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第18話:オルールからの来訪者


活気にあふれる日々のなか、その日は、突然訪れた。

カン、カン、カン!


居住区で最も高い場所にマルコが急ごしらえで作った見張り台から、警鐘の音が響き渡った。事前に決めておいた、「未確認の船影を発見した」という合図だ。


居住区に、一瞬で緊張が走った。

「全員、持ち場につけ!」


ガイオンさんの野太い声が響き、建築作業をしていた男たちが、即席の武器を手に砂浜へと集まってくる。マルコさんも、いつの間にか見張り台から降り、警備隊を率いて防衛線を敷いていた。


「レオンさん」

私の隣で、エリが静かに、しかし強い意志を込めて言った。


「何があっても、あなたは『おさ』として堂々としていてください。交渉は私に任せていただけませんか。自衛のためにも相手に、私たちがただの遭難者の集まりではないことを見せつけなければなりません。場合によってはあなたのチカラを見せる必要もありますわ」

「わ、わかった…」


俺は緊張でこわばる顔をなんとか動かし、頷いた。彼女の言う通りだ。俺の後ろには、もう数十人の仲間かぞくがいるのだから。


やがて、水平線の向こうに見えていた船影は、その美しい姿を現した。


俺たちが乗ってきた小舟や、難破した奴隷船とは比べ物にならない、風をいっぱいに孕んだ帆を持つ、立派なキャラベル船だ。


船は湾内に停泊すると、一隻の小舟が降ろされ、こちらへ向かってくる。


砂浜に降り立ったのは、褐色の肌に、豪華な絹の衣服をまとった一人の青年だった。年の頃は、俺たちより少し上だろうか。数人の屈強な護衛を伴っているが、彼自身に敵意は感じられない。


彼は、俺たちの警戒を意に介さず、友好的な笑みを浮かべて両手を広げた。


「これは驚きました。私はオルール商業都市連合国に籍をおくアルジェンティ商会代表の、ジン・アルジェンティと申します」

流暢な大陸共通語だった。


「一年ほど前にこの航路を通った際には、ここは無人島だったはず。ですが、先ほど沖から炊事の煙が見えましてな。もしや遭難者かと思い、お節介ながら立ち寄らせていただいた次第です」


彼の言葉に嘘の色はなかった。俺とエリは目配せし、マルコに武器を降ろすよう合図する。

ジンと名乗る青年は、俺たちの後ろに広がる光景に、改めて目を見張っていた。


「…しかし、これは一体? 白いレンガの家々…遭難者の集落にしては、あまりに清潔で、計画的だ…」


その目は、値踏みをするように、しかし隠しきれない好奇心で、俺たちの楽園を隅々まで観察していた。


俺たちは、代表としてジンを居住区に案内した。

彼は、まずはお近づきの印だと、俺たちが初めて見るような珍しい果物や、上質な布を差し出してくれた。


その日の昼食には、ライガが腕を振るった、魚の塩焼きなどの料理を振舞った。


「…ほう」

ジンは、その魚を一口食べた瞬間、ピタリと動きを止めた。

「なんだ、この塩は…? 味付けは塩だけのはず…なのに、素材の味がここまで引き出されるとは…」


彼は、ガイオンが建てた家の壁を指でなぞり、マリアが清潔に保つ水場を見て、何度も唸った。この島のあらゆるものに、彼は「価値」の匂いを嗅ぎ取っているようだった。


やがて、彼は核心に触れてきた。

「失礼ながら、『長』殿。先ほどの塩、あれは一体…? 我々が使う岩塩や、サリスの聖塩とも全く違う。あれこそが、この島の豊かさの秘密なのですか?」


来たか。

俺はエリと頷きあうと、黙って目の前に用意させていた、海水が入った桶に手をかざした。


エリが、交渉のカードとして、この「チカラ」を見せる時だと判断したのだ。

次の瞬間、俺の魔力に呼応し、桶の水から、雪のように真っ白で、寸分の曇りもない極上の塩の結晶が、キラキラと輝きながら分離・生成される。


その神業を目の当たりにしたジンは、それまでの余裕綽々な態度を崩し、生まれて初めて見るような驚愕の表情で固まっていた。


彼のギフトが何なのかは知らない。だが、その瞳は、目の前の塩が持つ、常識外れの価値を正確に理解しているようだった。


「…まさか…これが、あなたの力…? これほどの力が、正当に評価もされず、こんな島に埋もれていたと…?」

ジンは、畏敬の念がこもった声で呟いた。


そのジンの言葉に、俺よりも先に、隣に立つエリが食いついた。


「その通りです! あなたは正しい! この方の力は、サリスの聖塩泉などという、枯れゆく泉の権威とは比較にすらなりません! これは世界の理を覆す、真の奇跡なのです! その価値を理解できるあなたのような方とお会いできて、私は…私は…!」


普段の冷静沈着な彼女からは想像もつかない、早口で、熱のこもった言葉。頬を上気させ、興奮で瞳をキラキラさせている。どうやら、初めて自分の評価と完全に一致する理解者が現れたことが、よほど嬉しかったらしい。


俺は、そんな彼女の肩をポンと叩き、「エリ、少し落ち着け」と小声で言った。


エリは「はっ! も、申し訳ありません、レオンさん! 少々、取り乱しました…!」と、咳払いをして慌てて平静を装う。その姿は、なんだか微笑ましかった。


我に返ったジンは、椅子から立ち上がると、それまでの見定めるような態度を改め、俺に対して深く、深く頭を下げた。


「失礼いたしました、『長』殿。 私は、あなたの力に、そしてこの島の未来に、投資したい! どうか、私にあなた方の最初の交易相手となる栄誉をいただけないだろうか!?」


彼は、鉄製品、食料、衣類、家畜、最新の技術や情報など、俺たちが望むものは「何でも」用意すると約束した。常識では考えられない、破格の条件だった。


「え、投資って言われても…」

俺が困惑する一方で、エリは込み上げる喜びを抑え、冷静な交渉人としての仮面をつけ直していた。


そして、未来への扉を開く、最初の交渉に臨む。

彼女の瞳は、これまでにないほどの、強い輝きを放っていた。


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