第12話:難破船
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俺が感じた胸騒ぎは、残念ながら的中した。
あの夜から二日後、空は鉛色の雲に覆われ、穏やかだった海は、灰色の牙を剥き始めた。
ゴウゴウと、小屋を揺るがすほどの暴風が吹き荒れ、窓には激しい雨が叩きつける。
「ひどい嵐ですわね…」
暖炉の前で、エリが不安そうに呟いた。
「大丈夫だ。この家は、前の嵐も余裕で耐えた」
俺はそう言って彼女を安心させたが、内心では、この嵐がもたらすであろう「何か」に、言いようのない緊張を感じていた。
追放された俺がこの島に流れ着いたのも、エリが漂着したのも、すべては嵐の後だった。
嵐は、この楽園に、何かを運び、何かを変える。
嵐は丸一日、猛威を振るい続けた。
そして翌朝。風雨は嘘のように止み、空には洗い流されたような青空が広がっていた。
「レオンさん、浜の様子を見てきますわ」
エリが、強い意志を秘めた瞳で言った。彼女もまた、嵐がもたらす変化を予感しているのだろう。大人の政争に巻き込まれた彼女の危機管理能力は、平穏な暮らしに慣れた俺よりもずっと鋭い。
「ああ、俺も行こう」
二人で浜辺へと向かうと、そこには嵐の爪痕が生々しく残されていた。
打ち上げられた流木や海藻が、砂浜のあちこちに散乱している。
俺たちが目を凝らして見渡していると、いつもと違う入り江の方角で、エリが息を呑んだ。
「…レオンさん、あれを…!」
彼女が指差す先。岩場の影に、巨大な黒い塊が横たわっていた。
それは、船だった。
俺たちが乗ってきた小舟とは比べ物にならない、何本ものマストを持つ大型の商船。しかし、そのマストは無惨に折れ、船体には巨大な穴が空き、満身創痍で砂浜に座礁していた。
「難破船か…!」
俺たちは顔を見合わせ、急いで駆け寄った。
船体はひどく傾き、甲板には人の気配はない。だが、船内から、うめき声のようなものが、かすかに聞こえてくる。
生存者がいる…!
俺は躊躇なく、傾いた船の舷側に飛びつき、中へと乗り込んだ。エリも、俺に続いてすぐに登ってくる。
そして、船倉へと続く階段を降りた俺たちが目にしたのは、地獄のような光景だった。
薄暗く、淀んだ空気の中、大勢の人々が、折り重なるように倒れている。
男も、女も、そして子供も。その誰もが、汚れたぼろ布を纏い、首や手足には鉄の枷が嵌められていた。
奴隷船だ――その事実を、俺は一瞬で理解した。
彼らの多くは、嵐による衰弱だけでなく、明らかに病に侵されていた。激しく咳き込み、熱に浮かされ、肌には発疹が浮き出ている者もいる。
不衛生な環境で蔓延した、感染症だ。
「ひどい…」
エリが、唇を噛みしめる。彼女の瞳には、哀れみと共に、燃えるような怒りの色が宿っていた。
だが、感傷に浸っている時間はない。
俺は、すぐに行動を開始した。
「エリ! 君のギフトで、症状が重い者と、まだ体力がある者を見分けてくれ! あと、怪我人の場所も!」
「はい!」
俺の指示に、エリは即座に頷き、その瞳に【鑑定眼】の光を宿す。
俺は、すぐさま船の外に出て、海水を汲むと【塩創造】を発動させた。
(――この海水から、不純物を取り除き、人体の塩分濃度と等しい、完璧な等張液を生成しろ!)
即席の「生理食塩水」だ。
さらに、別の桶では、極限まで塩分濃度を高めた**「高濃度食塩水」**を作る。少し沁みるが傷口の消毒に使うつもりだ。
清潔な布(俺たちの予備の服だ)に生理食塩水を浸し、まずは意識のある者の口元を湿らせていく。
エリは、船倉を回りながら、次々と的確な指示を飛ばした。
「レオンさん、奥のドワーフの方は、左足が折れています! こちらの女性は、高熱で脱水症状がひどいようですわ!」
「あちらのエルフの方は、呼吸が弱っています! 傷口から熱が出ています、急いで消毒と解熱作用のある薬草を!」
彼女の【鑑定眼】は、この混乱の極みのような状況で、最高のトリアージ(治療優先順位の決定)能力を発揮していた。
俺は高濃度食塩水で傷口を洗浄し、エリは畑から大急ぎで摘んできた薬草をすり潰して塗り込んでいく。小屋では、常に火を絶やさず、布を煮沸消毒し続けた。
俺たちの楽園で培ってきた知識と力が、今、見ず知らずの人々の命を救うために、全力で注ぎ込まれていた。
穏やかだった俺たちの楽園に、突如として投げ込まれた、数十の救うべき命。
これは、神が俺たちに与えた試練なのか。
いや、違う。
本当は、心のどこかで分かっていた。
いくらこの無人島で楽園を築こうとも、いつまでも二人だけの世界が続くわけはないということを。世界は、俺たちの存在をいずれ見つけ出し、関わってくる。それが、こういう形だったというだけだ。
俺は、次々と意識を取り戻していく人々の顔を見ながら、この島の、そして俺自身の運命が、大きく変わるであろうことを、静かに覚悟していた。
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