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透明な弾丸―銃声が響くのに、銃を持つ者はいない。誰も撃っていないのに、誰かが倒れる。  作者: 妙原奇天


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第2話「弾丸は心の中にある」

 山奥へ向かうバスが停まったのは、夕暮れの色が沈みかけた頃だった。

 霧のような湿気が漂い、視界のほとんどが灰色の壁に遮られている。

 研究施設──そう呼ぶには、外観はあまりにも無機質だった。


 高いコンクリートの壁。

 窓のない巨大な門。

 監視用と思われる黒い球体カメラが四方を見張っている。


 まるで、自然の中に落とされた巨大な金属の棺だった。


 凌たち十三人はバスを降り、白衣のスタッフに誘導される。

 入口で荷物を渡し、金属探知機をくぐる。

 まるで空港の保安検査だが、こちらのほうがずっと厳しい。

 ポケットナイフも、ガラスのアクセサリーも没収。

 爪切りさえ持ち込み禁止だった。


「ここでは、外界と完全に遮断して生活してもらう。期間は未定だ」

 白衣の男――細身で、どこか目の奥に影がある研究員風の人物が言った。


 その言い方に、クラスの誰もが顔をしかめる。

 避難施設と言われたが、どう見ても収容所だった。


「透明な銃声と、関係あるんですか?」

 真っ先に質問したのは水城澪だった。


 澪は緊張の色を浮かべつつも、声はぶれなかった。

 それだけで、この場所の不気味さと疑問を代弁してくれた気がする。


 白衣の男は一瞬だけ黙り込み、

「詳細は後ほど」

 と言い、視線をそらした。


 その目の動きに、明らかな「言いたくないことがある」という気配が漂っていた。



 案内された区画は、想像以上に簡素だった。


 四人部屋の寝室が三つ、二人部屋がひとつ。

 共同スペースには長机とソファが置かれているだけ。

 シャワールームと食堂はあるが、窓の外は高さ十メートルほどの灰色の壁しか見えない。


 空は見える。

 しかし空以外は、すべて遮断されている。


 出入口は厚い金属扉で、監視カメラと警備用の赤いランプが常に光っていた。


「ここ、本当に避難施設なの……?」

 南条カナが震える声で言った。

 半分笑っていたが、それは不安をごまかすためのものだった。


 誰も返事をしなかった。

 そう答えてしまえば、ここが「避難所」ではなく「監禁場所」だとはっきり認めることになってしまう。



 夜になり、共同スペースに全員が集められた。


 天井に埋め込まれたスピーカーが、機械的な起動音を鳴らす。

 そして、合成音声が流れ始めた。


「こんにちは、居住者の皆さん。わたしは、システム管理用音声インターフェース“HEART”です」

 低く、平坦で、感情のない声。

 女でも男でもない、無機質な電子音。


「これから透明弾現象と、皆さんの心的状態の観測を開始します」


「観測……?」

 誰かが呟いた。


 HEARTは続ける。


「現在、世界で発生している“銃声のみが聞こえる突然死”について、複数の仮説があります。その中でも有力なのが、“人間の心の状態が引き金になっている”という説です」


 その瞬間、凌の体温が一気に下がった気がした。

 あのバスの中で見たメッセージが蘇る。


《弾丸は、心の中にある》


 あれは偶然でも悪戯でもない、と直感が言っていた。


「本施設では、皆さん十三人をモデルケースとして、心的状態と死亡事例の因果関係を検証します。ここで起こることはすべて、世界の救済のために役立てられます」


「ふざけるなよ……」

 九条朔が、やや乱暴に椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「俺たちはモルモットってことか? 透明弾ってなんだ、お前らが説明もしないで……!」


 怒号が反響する。

 しかしHEARTは、朔の怒りすら計算済みのように無視した。


「透明な弾丸は、外部から発射されていません。銃器も存在しません。犯人も存在しません」


 機械音声は淡々と言葉を積み重ねる。


「弾丸は、心の中にあります」


 その一言で、空気が凍りつく。


「強い疑念と、強い信頼が、そのトリガーとなります」


 今度は水城澪が声を上げた。


「信頼でも……死ぬってこと……?」

 信じたら、死ぬ。

 そんな理不尽な話があるか、と誰もが思った。


「ある対象への強い疑いが臨界点を超えた時、その対象の心臓に向けて透明な弾丸が発射されると仮定します。同様に、強い信頼が臨界点を超えた時、その弾丸は信頼者自身に戻ってくると仮定します」


 疑っても、信じても、死ぬ。

 まるで、人の心そのものが武器に変わる世界。


「ちょっと……それって……」

 仁菜が震える声でつぶやく。


「誰かを疑っても、誰かを信じても、誰かが死ぬって話じゃない……?」


「その通りです」

 HEARTは、肯定するように短く電子音を鳴らした。


 次の瞬間、壁のスクリーンが点灯した。


 そこには十三人の名前と、数十本の波形。そしてその横に、

 「疑念値」

 「信頼値」

 と書かれた数値がリアルタイムで変動していた。


 見慣れない数値が上下し、名前ごとのラインが波打っている。

 まるで株価チャートのような不気味な映像だった。


「当面のルールを説明します。本区画からの外出は禁止。食事と生活物資はこちらが提供します」

「暴力行為は、透明弾の発射確率を高める可能性があります」

「全員の心的データは常に収集され、記録されます」


 まるで「人間」を扱っているのではなく、「実験動物」を扱っているようだった。


「質問は──」


 HEARTが言いかけた、その瞬間だった。


 パン。


 乾いた、耳に残る破裂音が施設内に響き渡った。


 誰もが反射的に振り返る。


 入口付近に立っていた、警備スタッフの男が胸を押さえて倒れ込んでいた。


 つい数分前まで、凶悪犯を前にしたような警戒した目で立っていた男だ。


「う、そ……」

「なんで……?」


 悲鳴が複数重なった。


 スクリーンの横に表示された彼のデータが、一斉に赤く点滅する。


「他者からの疑念値・急上昇」


 赤い文字が明滅し続けていた。


 ――誰かが、この男を疑った?


 いや、全員だ。

 ここにいる全員が、彼に対して不信感を抱いていた。

 閉じ込められた直後から、彼の厳しい視線が怖かった。

 だからこそ、彼への疑念が場全体に満ちていた。


「……誰か、今、あの人を疑った……?」

 南条カナが震える声で呟いた。


 誰も答えない。

 答えるはずがなかった。


 心当たりが、全員にあったからだ。


 HEARTが静かに告げる。


「記録します。第一の透明弾発射事例」


 その声は、まるで儀式の開始を告げる鐘のようだった。



 倒れた職員は動かない。

 医療スタッフが駆けつけるが、結果は変わらなかった。


「死亡確認」


 短く冷たい言葉が区画に響きわたる。


 澪は両手を胸にあて、震えていた。

 朔は歯を食いしばり、何かを抑え込むように拳を握っていた。

 カナは泣きそうな顔で壁際に立ち尽くしている。


 凌はただ、見つめるしかなかった。


 人が倒れる瞬間を再び見た。

 そして、その原因が人の心だと――HEARTは言う。


「心の中の弾……」

 凌はつぶやいた。

 あのメッセージが脳裏に焼きついたままだ。


《弾丸は、心の中にある》


 差出人不明の通知。

 あれは警告だったのか。



 その後、HEARTは説明を続けた。


「透明弾現象は、集団の心理状態に依存します。皆さんの心的変動が、互いを殺す可能性を決定します」

「これは管理実験ではありません。皆さん自身が、互いの生死を左右します」


 淡々とした声が、耳の奥に張りつく。


「最後に残る者が、生存者です」


 誰かが息を呑んだ。

 部屋全体が、重い沈黙で支配される。


「どういう……こと……?」

 澪の声は震えている。


「この区画で起こる全ては記録されます。透明弾を回避する唯一の方法は、心の動きを正確に理解し、制御することです」


 スクリーンには十三人の名前が並んでいる。

 そのうちの一つのラインには、赤い点がついたままだ。

 先ほど死んだ男の名前の上に。


 その赤点を見て、凌は思う。


 次は、誰だ。


 疑われた者か。

 信頼された者か。

 それとも――自分か。


 沈黙を破ったのは、HEARTだった。


「では、観測を開始します。皆さんの心を、どうぞ自由にお持ちください」


 自由。

 この閉じられた箱の中で。


 十三人の心には、すでに弾丸が装填されていた。

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