お怒りの幼馴染み(メガネボクッ娘)に押し倒されたけど健全な話
「おー、朝練おつかれ」
「ただいま? なんか変な感じ……」
そりゃコッチの台詞だ…… ローテンションな彼女、雨時林 滴とは小学校からの付き合いだが、こんなシチュエーションは初めてだ。
小、中、高と現在までずっと同じ学校に通い続けている、いわゆる腐れ縁。
幼馴染とも言うけれど、いかんせんシズクは『両親が友人関係なので嫌々ながら』という顔を隠さない。
いや直接は言ってない。
というか最近はまったく話してないっていう状態なんだよ…… 話せなかったとも言うが。
まあ彼女は周囲からすると『知的クール系女子』だから、仲がいい友人女子でもなければ声すら聞いたコトねえんじゃねえかな?
しかし幼馴染みの家だとはいえ、部活帰りの女の子を出迎えるとか状況メチャクチャで…… どう対応したら正解だったのか。
おつかれさま、の後、ここから何を話せってんだ…… 久しぶりすぎる二人きり、一体どうしたもんか?
コトの起こりは仲の良すぎる両親たちがダブルデートよろしく大人だけで出掛けてしまったせい。
留守番を頼まれたシズクと、男手として確保されたオレの二人きりの家は、挨拶後、即沈黙…… と、微妙な雰囲気になってしまった。
はあぁ…… 何が『女の子ひとりの留守番よりはいい』だよ、オレはゲーム大好きインドア派だぞ、戦力に数えないで欲しい。
対してシズクはメガネッ娘ながらアウトドア派だ。
護身術も習っていたハズだから、なぜオレが必要だと思ったのか。
そんな真逆にも思える彼女だが、昔は不思議と気が合って歩調を気にせず遊んでいたんだよな…… 今思えば、あの頃も二人きりで過ごしていたんだ。
どうやって時間を潰していたのか解らん、思い出せん。
思い出したいような、思い出したくもないような。
「ね…… 秋羅?」
シズクはオレのうしろで仁王立ちしていた。
黙ったままで手持ち無沙汰だったから、ソファに寝転び半分日課となった携帯ゲーム内の『整地作業』をしていた。
で、そっちをフィッと見れば、いつもとは違う、少しだけ慌てた顔。
たぶん見慣れてる間柄でなきゃ少し頬が赤い、くらいしか解らない差だけどな。
「なんでい、あ、ヒルメシ?」
「うん」
シズクはうなずいてすぐソファの向こうへ消えた。
他の女子に自分の名前を呼ばれたら、そりゃードッキドキモノだろう。
が、彼女に呼ばれるのはホント、家族に声をかけられたようなモンだ。
シズクにはそんな反応を返せない。
友人、その距離はもう越えてると思うんだけど、そっからがなぁ…… おや、彼女は制服のままだった。
次の大会が近いとかで休み返上の部活動かぁ、弓道部は大変だなぁ、と寝っ転がっていたオレはぐいんと勢いを付けて起きる。
そして涼やかな表情に戻ったシズクの姿を眺めた。
プリーツに乱れのひとつもないスカート。
健康的な腰付きから、それなりのフトモモを妄想するが、ここ数年見てないモノは補完できない。
上着は少し厚手のシャツなので、シズクの胸元がやや抑えられている。
さすがに普段着は見ているので、去年辺りから上着のサイズ感が増したのは知ってるんだぞ、ふふふ。
「……いやらしい」
なぜバレたし。
オレの視線はそんなに解りやすかったのか、それとも読まれていたのか?
食卓に並べられたサンドイッチやサラダ、コーヒーなどを眺めるフリもしたというのに。
咳払いでシズクに読まれてしまったらしい思考を一度リセットし、オレは食事を開始した。
「いっただっきまぁす」
「めしあがれ?」
「んお、うっま! ハムサンドの肉と野菜の比率完璧だな!」
「……そう?」
お、いつもより反応がある、テーブルの下で足をパタパタさせてるのはシズクが嬉しい時のクセだ。
そうか、このサンドイッチ、シズクが作ってくれたのか。
オレは感謝の意思を込めてしっかり味わって完食した。
十年の付き合いとなってみると、こうした細かな部分も覚えてるモノだなぁ。
ほぼ家族ぐるみの距離感だもんなぁ…… なんて、しばらくしていなかった会話は、今の軽口で思い出せた。
それにしても、とオレはあらためてシズクの表情を(隠れて)見直す。
血色の良い健康的な肌、目鼻立ちハッキリのオリエンタルな顔はハーフの父親に似たのだろう。
丸く小さな頭の真っ黒なロングヘアーはポニーテールにまとめられていて凛々しさがある。
高校に入ってからというもの、無口に拍車が掛かって本当にお人形みたいな美人になった。
部活動のせいなのか、昔は男にも見えてたのに急激に変化してしまって…… こう大人びて見えてしまうんだよ。
シズク自身も女の子扱いが増えまくって、かなり戸惑ってたんじゃねえかと思ったが…… その頃は話しかけるにも心理的な距離が開いてたんだよなぁ、昔ほど近くに居られなかった。
シズクは弓道の全国大会に出るほどの腕前だという。
『射』が上手いのと『姿』が美しいのと、両面で良いのだそうだがオレには解らない…… なんにせよ忙しいみたいだ。
そして今となって、年不相応の急成長には目のやり場に困るが、追い掛けるのも擦れ違いが多くできていない。
シズクの人気は、友人男子たちからの熱狂的支持として聞いてる。
「ふーっ、美味かった。ごちそうさま」
「おそまつさま?」
昼として出されたイロイロを平らげて…… オレには然り気無いトークスキルなんてないから、ドストレートに気になっていた話を尋ねた。
「なぁ。となりクラスの今井に告白されたって?」
「……うん」
ま、断ったってのは知ってるけどさ。
オレらは同じクラスだ、机に寝てても聞こえてくる話題だし。
ちなみに先月も、どこかの大会後に学内限らず告白倍増し、古風なラブレターももらっていたようだ。
「なんで断ったん? 今井って文武両道なイケメンだろ」
いつかは。
いつかは、シズクが誰かと付き合って。
いつかオレの前から居なくなる。
モヤッとするけど、当たり前のコトだ、とモニョる気持ちをグラスに残っていたオレンジジュースで飲み込んだ。
「……男子は、よく分からないから?」
「そりゃ話さなきゃ解るワケねえし。でも…… 一緒に居られそうかどーかは直感も大切だな」
小さく答えてくれたので、オレはシズクの気持ちも考えて話題を変えるコトにした。
付き合わなくても一緒に居られる存在のが心地いい、なんて言えないけど。
「あのさ、シズクが弓道始めたのは……」
「中学入って、すぐだよ」
「ん。なんか地元紙の取材受けてたよな? 髪を伸ばしたのもその頃だろ。それまではショートカットだったし」
シズクの変化は本当に劇的だった、それを思い出す。
それまで周りの女子と絡みもなく、オレとか男に混じって遊んでいた彼女が、急に『弓道少女』になって、付き合い悪くなった…… とても寂しかったのを覚えている。
メガネは最近になってだ。
クールでメガネッ娘で、近寄りがたいと言うか忙しそうで、実際の距離が遠く、だから幼馴染みなのに一緒には居られなかった。
最近のシズクを、オレは知らない。
「……覚えてたの?」
「そりゃぁな、上達が天才的だとかイソガシそーで、遊びに誘えなかった記憶がよみがえるぜ」
シズクはビックリして目を見開いたが、すぐ笑う…… たぶんそれは普通のヒトには解らないくらいの表情変化だけれど。
「ボク、アキラに嫌われたかと思ってた。中学から全然、しゃべらなくなったでしょ」
「そりゃあコッチのセリフだぜ」
「そんなコトない」
「いーや、しゃべんなくなったのはシズクから」
「アキラだよ」
「シズクだね」
「ボクじゃないもんアキラだもん」
そうそう、この感じ。
全然無口なんかじゃねえんだよ、シズクは。
懐かしいなぁ、この声。
変わってなかったという事実が嬉しくて、オレは軽口を続け…… テンションそのままでかまってかまわれてっていう距離を楽しんで。
「ふふ、ふはっ!」
「……なによっ、ふふ」
プッと吹き出してしまい、釣られてシズクも笑ってくれた…… いや表情筋が無反応すぎ。
その後は最近のクラスの流行り、弓道で難しいトコロって何か、オレのずっとやってるゲームの魅力とか…… 話題はポンポンと飛んで、でもふたりの時間は温かさを取り戻してきた、ように思う。
それで気が弛んでいた。
「……んなワケねーっつのになぁ。そだ、余田センパイだったか? アイツしょーこりもなく盗撮してたらし…… あっ」
「それって中学の? えっ?」
シズクを隠し撮りしていたクソヤローが居たんだ。
金持ちなのを笠に着てて、かなりヤなヤツだった。
オレはその盗撮現場を偶然見かけて、先生に告げ口したんだが、補導される際に隠しカメラまで見付かったとかでてんやわんやだった。
めっちゃ慌ただしかったな…… でもそんなのを忘れ、最近になって聞いたセンパイの名前を思い出して、口が滑った。
それは言うつもりのない、隠していたコトなのに。
「あ~…… 時効だから言うが、うん。シズクをエロい目で見てたんだその先輩。で、盗撮してたのを捕まえた」
まだ三年しか経ってないから時効でもなんでもない。
遠くからシズクを愛でているのはオレと同じだったけど、ジワジワ近寄るやり方が気に食わなかったから動いた、それだけだ。
弓道小町だなんて周囲から持て囃されていたとはいえ、まだ小さな女の子に向けての待ち伏せ、超望遠盗撮とかキモチワルイよな。
けれどそこまでなら、応援の気持ちだけで、一心不乱にカメラを向けていただけなら…… 仲間意識が芽生えていたかもなぁ。
言い掛けていたのは、他の学校に進んだそのセンパイが巫女さんの居る神社で盗撮かまして捕まったという話。
自業自得になるにしても場所考えろよな、って知った時に笑ったせいで話題に出し掛けたんだ。
オレも抜けていたが、マヌケは迷惑しか生まないな。
「ボク、それ、知らない」
「そりゃ良かった」
先生に『当人に伝わらないようできませんか』ってお願いしたからな。
エロい目で見られてた、なんて恐怖しかないだろ。
でもなー、部活の担任と校長に直訴して、話をデカくするならちゃんと警察に、話をデカくしたくないなら本人にも伝わらないように気配りして欲しい、だなんて子どもながら良く言えたモノだ。
めっちゃドラマの影響受けていたんだけどさ。
バレていなかったのが誇らしく、しかし思わずバラしてしまったという矛盾に、気づいて激しく後悔した。
「そんな顔すんなよ、終わった話なんだから」
シズクは困惑の表情を見せたが、オレは会話を終わらせすぐに食器を片付け、リビングへ戻った。
ソファーから少しだけ横顔を眺めると、うつむき気味なのとメガネが邪魔をしてまるで気持ちが解らなかった。
☆
ウトウトしていた、みたいだ。
リビングの環境が心地好すぎたな、昼寝するつもりなんてなかったのに。
「……起きた? クチゆすいできなさいよ」
「……ん~、んッ!?」
ドキッとした。
着替えたのか、シズクの服装がハーフパンツに半袖パーカーと警戒がなくなっていて、想像以上にムッチリとしたフトモモが目の前にあって、意識を奪われた……。
白い肌だけど健康的にハリがあって、歩くと弾み、柔らかさに波打っていて…… ガン見したい、がオレはシズクから目を逸らし平静を装う。
「エアコン効いてて、ちょっと寝てしまった」
「絶対ダメだよ。風邪ひくよ?」
シズクの引力に逆らうため、かなりの精神力を消費したので深々と溜め息をつきつつ勝手知ったる家の中、顔まで洗って戻ってきた。
壁時計を眺め、どれくらい寝ていたのかぼおっと考えた。
「……!」
戻ったと声を掛けようとしたのに、身体はシズクの動きにピタリと止まってしまい、声も出なかった。
さっきは注視しないように意識していた、彼女の後ろ姿を求め、見つめてしまったんだ…… オレって脚が好きなんだな、などと考えがはぐれかける。
男の子なのでッ。
本当に女らしくなってるんだもんな。
上半身はパーカーで解らないけれど、ふっくらとしてる腰、窓からの陽射しに艶めく肌、キラキラした黒髪…… どうにかなりそうな女子の全てがここにあるよう。
でもそれだけじゃなかった…… それだけで惹き付けられてなかった。
シズクの笑顔(無表情)、悩む顔(無表情)、心配する顔(無表情)、ぜんぶが、とても大切に思えてた。
オレは目が離せなくなっていたんだ。
「あ、やっぱりこっち見てる」
「な、なんだよ」
「アキラってさ? ボクのコト、エッチな視線で追いかけてたから、他のヒトの視線に気づいたんでしょう」
いや、もっと見たいのは身体じゃない、シズクの顔を見ていたいんだ…… それは、思い出したから理解できた。
オレはシズクと笑い合っての会話が、本当に楽しかったんだ。
台所からティーセットを運びながらに言われ、オレは慌てているけど…… 言われた言葉にではなく、解ってしまった心にこそドキドキしてた。
「な、ななななな、そ、っんな、コトはない、と思いますハイ」
「アキラもそういう……?」
「ち、ちがう、いま見てたのは、ただ、変わったなぁって……」
シズクの顔は本当に読み取れなかった。
どうにか後ろ姿をガン見してたコトを誤魔化そうと考えていたが、さらにからかわれてはどうにもならない。
でも、ティーセットをテーブルに置いて、オレに向き直ると彼女は……。
「っわ」
《ドサッ》
オレを押し倒したんだ。
足を掛けられたらしい、ソファーに向かって倒されてしまった。
シズクに転ばされ尻もちをついたオレの目の前に、彼女の顔がある。
近すぎる距離にドキッとして、息が止まった。
スゴく、可愛い。
白いフチのメガネの中、丸く大きな瞳がオレを見つめていた。
「……ボク怒ってるんだからね?」
「はぁ? ナニ言って……」
「何で教えてくれなかったの。さっきお母さんに連絡したら、お母さんもお父さんも知ってた。なんでなの?」
「オレから、頼ん、だし」
盗撮事件として先生から説明義務がうんぬん、かんぬんで、両親には伝えなきゃとかで…… でもまぁシズクの両親にはオレの両親から事情が伝わったらしく、とても良い笑顔で了承してくれた、んだったな。
話がトントン拍子に進むので、スッパリと忘れていたぜ。
……そして、最近シズクとの距離感が開いた原因も思い出してしまった。
「なんで、教えてくれなかったの?」
至近距離の幼馴染みは内側に感情を押し留めていて、普段の涼しげに構えた姿とのギャップもあり、しかし、メガネの奥の大きな瞳に涙があふれてきたのを見て、脳が一気に冷やされた。
「シズク……」
「あっ…… 頭ぶつけてない?」
一瞬前の口ぶりとは裏腹に、ケガがないかオレの後頭部を撫で、心配し、すぐに離れて表情を消した。
忙しいヤツだな…… でも昔のせっかちな彼女を思い出して笑ってしまう。
オレの顔に気付いたか、シズクも少し表情を弛めて、なのになんでか距離が縮まる。
また近くに彼女の存在を感じ、気まずくなりかけた時。
《チュッ……》
「……!? !? !?」
そうされて、何秒か経って頭が動き始めて、シズクが見つめている意味を知った。
さっきまでのジト目、今の『涙のキス』……そしてこちらを見続けてる表情。
「アキラのばか。ボクはその時にちゃんと、感謝したかったんだよ……」
「っごめん」
ちゃんと悲しそうに眉をひそめ、クチを歪めるその姿に思わず謝るが、シズクの言いたいコトはそれだけじゃなさそうだ。
「アキラ…… ボク、男の子とのキスは初めてなんだよ? コレって、ちゃんと気持ち、伝わってるのかな?」
正直、唇に触れた、柔らかくて温かな感触は忘れられないと思う、だけどできるならもう一度したい。
もっとしっかりと覚えておきたい。
そんな欲望で脳ミソが溶けていたからなのか、言葉が出なくなっていた。
「……なんとか言ってよ、ボク、ファーストキスだよ?」
「…… 」
言いたいコトはあるけれど、なんて言えば良い?
押し倒された状態で、もっとキスしたいって?
彼女の吐息が顔に触れ、我慢できなくなりそうだなんて悟られたくない。
オレは、やっぱり何も言えなかった。
「ばか! 女の子にそういう思わせ振りなのはダメなんだから!」
「ちょっと、待ってほしい」
ダメってなんだ?
思い出せるだけ考えても、ここまで顔を赤くしたシズクなんて見たコトがない。
また距離が縮まって、でもキスじゃない。
覆い被さったのは、シズクの瞳がオレの目を覗き込むためだった。
「ボクのコト、どう思ってるの? 実はもう、なんとも思ってなかった?」
「待って…… シズクは、とてもキレイな親友で、カワイい幼馴染み、で、だからこの、キスなんていきなりされて、混乱してる。もうちょい待って。深呼吸するから」
「あ、あっ。うん……? ふーん。ボクはアキラの親友、だったけど…… 可愛いんだ? ふーん……」
シズクはまた顔から気持ちが読み取れなくなって、いや表情が消えたワケじゃないんだけど、全然見慣れない顔をしているから。
嬉しいのか悲しいのか照れているのか解らない。
そんな姿を見て、オレの中には『怒り』が渦巻いていった…… 彼女を理解できないという自分への怒り、それと彼女自身の軽率さへ。
激しいソレによって頭が冷えた、かな。
「……ふー、うん。まずオレが言いたいコト解るか?」
「う、え?」
シズクは昔ッからせっかち過ぎる。
言いたい言葉が出ない時、思い余って行動してしまうんだった。
それがこの、何を考えているのか解らない無表情から繰り出されるため、周囲がよく混乱させられる。
「オレ相手だからって、いきなりキスとか何を考えてんだ。あまりにもチョロくて心配になるわい、このばか!」
「……ぃ!?」
軽率さをまず叱らなきゃいけないよ。
まったく、クールな雰囲気してるクセに仕方ないなあ…… 凛々しさに隠れた『恥ずかしがり』と『耳年増』で余計に暴走したんだろうけど。
「っ、ばかとはなによ!」
「ふたりきりなのに、女の子が自分からキスするとか! 自分の身体を大切にしろよ…… ヤる気満々の男子だったら今頃せっ…… いや、だから危ないってんだよ」
気が早く手の早い男だったら『同意したよね』とか言ってさらに突飛なコトをしてるにちがいない。
「な、なんでそんなに怒るの。ボクはアキラだから……」
「いーや解ってねえ」
こんなに美人なのに、そんなチョロさを持ってるなんて心配だ。
ファーストキスならなおさら、なんで『お礼』として差し出したんだ?
シズクは行動で示したつもりだろうが、オレはまだ何も…… 何も示せてない。
「まだ、そういう関係になってないだろ?」
「……あっ……!」
肩を掴んで向かい合うよう座り直す。
当たり前だが、さっきのキスはシズクにとっても覚悟を決めての行動だったろう。
だけど順番が違う、だからこそここで。
「っシズク」
「うんっ!?」
オレの視界は彼女の泣き顔、驚いた顔で埋まっている。
シズクが恥ずかしそうに目を逸らそうとするのでもう一度、名前を呼んだ。
「……キスされる前に、本当は、オレから言うべきだった。ゴメン。オレはずっとシズクが好きだ」
「……!」
彼女は無表情から一気に真っ赤っかになり、呼吸を忘れたみたいに口を開けて声にならない声で何事か呟いた。
「ずっと、ずっと好きだったから…… だから盗撮ヤローなんか怖がらせたくなかったし、シズクが言っていたみたいに、アイツと同じ視点で見ていたって思われたくなかった、というか…… オレはもうすぐ……」
オレの言葉は、覚悟して話し始めたのに尻すぼみになってしまう。
逆にシズクの声は勢いを増した。
「アキラ…… が、ボク、を……? アキラから、すっ、好きだ、なんて。初めて言ったよね。ボク初めて聞いたもん。うわあ、うわぁあっ、ボク、襲われちゃうの?」
「そんなコトしない! ……キスしたいから言ってるワケじゃねえよ」
シズクの中でキスへのハードルが下がっちまったな、こーゆーのが『危うい』って言うんだよ。
オレは、再度『順番』を強調した。
「オレは『告白』したぞ? 次はシズクの『返事』だよ」
肩を掴んでる手のひらは緊張で汗ばんで、指が震えてた。
シズクの気持ちはもう知っているけど、でも彼女も緊張しているのか、息を荒くしていた。
セミの鳴き声が妙にうるさい。
なのに、それはとても遠い。
「ボクっ…… 言ったよ……?」
「言ってねえよ? シズクは言葉じゃなく、行動したんだ」
「ううぅ。で、でも、あの、だけど…… んん……」
言葉に詰まったシズクは、目を閉じて顔を寄せた。
キスしたい気持ちに火が着いてしまいそうで、オデコに人差し指を突き付け叱る。
「だから、それをやめろって言ってるんだよ」
「あ、そぅだったね…… ふふふっ、でも、アキラはボクのこと綺麗って思ってくれてるの…… 嬉しいなぁ」
押し返した途端に笑った彼女に、嬉しそうに眉尻を下げるシズクに…… 脱力した。
でも、その笑顔を見ていると胸の中が温かくなる自分が居た。
本当に可愛いくなりやがって……。
先の行為を妄想するが、圧し殺した。
「ボクも、アキラが好き。告白嬉しかった…… だから、これから、ボクらは恋人だよね♡ ボクはアキラになら、いくらでもキスしたい。もちろんされてもイヤじゃないし、触られても、たぶんヘーキだよ?」
「さ、さわ……ッ!? ダメだ、ダメに決まってるだろ!」
シズクの勢いにオレは後退りし、トイレへ逃げ込んだ。
ただ、告白にオッケーしてもらえたのが頭の中でずうっとエコーしていて嬉しくて、体温が上がりまくってる。
オレたち、恋人に、成れたんだ。
落ち着け、落ち着け、クールに見えててちょっとドジなシズクと恋人になるんだったらもっと気を付けなきゃいけない…… ふぅ、しかし、本当にシズクはチョロくて困らせる…… 男を押し倒すとか何考えてるんだ。
リビングに戻ると、ご機嫌な感じに紅茶を淹れている彼女に…… オレはまだ『言わなきゃいけないコト』を言えていなかったな、と溜め息をついた。
☆
気まずさはあったものの、お互いの距離感を思い出してリビングのソファーに並んで座ってダベっていた。
そして夕方になり、もうすぐ帰宅するぞ、という連絡がシズクのご両親からあって、しかし彼女は不満そうに電話を終えた。
それを横で聞いていたものの『何もなかったか』という問い掛けに、彼女に押し倒されたコトを思い出してしまった。
と、オレの方にも両親からメッセージが届いた。
《ポコン☆》
『やほー☆ シズクちゃんと仲良くお留守番できたかしら☆』
『留守番を切っ掛けに仲直りできたなら、って言っていたものな』
『おとーさんソレはフラグっぽくなぁい?』
両親はこう、距離感バグったままに大人になったようなヒトたちなのでどうにもやりづらい。
嫌いじゃないんだけどな。
ってか、そっちはそっちでしゃべってろよ…… SNSでわざわざやりとりすんな。
《ポコン☆》
『あっ、でもアキラと一緒にお留守番したいって言い出したの、シズクちゃんらしーわよ☆』
『彼女から頼んだんだと。さっき聞いたんだ。嫌われてなんかないじゃないか。これはもう結婚するしかないな』
は?
ちょ、ちょっ、そういう情報をポンポン出すな。
オレはワッと浴びせられた情報を飲み込み、お茶を淹れ直すため立ち上がっていたシズクを見た。
昔は…… 元気いっぱいの『ボクッ娘』だった。
いつからこんなにカッコ良く、綺麗な女の子になっていったのだろう。
じっと見てしまって、視線がぶつかって微笑まれた。
「そっちはなんて言ってきたの?」
「は、う、っあのそっちとかわんねーよ?」
内容がアレなので彼女には見せられない、どうしよう、と一瞬の思考が加速して…… ひらめいたのは当たり障りのない返しと。
「それにしても、シズクはキレイになったよな。何がきっかけでそんなにカッコ良くなれたんだ?」
そんなシンプルな質問だった。
オレは憧れてる後輩かなんかか。
だが、彼女はそう聞かれて、ちょっと悲しそうな顔をした。
「……覚えてるかなあ。昔もさ、アキラの家族と一緒に『夏休みキャンプ』したでしょう。そのための買い出しで一緒に行動してて…… ショッピングモールで花火とか浴衣が飾られてるのを見たの」
たぶん、買い出しのが楽しみなウチの親が、必要素材の倍を確保したい堅実派のシズクの親にオレを押し付けて飛び回っていた時。
小学生も後半くらい?
「あの頃はボクもよく日焼けしてて…… アキラにはそこまで印象的じゃないと思うけど」
「いや、店員に男の子兄弟で仲良しね~とか言われた時だよな。シズクがその前に服が似合うか、とか聞いて、すぐまたケンカして……」
「あっ、覚え…… え? ふく? 和服じゃなくて?」
「えっと、甚兵衛だか作務衣を見ながら聞いてたんだよな?」
それは夏休みをイメージした展示の前で聞かれたんだ。
「シズクなら活動的なヤツのが似合うと思う、って答えた時だよな?」
それはちょっとケンカしちゃった後だったから、話すキッカケ欲しくてチラチラ見てて、シズクも同じようにオレを見ていたのを知ってちょっとホッとしたんだ。
その直後にまた取っ組み合いしてしまったけど。
「……ちがう。服、じゃなく、和服。ホントはそのとなりの、浴衣を見て聞いたの。ボクにもあのアサガオの浴衣みたいな可愛いのが似合うかな、って」
「……え"!?」
ええと?
なんだって!?
あの時の質問、質問は確か……?
『アキラは服のコトどう思う? ボクにも似合うかな?』
『シズクなら活動的なヤツのが似合うと思う』
この、服ってのが浴衣なのだとすれば。
『ねえアキラ、和服のコトどう思う? ボクにも似合うかな?』
言葉が足りてねえ、いや、オレこそちゃんと読み取ってやれてなかった。
勘違いはオレもだった。
「ごめんシズク。あの時、ちゃんと話そうと思っていたのにシズクの視線を追いかけられてなかったんだな。今なら活動的なヤツじゃなく、可愛いのが似合うと言うよ」
「……うん、ううん。またボク、短絡的だったみたいだね」
活動的なのってなんだよお、ってまたケンカになったんだが、でも彼女に掴みかかられ抱き付かれて、男の子とは違う柔らかさを見つけちまったのは…… ナイショだ。
そして、あの日のすれ違いは小さかったけど、彼女が彼女なりの道を見つけるキッカケになった。
「でもさ。活動的な服って言われて調べて、弓道の袴を見つけて。カッコ良くてさ、やってみたいな、って思えたのは間違いじゃなかったよ?」
「……そっか」
それに、その買い物の前のケンカだってかなり単純な話だ。
テストで悪い点数になったシズクとオレにゲンコツが落ちて、オレは少しだけ勉強をした。
そしてシズクは変わらず遊んでいて、次のテストでオレだけ褒められたんだ。
なのにオレからバカ呼ばわりされて、学校で泣き出して。
「……ボクね。アキラから勉強に誘われたのにやらなかった、それなのにアキラを羨んでる自分がとっても身勝手なのを思い知ったんだ。だから泣いちゃって。だから『変わりたい』と思って、自分の成長に、変化になるモノを探してたんだよ」
オレたちは随分、遠回りばかりしている。
昔を思い出し、反省して、打ち解けて。
その繰り返しだった。
「でも、もう弓道部は辞めるんだ。今日は部長に退部届けを渡したのと挨拶してきたの。最近、構えても集中できなくて…… この胸のせいもあるんだけど、一番は視力」
《ユサユサッ☆》
「ううっ、刺激的なアピールをするな、怒るぞ」
「ふふふふ、アキラこわーい。メガネは近視のせいで掛け始めたんだけど、けっこう悪くなってきちゃったし、でもボク、コンタクトは怖いというか……」
見た目クールなのにコンタクトするのが怖いとか、誰も知らないんだろうなぁ。
こんな言葉遣いで会話するのは家族とオレくらいなのだというのが独占欲を満たしてくる。
……やっぱりオレはシズクが好きなんだなぁ。
「まだまだオコチャマだな」
「うっさい。先生は体格が落ち着くまでの休部でもいいって言ってくれてた。でも他のヒトたちにも迷惑だから辞めてきたよ。オトナでしょ」
「そうだな、そうかもな?」
シズクは溜め息と共にムチッとした腰をソファに沈めた。
ボクッ娘幼馴染みはどうにも、メガネなクール系に見えてギャップが強い。
この身体に押し倒されたんだと思うとちょっと気持ちがおかしくなりそうだ。
目が合うたびに逸らすけれど、すぐとなりに座っているのでボディタッチも簡単だった。
笑顔で、肩に手を置かれて……。
オレは最後の言えなかった言葉を伝える覚悟を決めた。
「……あのなシズク。オレは、オヤジの仕事の都合で、海外に引っ越さなきゃならないんだ」
オレがシズクのプライベートに踏み込めなくなった最大の理由は、コレだった。
だから告白するなんて思わなかったし、遠距離恋愛についてなんか知らないから告白するつもりもなかった。
なのに、シズクと話してイロイロを思い出したら、止まらなかった。
自分の気持ちを話さず遠くへ離れるなんて、できなかったんだ。
「だから、告白しといてなんだけど、遠距離は……」
でも続けようとした言葉を遮って、普段より声のトーンを上げたシズク言った。
「アレッ、聞いてないの?」
その顔にあるのは驚きの感情。
不思議とそこから察してしまった。
察して、嬉しくて笑顔になる。
「……ひょっとしてさ。オレはこの家に居候させてもらえる話になってるのか?」
「うん。反対ゼロでもう部屋空けてあるよ。見る?」
……両親が黙っていたのはいつもの『茶目っ気』だろうが、シズクのご両親まで言わなかったのは少ないながらイタズラ心をくすぐられたんだろう。
……オレは上を向き自分の葛藤に『お疲れ様』と呟いた。
「もう、会えないと思って寂しく感じてた。だから告白るつもりもなかったんだ…… 本当に好きだったから。まだ居ないシズクの未来の恋人にヤキモチをやいてしまったり、な」
「泣かないでよ、ボクだって離れたくなくて、イソウロウもだけど、今回のお留守番をヨコーエンシューのつもりで提案したんだよ?」
シズクの前だから、こんな弱い部分は隠したかった。
なのに、シズクはオレのコトをずっと思ってくれていた。
そんな相手だから、オレは彼女を抱き締めた。
《ギュッ……》
「ありがとう。これからもヨロシクな。あと、なんか希望があったら言ってくれ。できる範囲で頑張る」
「んんんん。特にないよ。あっでも連絡の返信が来ないと不安になるから、あんまりゲームに熱中しないでね?」
「解った。これからはシズクファーストに生きる」
「ふふふふ、なにそれっ」
心配事が知らない内に片付いていたのは心外だけれど、オレたちの距離はもっと近づいていいらしい。
ただ耳年増な彼女の歩幅について、ご両親にも相談せねばなるまい。
「でもな。今後、押し倒すのとかキスをしようとムリヤリ迫るのは禁止だからな」
「うっ…… はい…… でもアキラが可愛い時はしていいよね。あ、するっていうのは、段階を踏むならいいんだよね? ねっ!?」
「……どんな知識溜め込んだのか知らないが、オレのリードから外れたら親御さんに説教してもらおう」
「なんでよっ、りふじん!」
とりあえず、オレの部屋にはカギを取り付けてもらおう。
二つくらい。
……おわり。
誤字報告ありがとうございますm(_ _)m☆
読んでみて次にも期待していただけたなら、いいねやブックマークをお願い致します☆
作者がハリキリます☆