第4話:純白の小屋
4話目もお読みくださり、ありがとうございます。
いよいよ、家づくりです(*^^*)
最高の塩で味わう、焼きたての貝。
あの日の夕食が、俺の無人島生活における最初の革命だったとしたら、これから始まる日々は、革命を日常へと変えていくための、地道な創造の記録だ。
最初の数日間は、潮だまりを巡って貝やカニを拾い集めるだけで満足していた。だが、人間とは欲深い生き物らしい。一度うまい魚の味を想像してしまったら、もう後戻りはできない。
「やっぱり、魚が食べたい……」
そう呟きながら、俺は先日、無様に水面を叩いただけの、先端を尖らせただけの木の枝を拾い上げた。技量がすぐに向上するとは思えない。ならば、道具の方を工夫するしかない。
(……どうしてだろうな)
ふと、そんな思考がよぎる。
死の淵で蘇った前世の記憶。だが、それはあまりにも歪だ。
『日本』という国のこと、そこで得た科学や歴史の『知識』は、まるで昨日読んだ本の内容のように鮮明に思い出せるのに、肝心な『自分』のことが靄に包まれている。どんな顔で、どんな声で、誰と笑い合っていたのか。自分の名前すら、おぼろげだ。ただ、図書館や資料室のような場所で、ひたすら本を読み漁っていた感覚だけが、妙に生々しく残っている。
(……まあ、いい。思い出せない過去より、今を生きるための知識だ)
俺は思考を切り替え、目の前の課題に集中する。
「もっと硬く、もっと鋭く……塩で、できないか?」
俺は手頃な長さと太さの、まっすぐな流木を拾い上げると、波打ち際に作った潮だまりにそれを沈めた。そして、流木に片手を触れ、強くイメージする。
(――この木材の、繊維の一本一本の隙間にまで、高濃度の塩水を浸透させろ。そして内部で、塩分だけを再結晶化させ、木の繊維と分子レベルで強固に結合させろ!)
魔力を流し込むと、流木からごぽごぽと気泡が上がり、海水を吸い込んでいく。数分後、引き上げた流木は、ずしりと重く、石のような硬さに変貌していた。「防腐木材」と名付けよう。
次に、銛の先端に意識を集中させる。
(――先端部分に付着した海水から、純度99.99%の塩化ナトリウムだけを抽出。極小の結晶を幾重にも重ね合わせ、刃物のような鋭利な形状に圧縮・固定せよ!)
銛の先端に、ガラス細工のように透明で、陽光を浴びて輝く鋭利な刃が形成された。生まれ変わった「塩の銛」を手に、俺は再び浅瀬に立つ。魚影が横切った瞬間、渾身の力で突き出す!
「グッ……!」
確かな衝撃が手元に伝わり、銛の先で銀色の魚体が激しく暴れていた。
「やった……! とれたぞ!」
人生で初めて自分の力で魚を仕留めた歓喜に、思わず声が震えた。食料の安定確保に成功したことで、俺の心には大きな余裕が生まれた。次に改善したいのは「住」の部分だ。
「よし、俺だけのマイホームを建てるぞ」
幸い、資材はそこら中に転がっている。背後の森には木々が生い茂り、地面はこの島の火山によってできた粘土質だ。
俺はまず、家の土台となる場所の雑草を刈り、地面を平らにならした。そして、そこに海水をバシャバシャと撒いていく。
(――この地面に含まれる水分を蒸発させ、塩分を結晶化させて土の粒子を固めろ!)
【塩創造】を発動すると、湿っていた地面が急速に乾いていき、カチカチに固まっていく。まるでコンクリートで舗装したかのように、頑丈な基礎が出来上がった。
次はいよいよ、家の骨格となる柱と梁の切り出しだ。俺は背後の森へと足を踏み入れ、まっすぐで手頃な太さの木を数本見繕った。斧もノコギリもない。だが、俺には【塩創造】がある。
俺は一本の木の根元に手を触れ、意識を集中させた。
(――海辺の木には少なからず塩分が含まれているはず。ならばこの円周に沿って、木の細胞同士を繋ぎとめているリグニンやペクチンに干渉しろ。塩分濃度を局所的に、そして急激に変化させることで、組織の結合を強制的に劣化・脆弱化させる!)
魔法を発動すると、俺の手を置いた円周部分の樹皮がミシミシと音を立て、内側から亀裂が走るのが見えた。まるで超極細の目に見えない刃で、内部構造だけを断ち切っているような感覚だ。
数分後、俺が木の幹にぐっと力を込めて押すと、木は狙い通りの方向へ、ごう、と音を立てて倒れた。切り口は驚くほど滑らかだった。倒した丸太を、今度は必要な長さに切り分ける。これも要領は同じだ。切りたい部分に手を当てて魔法をかければ、あとは足で軽く力を加えるだけで、ポキリと綺麗に切断できた。
最後に、丸太を使いやすい角材へと加工する。俺は丸太の側面に手を滑らせ、頭の中で完璧な四角柱をイメージした。
(――このイメージした四角柱から外側にある部分の繊維結合だけを、『緩めろ』!)
すると、まるで巨大なカンナで一気に削ぎ落としたかのように、丸太の側面から余分な部分が、ボロボロ、ザラザラと木の皮や繊維ごと剥がれ落ちていき、驚くほど正確な角材が完成した。
次は壁だ。粘土と砂、そして補強材として少量の枯れ草を混ぜ、海水でこねていく。簡易な木の型枠をつくり、それを詰め、「塩レンガ」をつくる。【塩創造】で水分を強制排出し、本来なら何日もかかる天日干しの工程が、わずか数十分で完了する。石のように硬く、表面に塩の結晶が輝く真っ白な「塩レンガ」が、次々と生み出されていった。
こうして必要な資材を揃え、いよいよ建築に入る。基礎の上に、加工した「防腐木材」で柱と梁を組んでいく。釘はない。だが、問題ない。
むかしテレビで見た神社などの宮大工が施工する方法を思い出しながら、木材同士を丁寧に組み合わせ、骨組みを作ると、その接合部に濃い塩水をかけた。
(――接合部の内部で、塩分を急激に結晶化させ、膨張させろ!)
すると、木材の隙間に浸透した塩が、内部でガッと結晶化し、楔のように木材同士を内側から圧迫して固定する。まるで溶接したかのように、骨組みは微動だにしなくなった。
最後の仕上げは屋根だ。俺は同じ要領で木材を薄い板状にスライスし、それを屋根に一枚一枚、瓦のように葺いていく。そして、その上からダメ押しとばかりに【塩創造】を発動した。
(――屋根全体の表面を、薄く、均一な塩の結晶膜でコーティングしろ!)
木製の屋根板の表面に、ガラスのような透明な塩の膜が形成される。これで完璧な防水性と、さらなる防腐効果が得られるはずだ。
そして、数週間後。
海辺の入り江に、一軒の小さな小屋が完成した。白壁と、青空を反射してキラキラと輝く屋根。およそ無人島のサバイバル生活には似つかわしくない、白と青のコントラストが幻想的なまでに美しい建物だ。俺は完成した我が家の前に立ち、深い満足感を噛みしめた。
ここは王宮ではない。誰にも蔑まれることのない、俺だけの城。魚を獲り、家を建てる。生きるために必要なことを、自分の頭と、この忌み嫌われた力で成し遂げていく。その一つ一つが、空っぽだった俺の心を、確かな自信で満たしていった。
「悪くない。全然、悪くないじゃないか」
小屋の窓から見える、青く輝く海と、どこまでも続く水平線。追放された絶海の孤島。だが今の俺にとって、この場所はもはや牢獄ではなかった。
――ここは、俺がゼロから創り上げる、自由な楽園だ。
孤独ではあったが、不思議と寂しくはなかった。やるべきことは、まだ山ほどある。燻製小屋も、貯蔵庫も、畑も作りたい。そんな未来の計画に胸を膨らませながら、俺は一人、自分の建てた白き城で、静かな夜を迎えるのだった。
「さて、次は家具を作ろうか」
そう呟き、明日に向け、目を閉じるのだった。
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