第1話:出来損ないのSSS級ギフト
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連載初日はとりあえず、朝昼晩合わせて7話まで更新予定です
それでは、どうぞ!
俺の人生は、たった一匙の塩から始まった。いや、正確に言えば、一匙にも満たない、指でひとつまみほどの、白くて苦い粉から。
「――達者でな、出来損ないの弟よ。せいぜい、得意の汗でも舐めて生き延びるんだな!」
遠ざかる港から響く、兄の嘲笑が耳朶にこびりついて離れない。
俺、レオン・ド・サリスは、たった今、サリス王国の第四王子という身分を剥奪され、一隻の小舟で大海原へと追放された。
――ことの発端は、三年前に遡る。
◇
三年前――― ギフトの儀。
この世界では、12歳になると創世神からギフトを授かる。そのランクは、F級からS級までが常識だった。
S級――それは、人類が到達しうるギフトの最高峰。歴史上、S級ギフトを授かった者は、例外なく戦争の英雄か、あるいは稀代の冒険者として名を残してきた。
我がサリス王国は、幸運にも三人のS級ギフト保持者に恵まれている。それも王族に、だ。
第一王子ガイウスは、あらゆる武器の性能を極限まで引き出す【武具支配】。第二王子カインは、万物を焼き尽くす獄炎を操る【劫火】。第三王子デュークは、鉄壁の結界を展開する【聖域】。
三人の兄たちは、いずれも強力無比な戦闘系S級ギフトの持ち主であり、王国の武威の象徴だった。
そんな兄たちに続き、12歳になった俺がギフトの儀に臨んだあの日。神殿を揺るがすほどの激しい光と共に、信じられない神託が下された。
「ギフト【塩創造】! ランクは……エス・エス・エス級!」
SSS級。
S級が最高位であった世界の常識を覆す、前代未聞の文字通り桁違いのランク。神官長ですら、古文書のどこにも記されていないその存在に、震えが止まらない様子だった。
一瞬の驚愕の後、神殿は熱狂に包まれた。
S級の兄三人に加え、未知のSSS級の弟。サリス王家の栄光は永遠に続くと、誰もが信じた。だが、その期待が絶望的な失望に変わるまで、そう時間はかからなかった。
儀式の後、王宮の一室で早速、俺のギフトの検証が行われた。国王である父と、王家の魔術師団が見守る中、俺は祭壇の前に立つ。
「レオンよ、魔法を使ってみよ。【塩創造】とやらで、塩を出してみるがよい」
父の言葉に、俺はこくりと頷いた。
掌を上に向けて、強く、強く念じる。
塩よ、出ろ、と。
すると、掌の中心がじわりと湿り、やがて白い粉のようなものが微かに浮き出てきた。
おお、と周囲から期待の声が上がる。
魔術師の一人が、その白い粉を指先でそっとすくい取り、ぺろり、と舐めた。
次の瞬間、彼の顔が盛大に歪む。
「……にがっ! そして、しょっぱい……これは……塩、なのか……?」
その言葉に、室内の空気が変わった。
静まり返る中、別の老魔術師がおずおずと進み出た。彼は白い絹の布で俺の額の汗をそっと拭うと、意を決したようにその布を自らの舌に当てた。そして、祭壇にある白い粉を指先につけ、再び口に運ぶ。
しばしの間、目を閉じて味を確かめていた老魔術師は、やがて目を見開き、絶望の色を浮かべて叫んだ。
「陛下! 申し上げます! この二つの味、舌に残る感触……そしてこの不快な苦味は、完全に一致いたします! これは……これは塩などではありませぬ! 第四王子殿下の……汗、そのものにございます!」
「なんだと? では、ただ汗を出しているだけということか?」
「そ、それだけではございません! 不純物が非常に多く、苦味も強い! とても食用には……。それに、生成できる量も、指でひとつまみ程度が限界かと……」
その報告を聞いた瞬間、父の顔から表情が消えた。兄ガイウスが、我慢できないといった様子で吹き出す。
「はっ!なんだそれは! SSS級の魔法が、汗を出すだけだと?傑作だな!」
その言葉が、引き金だった。期待は失望へ。称賛は嘲笑へ。
「神は我々を愚弄しておられるのか!」
兄たちの嘲笑と、大臣たちの落胆の声が、幼い俺の心に深く突き刺さった。
結局、「測定器の故障」あるいは「神の気まぐれ」として、俺のSSS級というランクは無かったことにされた。
俺に残ったのは、「SSS級のゴミギフト」という不名誉なあだ名と、兄たちの嫉妬と侮蔑が入り混じった冷たい視線だけだった。
◇
―――そして現在、俺は舟の上にいる。
三年の歳月が経ち、十五歳になった俺を待っていたのは、あまりにも理不尽な追放劇だった。近年、サリス王国は静かな危機に瀕している。
我が国の富と権威の源泉は、王都の管理するダンジョンから尽きることなく湧き出る「聖塩泉」に他ならない。
この泉から湧く水は「鹹水」と呼ばれ、海水の数倍もの塩分濃度を誇る。これを少し煮詰めるだけで、雪のように白く、雑味のない最高品質の「聖塩」が手に入るのだ。
この国の建国神話にも登場する、まさに神の恵み。海水を天日干しにするような非効率で粗悪な塩とは比べ物にならない、この聖塩の独占交易こそが、サリス王国の国庫を潤し、他国への影響力を担保してきた。
だが、その聖なる泉が、近年、明らかに枯渇し始めていた。聖塩の生産量は年々減少し、価格は高騰。食料品の保存に支障が出始め、民の間には徐々に不満と不安が渦巻き始めていたのだ。
そこに白羽の矢が立ったのが俺。民の不満の捌け口として、何の役にも立たない「出来損ないの王子」以上にうってつけの存在はいなかった。
父は「これも国のためだ」冷たく俺を断じ、兄たちは俺を嵌める策略の成功をあざ笑った。
そうして俺は、見送る者もいない港から、たった一人で大海原へと押し出された。
唇を噛みしめ、遠ざかっていく王都を眺める。
結局、俺の人生は何だったのだろう。
SSS級という、あり得ないほどの期待を背負わされ、次の瞬間には地の底に突き落とされた。誰からも必要とされず、ただ存在していることだけを許されてきた三年間。そして、最後は国のための生贄にされる。
舟は波に揺られ、やがて陸地は見えなくなった。
絶望と虚しさだけが、俺の心を支配していた。
――だが、この時、俺はまだ知らなかった。
この追放こそが、俺を縛り付けていた全ての鎖から解き放ち、そして【塩創造】という神の如き力が、その真の姿を現すための、始まりの儀式だったということを。
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