第10話:この島の恵み
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エリがこの島に来てから、ひと月ほどが過ぎた。
秋の気配は少しずつ深まっているが、温暖なこの島の森は、変わらず生命力に満ちている。
俺たちの生活は、驚くほど順調だった。
特に食生活は、エリが加わったことで劇的に豊かになった。
「レオンさん、あちらの湿地に生えている葉は、少し辛味がありますが、火を通すと美味しいですわ。鑑定によれば、サリス王国で流通しているクレソンに近い性質です」
「この蔓の紫色の葉も、栄養価が高いようです。お肉と一緒に炒めましょう」
「このきのこは、乾燥させて出汁を取ると、驚くほど深みのある味になります」
エリの【鑑定眼】は、俺が一人では見過ごしていた島の恵みを、次々と発見してくれた。俺たちは、彼女が見つけた食べられる野生の植物――芋のような根菜や、生命力の強い葉物――を、先日耕した小屋の近くの畑に移植し、管理し始めた。まだ小さな家庭菜園レベルだが、いつでも新鮮な食材が安全に手に入るという安心感は、何物にも代えがたい。
その日の昼食も、そんな島の恵みの一つだった。
ハーブ塩焼きの魚と、蒸した芋が並ぶ食卓で、エリがふと、夢見るような表情で呟いた。
「毎日美味しいお食事をいただけますが、もしここに、キリッとした酸味が加わったら、もっと素敵でしょうね…」
「酸味か…」
塩味と、食材の持つ甘味や旨味。それが、俺たちの味覚の全てだった。エリの言葉は、俺の舌と、そして探究心に、新たな世界の扉を開く響きを持っていた。
「確かに。レモンのようなものがあれば最高だな」
俺の言葉に、エリは「レモン…?おそらく、柑橘系の果実のことですわね。温暖なこの島なら、どこかに自生しているかもしれません」と期待を寄せた。
「よし、探しに行こう!」
俺の提案で、俺たちは「酸っぱい果物」を探すため、これまで足を踏み入れたことのない、島の少し奥地へと向かうことを決意した。初めての、目的を持った二人だけの冒険だ。
準備は万全だった。
俺は【塩創造】で、藪を切り拓くための頑丈な「塩の鉈」、滑りにくいように靴底を加工したブーツ、そして二人分の瓢箪水筒と弁当(燻製肉と干し芋)を準備した。
エリは【鑑定眼】を使い、島の地形を大まかに把握し、「水場が近く、日当たりの良い斜面に、果樹は育ちやすいはずです」と、探索ルートの仮説を立てた。
その息の合った連携は、もうすっかり俺たちの日常になっていた。
森の奥深くへと進むと、空気の匂いが変わった。湿った土と、むせ返るような緑の香り。
俺は塩の鉈で邪魔な枝葉を払い、エリは周囲の植物や動物の痕跡を鑑定して、安全な道を示してくれる。彼女は、どんな状況でも冷静で、頼もしい参謀そのものだ。
だが、そんな彼女の完璧な仮面が、突如として剥がれ落ちる瞬間が訪れた。
俺たちが湿地帯のそばを通りかかった時だった。
足元の草むらから、一匹の大きなカエルが、ぬめりとした音を立てて飛び出してきた。
次の瞬間。
「きゃあああああっ!!」
聞いたこともないような甲高い悲鳴と共に、エリが俺の背中に猛烈な勢いで飛びついてきた。
「え、ちょっ、エリ!?」
「い、今! 今そこに! 緑色で! ぬめっとしていて! こちらを見ていましたわ!!」
俺の背中にしがみついたまま、彼女は震える声で叫んでいる。その腕には、貴族令嬢とは思えないほどの力が込められていた。普段の冷静沈着な姿からは、想像もつかないほどの取り乱しようだ。
俺は目の前をのっそりと横切っていくカエルを見送り、苦笑するしかなかった。
「だ、大丈夫だ、エリ。ただのカエルだよ。もう、どこかに行ったから」
「本当ですか…? 本当にもういませんの…?」
俺がそう言うと、彼女はようやく恐る恐る顔を上げた。だが、俺にしがみついた腕の力は、まだ緩まない。
「……っ!」
その時、エリは自分が俺にぴったりと抱きついている事実に気づき、今度は別の意味で顔を真っ赤に染め上げた。
「も、申し訳ありません! は、したない…! なんという失態を…!」
彼女は弾かれたように俺から離れると、必死に衣服の乱れを直し、咳払いをして平静を装う。だが、その耳まで赤くなっているのが、俺にははっきりと見えた。
(…こいつ、カエルが死ぬほど苦手なのか)
完璧だと思っていた彼女の、意外すぎる弱点。そして、今見せた、年頃の少女らしい反応。
俺は、なんだか無性に、彼女のことが可愛らしく思えた。
気を取り直した俺たちは、再び探索を続けた。
「レオンさん、この辺りは少し、土の匂いが違います。あと…卵が腐ったような香りが混じっている気がしますわ」
道中、エリがふと足を止めて言った。俺も鼻をひくつかせたが、言われてみれば、という程度だった。
「硫黄の匂いか?火山が近いからかな」
その時は、特に気にも留めなかった。
エリの立てた仮説通り、日当たりの良い沢筋の斜面で、俺たちはついに目的の木を発見した。
背の低い木に、黄色く色づいた、レモンのような見た目の果実がたわわに実っている。
エリが駆け寄り、その一つを手に取って鑑定する。
「間違いありません!強い酸味と、爽やかな香りを持つ果実です!」
弾むような喜びの声。俺たちは顔を見合わせ、目的達成の喜びに満たされた。
収穫した果物を籠に入れ、満足して帰り道を歩いていると、先ほどエリが指摘した「硫黄の香り」が、より強くなっていることに気づいた。
「少し、寄り道してみませんか? この匂いの元が気になりますわ」
エリの知的な好奇心に、俺も同意した。俺たちは沢を少し遡ってみることにする。
進むにつれて、空気が生暖かくなり、岩の間から白い湯気がもやのように立ち上っているのが見えてきた。
そして、茂みを抜けた先で、俺たちは信じられない光景を目の当たりにした。
ごつごつとした岩盤の裂け目から、湯気を立てたお湯が、こんこんと湧き出ていたのだ。それは小さな流れとなり、近くの窪地に溜まって、ささやかな湯だまりを作っていた。
「これは…!?」
エリは驚きの声を上げ、その光景に釘付けになっている。
「レオンさん、お湯ですわ! 地面から、お湯が湧いています…!」
彼女の瞳は、未知の現象に対する驚きと、純粋な好奇心で輝いていた。
俺は、前世の記憶から、それが何であるかを即座に理解した。
「温泉だ…」
「おんせん…? なんですか、それは」
俺は興奮を抑えながら、エリに説明した。
「ああ。火山の熱で温められた地下水が、こうして地表に湧き出てくることがあるんだ。このお湯は、ただ温かいだけじゃない。色々な成分が溶け込んでいて、身体の疲れを癒やす効果があるんだよ」
その説明を聞いて、エリの表情が、驚きから、ある期待へと変わっていくのがわかった。
「体を…癒やす…? まさか、このお湯に、入れるということですか? この島で、水浴びではない、本当のお風呂に…!?」
その声は、震えていた。
これまで、体を拭う程度のことしかできなかった彼女にとって、それは信じられないほどの吉報だったのだろう。
俺はその期待に応えるように、力強く頷いた。
「ああ、入れるさ。少し熱いかもしれないから調整は必要だけどな。今度、ここをちゃんと整備して、『露天風呂』を作ろう」
「露天風呂…!」
エリは、その言葉を宝物のように口の中で繰り返し、そして、今日一番の、満開の花のような笑顔を見せた。
その笑顔が見れただけでも、この冒険は最高の成果だったと、俺は心の底から思った。
最新話までお付き合いいただき、ありがとうございます!
ふたりが冒険を通して少しずつ距離が縮まっていく様子を、特に力を入れて書きました。皆さんの心に響いていたら嬉しいです。
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