく周囲を確認してから、ある部屋のドアをノックした。

「朝倉。起きてる?」

 しばらく間があってから、がさ、と布の音がして、扉が半分だけ開く。

 寝癖のついた髪、目をこすりながら顔を出したのは、もちろん朝倉凌だった。

「……南条?」

「よかった、生きてた」

「失礼な確認すんな。今、寝ようとしてたところ」

「ごめん、ちょっとだけ話してもいい?」

 カナの声は、いつもの明るさの奥に、少しだけ震えを含んでいた。

 凌は、その揺れに気づき、ドアを広く開けた。

「まあ……いいけど。あんまり大声出すなよ。朔たち起きるだろ」

「わかってる」

 部屋の中は、さっきまで眠っていた気配がそのまま残っていた。

 二段ベッドの上段からは、一定のリズムで寝息が聞こえる。

 薄い布団、金属製のベッド。

 どれも、この数日のうちに“当たり前”になってしまった風景だ。

 カナは遠慮がちにベッドの端に腰を下ろした。

 凌は、向かいの椅子に座る。

「で、どうした」

「……あのさ」

 カナは、ぎこちない笑みを浮かべた。

「私さ、ここに来る前から、あんたのこと“撃ってた”んだと思う」

「は?」

 凌は、思わず聞き返した。

 撃ってた? いつ? どこで?

「中学のころさ。一回だけ同じ塾だったの覚えてる?」

「塾……?」

 言われてみれば、記憶の端に引っかかるものがあった。

 駅前の小さな進学塾。

 教室の後ろの席で、やけに元気な女子グループがいた。

「ほら、数学の先生がやたらテンション高いとこ。黒板に変なキャラ描く人」

「ああ、あそこか」

 凌も思い出して苦笑する。

「あんた、そこでテストの点よかったじゃん」

 カナは、少しだけ視線をそらしながら続けた。

「模試の結果とか貼り出されてさ。“朝倉くん、今回もよくできてるねえ”とか先生に褒められて。……正直、超ムカついた」

「それは俺のせいじゃないだろ」

「わかってるよ。でもさ、当時の私にとっては“ムカつく優等生”だったんだよ、あんた」

 カナは、笑いながら言う。

「話したこともないのに、勝手にライバル視して、勝手に嫌って、勝手に撃ってた。心の中で」

 凌は、驚いたような、どこか納得したような顔になった。

「……全然気づいてなかった」

「そりゃそうでしょ。目を合わせたこともないもん」

 カナは肩をすくめる。

「でさ。高校で同じクラスになった時、“あ、あの時のムカつく優等生だ”って思ったわけ。向こうは私のこと覚えてないのにさ。表面上は普通に話したけど、心のどっかでずっと撃ってたんだと思う」

 負けたくない。

 見返したい。

 認めさせたい。

 本人にもよくわからない感情を、全部“弾丸”にして、ずっとこっそり撃ち続けていた。

「でもさ」

 カナは、ベッドの端で膝を抱えた。

「ここに閉じ込められてから、気づいたんだよね。あんた、全然完璧な優等生なんかじゃないんだって」

「おい、そこから入るか」

「褒めるから黙って聞け」

 カナは、ちょっとだけ笑う。

「あんた、自分責めてばっかじゃん。先生が死んだときも、自分のせいかもしれないって顔してたし。誰かのこと疑えなくて、でも怖がってて、妙に不器用で。……なんか、放っておけないっていうか」

 その瞬間、壁のスクリーンが、ピクリと反応した。

 暗い部屋に、薄青い光が浮かび上がる。

 南条カナ 信頼値:上昇

 朝倉凌 信頼値:連動上昇

「うわ、やば」

 カナが慌ててスクリーンを見た。

「今の会話、絶対危ないやつじゃん! 信頼値、跳ねてる跳ねてる!」

「いや、俺に言うなよ」

「これ以上言ったら死にそうだから帰る!」

 カナは勢いよく立ち上がる。

「ちょっと待て、急に来て急に爆弾落として急に帰るな」

「爆弾落としたら弾丸増えるんでしょ! あーもう、ややこしい世界!」

 半分パニック状態で言いながらも、カナはドアの前で立ち止まった。

「……とりあえずさ」

 背中越しに、少しだけ落ち着いた声がした。

「さっきの会議で“うるさいけど助かってる”とか書いてくれたやつ。誰か知らないけど、ありがとって伝えといて」

 それだけ言って、カナは廊下に飛び出していった。

 凌は、閉まったドアをしばらく見つめていた。

 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 恥ずかしさと、嬉しさと、申し訳なさと、いろんな感情がごちゃごちゃになっている。

「……俺、どうしたいんだろうな」

 誰も疑わず、誰も信じなければ、生き残れる世界。

 その一方で、誰かに向けた小さな好意や嫉妬さえも、“弾丸”として数値化される世界。

 心が人間である限り、どちらも完全には捨てられない。

 スクリーンの隅で、HEARTのアイコンが点灯した。

「お知らせです」

 機械的な声が、静まり返った部屋に落ちる。

「本日、新たな死亡事例は発生していません」

 凌は、ほっとしかけた。

 だが、続いた言葉が、その安堵を凍らせる。

「しかし、“蓄積された弾丸”は消滅しません」

 HEARTは、一拍置いてから言った。

「次のトリガーが引かれるまで、心の中に留まり続けます」

 目には見えない。

 耳にも聞こえない。

 だけど、確かにそこにある何かが、ゆっくりと装填されていく気配がした。

 カチリ、と。

 金属が組み合うような充填音が、空耳のはずなのに、胸の奥で響いている。

 ぼくらは、ずっと前から互いを撃ち続けていた。

 その事実から、もう二度と目を逸らせないところまで、来てしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ