第9話:化学反応
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「もっと、綺麗にする方法があれば…」
灰汁で洗っても落ちきらなかった染みを見つめ、エリが少し残念そうに呟いた。
その言葉と、彼女の笑顔を曇らせたくないという思いが、俺の中の探究心に火をつけた。
「…待てよ。塩を、俺の魔法で分解したらどうなるだろう。汚れを落とすのに特化した、別の物質を取り出せるかもしれない」
俺の提案に、エリはぱっと顔を輝かせた。
「本当ですか!?」
「ああ、試してみる価値はある。明日、やってみよう」
その期待に応えたい一心で、翌日、俺は新たな「発明」に取り掛かった。
前世の曖昧な記憶――確か、油とアルカリ性の何かを混ぜていたはずだ。
俺は猪から取っておいた脂と、海水から【塩創造】の力で無理やり作り出した、強アルカリ性の液体を桶の中で混ぜ合わせる。
しかし、出来上がったのは、分離した油が浮いた、奇妙なゲル状の塊だけだった。
「うーん、難しいな…」
俺が首を捻ると、エリがじっと桶の中を覗き込み、そのギフトを発動させた。
「レオンさん、鑑定によれば、二つの物質の『結びつき』がとても不安定です。まるで、水と油のように反発しあっていますわ。あなたの魔力で、この二つをもっと細かいレベルで…そう、『強制的に結合』させることはできませんか?」
エリの的確な助言。それが、俺に足りなかった最後のピースだった。
「なるほど、やってみる!」
俺は再び桶に手をかざし、脂とアルカリの分子レベルで一つ一つが、手を取り合うように強く結びつくイメージを描く。
すると、ゲル状だった中身が化学反応を起こし、ゆっくりと滑らかなクリーム状に変化し、やがて固まって、乳白色の美しい固形物となった。
これが、俺たちの最初の発明品、「石鹸」の誕生だった。
早速、その性能を試す時が来た。
俺たちは汚れた衣服を桶に入れ、自作の石鹸で洗ってみる。
水に溶かした石鹸が、みるみるうちにきめ細かく泡立っていく。その泡で衣服を揉むと、染み付いていた汚れが嘘のように浮き上がり、水が黒く濁っていく。
「すごい…! まるで魔法のようですわ!」
エリは子供のようにはしゃぎ、その声は純粋な喜びに満ちていた。
その笑顔を見ているだけで、試行錯誤の苦労など、綺麗さっぱり洗い流されていくようだった。
だが、新たな問題も発生した。
綺麗になったのはいいが、漂流と潮風と汚れで脆くなっていた生地は、洗濯の物理的な力に耐えられなかったらしい。これまで以上に、破れや解れが目立ってしまっていた。
エリは、少し寂しそうに呟く。
「せっかく綺麗になっても、この服ももう限界ですわね…」
その言葉に、自分の服を見下ろす。布がない。それが、この楽園における、次なる課題だった。
俺は、前世で見たテレビ番組の記憶を必死に手繰り寄せた。
「確か…木の皮を叩いて、布みたいにする技術があったはずだ。タパ、とか言ったかな…」
俺の曖昧な呟きに、エリはぱっと顔を上げた。
「木の皮から布を!? レオンさん、それですわ!」
そのヒントを得て、エリは早速【鑑定眼】で島の木々を片っ端から鑑定し始めた。そして数時間後、彼女は一本の木の前で足を止め、興奮気味に言った。
「レオンさん、ありました! この木は、繊維が非常に長くて丈夫、かつ柔軟性に富んでいます。樹皮布を作るには、これ以上ない最高の素材ですわ!」
俺たちは協力してその木の皮を剥ぎ、海水に浸して柔らかくする。
そして、ここからが【塩創造】の真骨頂だった。俺はギフトを使い、木の繊維を傷つけることなく、繊維同士を固めている不純物だけを、繊維から剥がし、選択的に分解・除去する。これにより本来なら何日もかかる工程を数十分に短縮し、かつ非常に高品質な繊維だけを残すことに成功した。
最後は、二人で木槌を使い、繊維のシートを丁寧に、根気よく叩いていく。カン、カン、と島に響く小気味よい音。それは、俺たちの楽園に響く、文明創造の槌音だった。
そうして出来上がったのは、ごわごわした無骨な樹皮布ではなかった。
魔法の力で不純物が完全に取り除かれ、繊維の持つポテンシャルが最大限に引き出されたそれは、驚くほど滑らかで、しなやかな質感を持つ「魔法の樹皮布」とでも呼ぶべきものだった。
その布を使い、エリは持ち前の裁縫技術で、シンプルな貫頭衣のような服を二着、数日かけて作り上げた。
「レオンさん、できましたわ。どうぞ、着てみてください」
俺が新しい服に着替えると、これまでのサバイバル感あふれる姿から一変し、自分でも少し気恥ずかしくなるほど、すっきりとして見えた。エリはじっと俺の姿を見て、それからふいっと視線を逸らし、頬を微かに染めた。
「エリも、着てみてくれ」
彼女が着替えて小屋から出てきた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
ボロボロのドレスから、清潔で動きやすい服になった彼女は、健康的で自然な美しさが際立っている。夕日を浴びて輝く銀髪と、新しい生成り色の服のコントラストが、あまりにも綺麗だった。
言葉に詰まった俺は、しばらくして、なんとか声を絞り出した。
「…あ、えっと…その、似合ってる…んじゃないか?」
視線は、きっと明後日の方向を向いていたと思う。
その不器用な褒め言葉に、エリは嬉しそうに「ありがとうございます」と、花が咲くように微笑んだ。
◇
その夜。暖炉の前で、新しい服を着た俺たちは、少しだけ改まった雰囲気の中にいた。
話題は自然と、お互いの過去に及んだ。俺は書庫に引きこもっていた孤独な日々を、エリは政争に巻き込まれて全てを失った辛い記憶を、ぽつり、ぽつりと語り合った。
話しているうちに、彼女の大きな瞳から、静かに涙がこぼれ落ちた。
その涙を見て、俺はどうしていいかわからず、オロオロするばかりだった。気の利いた慰めの言葉なんて、一つも思い浮かばない。
俺はエリから視線を外し、目の前の暖炉の火を見つめた。そして、少しの間を置いてから、ボソッと、でもハッキリと言った。
「…ごめん、俺、気の利いたこと、何も言えないんだ。でも…エリがもう、そんな風に泣かなくていいように、俺、頑張るから」
「守る」なんて、格好のいい言葉は出てこなかった。
でも、それが俺にできる、精一杯の誠意だった。
俺の不器用な言葉に、エリはこぼれる涙をそっと拭い、そして、静かに、でも力強く頷いた。
「…はい」
その一言だけで、俺たちの心は通じ合った気がした。
この絶海の孤島で始まった二人の生活は、ただのサバイバルから、互いの存在そのものが心安らぐ、かけがえのない「居場所」へと、その姿を変えつつあった。
互いを想う温かさと、どう接すればいいか分からない戸惑い。その二つが入り混じった、でも確かな絆が、俺たちの間に生まれていた。
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※ご興味がある方だけお読みください笑
レオは気軽?に樹皮布を【塩創造】でつくっていますが、やっていることは分子や細胞レベルを操作するSSS級ならではの神業です。レオンは【塩創造】を発動し、除去したい不純物を構成している細胞内部の塩分濃度だけを、瞬間的に、極限まで高め、浸透圧の原理により、周囲の水分が猛烈な勢いで不純物の細胞内へと流れ込みます。これにより、細胞は内側から風船のように膨張し、最終的に破裂します。このプロセスにより、丈夫な繊維を傷つけることなく、繊維にこびりついていた不純物だけが、その結合組織を内側から破壊され、「剥がれやすい状態」にしているのです。 次にレオンは、繊維と、浮き上がった不純物の隙間に、無数の「超微細で硬い塩の結晶」を生成しています。それは、まるで目に見えない砂粒やヤスリのようなものです。彼はその無数の塩の結晶を、振動させ、動かします。これにより、浮き上がった不純物のカスは、物理的に繊維からスクラブするように「掻き出され」「洗い流され」ていきます。海水に浸しながらこの作業を行うことで、剥がれた不純物は綺麗に除去されるという流れです。もちろん1回でできるわけではなく、おぼろげな前世の記憶を頼りに何度も試行錯誤を重ねながら、たどり着いた方法となります。
お読みいただき、本当にありがとうございましたm(_ _)m
第5話のおまけイラストで着ている服が樹皮布です。
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