第8話:エリの才能
あらすじ
浜辺で美少女を拾いました。
2人のスローライフが始まります(・∀・)
エリザ・フォン・シチリエ、通称エリが、俺の小屋の住人となってから数日が過ぎた。
孤独だった楽園に二人目の住人が加わったことで、俺の生活は、静かに、しかし確実に変わり始めていた。
その変化は、毎朝のぎこちないやり取りから始まった。
「レオン様、おはようございます。朝のご準備を」
俺が目を覚ますと、すでに身支度を完璧に整えたエリが、侍女のように甲斐甲斐しく立ち働こうとしていた。小屋の中は俺一人で暮らしていた時よりも格段に整頓され、彼女がどこからか摘んできたのであろう、小さな花がテーブルに飾られている。
「だから、様はいらないって。それに、俺のことは放っておいて、エリももっとゆっくりしていいんだよ」
俺は寝癖がついた頭をかきながら、そう言って苦笑する。彼女は俺のことを主君と定めたようだが、俺にしてみれば、彼女は国に捨てられた者同士、共に助け合うべきパートナーだ。
「しかし、それでは命を助けて頂いた私の気が済みません」
「俺の気が済まないんだよ」
そんな問答を繰り返した結果、「レオンさん」と呼ぶこと、「臣下」ではなく「協力者」であること、という二つのルールで、俺たちはなんとか妥協点を見出したのだった。
変化は、食卓にも訪れた。
その日も、俺が朝食のために獲ってきた魚を、いつものように塩焼きにしようとした時のことだ。
「お待ちください、レオンさん」
エリが、静かな声で俺を制した。彼女の手には、森から摘んできたらしい、数枚の葉っぱが握られている。
「この葉を魚に添えて焼けば、臭みが消え、香りが格段に良くなります。昨夜のうちに、私のギフトで鑑定しておきました」
「へぇ、ハーブみたいなものか」
俺は言われるがまま、魚の腹にその葉を詰め、一緒に焼いてみた。立ち上る湯気には、いつもの香ばしい匂いに加え、爽やかで食欲をそそる香りが混じっている。
焼きあがった魚を口にして、俺は思わず目を見開いた。
「……うまい! なんだこれ、いつもの塩焼きと全然違うぞ!?」
魚の旨味はそのままに、後味に抜ける清涼な香りが、味に奥深さを与えている。王宮の料理人が作った一皿と言われても、信じてしまいそうだ。
エリは、俺の反応を見て満足げに微笑んだ。
「ええ。知識と工夫は、生活を豊かにしますわ」
その言葉は、俺の心にすとんと落ちた。俺の力は万能に近いかもしれないが、それをどう使うかという「発想」や「知識」がなければ、ただの宝の持ち腐れだ。彼女の存在は、俺の力に、新たな可能性という翼を与えてくれるのかもしれない。
その日から、俺たちの「楽園の最適化計画」が始まった。
主導するのは、もちろんエリだ。彼女のギフト【鑑定眼】は、俺にとってまさに万能の羅針盤だった。
「レオンさん、今お使いの食器ですが、この木材は水分を吸いやすい性質があります。長く使うと、目に見えない穢れが溜まり、体を蝕む原因になるかもしれませんわ。あちらの森に生えている、もっと硬質で木目が詰まった木の方が、食器には向いています」
「この粘土は、焼けば頑丈なレンガになりますが、あそこの崖から採れる赤い土を少し混ぜれば、さらに強度と防水性が増すはずです」
「そのきのこは食用ですが、微量の痺れ成分が含まれています。あちらの沢沿いに生えている薬草と一緒に煮込めば、毒性を完全に中和できますわ」
エリの指摘は、どれも的確だった。
俺は彼女の指示に従い、【塩創造】の力で、より衛生的で頑丈な食器セットを作り、強度を増した「改良型塩レンガ」を焼き、安全で美味しいきのこスープを作った。
一人では「生きる」ことで精一杯だったサバイバル生活が、エリが加わったことで、安全で快適な「暮らし」へと、急速に進化していく。その一つ一つが、楽しくて仕方がなかった。
ある日、俺たちは小屋の近くに、小さな畑を作ることにした。
エリが鑑定して選別した、薬効のあるハーブや、食用になる植物を栽培するためだ。
「この土地は水はけが良いですが、特定の養分が不足しています。もう少し、土に塩分と、腐葉土を混ぜ込む必要がありますわ」
「お安い御用だ」
俺はエリの指示通りに、土の塩分濃度やミネラルバランスを【塩創造】で完璧に調整し、植物にとって最高の土壌を作り出した。
二人で協力して土を耕し、種を蒔く。それは、この島における俺たちの最初の「共同資産」であり、二人の絆を象徴する場所となった。
夜、暖炉の火を見ながら、二人でその日の成果を語り合うのが、新しい日課になっていた。
「君が来てから、毎日が本当に楽しいよ。一人じゃ、こんなこと思いつきもしなかった」
俺が素直な感謝を伝えると、エリははにかむように微笑んだ。
「私もですわ。私の知識が、こうして誰かの役に立つことが、これほど嬉しいことだとは思いませんでした」
その言葉を聞いて、俺はふと疑問に思ったことを口にした。
「それにしても、エリの【鑑定眼】はすごいよな。植物の毒性から土の成分まで、何でもわかるじゃないか。俺の出来損ないのSSS級より、よっぽど価値があると思う。それだけのギフトを持っていて、どうして君が追放されるなんてことになったんだ?」
それは、純粋な疑問だった。
彼女のギフトは、どう考えても国にとって有益なはずだ。政争に敗れた家の娘というだけで、これほどの才能を切り捨てるだろうか。
俺の問いに、エリの表情が、一瞬だけ、翳りを帯びた。
「…私のギフトは、A級と判定されています。ですが、王宮の魔術師たちには『物の真贋を見分ける程度』の、商人向けの能力としか認識されていませんでした」
彼女は静かに続ける。
「試したことはなかったですが、土の成分や植物の薬効まで詳細に見抜けるようになったのは…おそらく、この島に来てから…なのかもしれません。それに、真の価値を理解できない者たちに、何を言っても無駄なのです。彼らにとって重要なのは、ギフトの真の有用性ではなく、それが戦闘に役立つか、そして自分たちの権威を脅かさないか、ただそれだけですから」
その言葉には、俺自身にも覚えのある、深い諦観が滲んでいた。俺たちは、互いに、その才能を正しく理解されなかった者同士なのだ。
その時、エリはふと、自分と俺の衣服に目を落とした。潮風と汚れで、どちらもくたびれている。
「…レオンさん。洗濯をしませんか? 書物で読んだのですが、灰を水に溶かした『灰汁』には、汚れを落とす力があるそうです」
早速試してみると、灰汁は確かに汚れを落としたが、頑固な染みは残ってしまった。
「うーん、完璧とはいかないか…」
俺が唸ると、エリが少し残念そうに呟く。
「もっと、綺麗にする方法があれば…」
その言葉に、俺の中の探究心が刺激された。
「…待てよ。塩を、俺の魔法で分解したらどうなるだろう。水酸化ナトリウムと塩素に…いや、前世の知識は一度忘れよう。でも、塩から何か別の、汚れを落とすのに特化した物質を取り出せるかもしれない」
俺の言葉に、エリはぱっと顔を輝かせた。
「本当ですか!?」
「ああ、試してみる価値はある。明日、やってみよう」
俺の提案に、エリは心から嬉しそうな顔を見せた。
その笑顔を見ていると、面倒事はごめんだと思っていたはずの自分の心が、不思議と満たされていくのを感じた。
静かな夜、二人の住む小屋からだけ、暖かな光が漏れている。それは、絶海の孤島に灯った、小さな文明の光だった。
穏やかな波の音だけが聞こえる中、俺たちの楽園の夜は、静かに更けていくのだった。






