原作曰く、私は悪役令嬢らしい(前)
リアーナ視点
あれは三年前、私が十七歳の時のことだ。
高熱にうなされる中で見た不思議な記憶。
それは過酷な環境に置かれたヒロインが様々な困難を乗り越え、最後は愛する人と結ばれる、そんな恋愛小説を原作とする物語の記憶だった。
タイトルすらも分からないその小説の内容を、私は夢の中で実際に体験していた。
小説の中での私は、ヒロインを苛める悪役令嬢だった。
ヒロインは義妹のビビ。
そしてヒーローはロジェ第一王子殿下だ。
たかが小説、たかが夢と思われるかもしれないけれど、あれは確かに現実だった。
小説であることは間違いないのに、それは現実として確かに存在し、私はその中で生きていた。
最初はふざけるなと思った。
なんでアイツがヒロインで、私が悪役なんだと。
苛立ち、怒り、無性に暴れ出したい衝動に駆られる。
けれど熱のせいで身体は上手く動かず、目を開けることすら難しい。
回復したら覚えていろよと思いながら、私は大人しくベッドの上で横になっていた。
そうして数日に渡って強制的に見せられた記憶は、だんだんと雲行きが怪しくなっていく。
ビビが聖女として覚醒し、私と両親によって行われてきた数々の悪行が白日の下に晒される。
どうして?
私がアイツに脅かされるなんて、おかしいでしょう。
私は悪くない。
私が悪い。
相反する思いが交錯する。
恐怖に震え、涙と鼻水で顔を汚し、私はこの後に訪れる未知の痛みに慟哭した。
拘束され、逃げ出すことも叶わない。
そして記憶の最後、プツリと意識が途絶えた後に現れたのは、地面に転がる私の首だった。
「いやああああああああああああ!!」
叫び、首を抑えながら飛び起きた。
夢から覚めたことに安堵するも、先ほどまでの恐怖が全身にべっとりと纏わりついている。
怖い。
痛い。
夢のはずなのに、私はただ見ていただけなのに。
「リアーナお嬢様、どうされました!?」
「来ないで! 今は一人にして!」
私の叫び声を聞いて駆けつけたメイドに向かって、ベッド横に飾られていた花瓶を投げつけた。
メイドは怯えた表情を浮かべて謝罪し、すぐに退室する。
怯えたメイドの表情が、ビビと重なった。
いつも汚れた体を小さく丸め、ビクビクとこちらの様子を窺っているビビ。
その姿がまた見窄らしくて、こんな人間と半分だけでも血が繋がっていると思うと許せなかった。
けれど、今の私は知っている。
ビビと私に、血の繋がりはない。
夢で見た記憶によると、どうやら私は母の不貞によってできた子らしいのだ。
不貞の相手は、はっきりとは書かれていなかったが、平民であることが匂わされていた。
自分の中に平民の血が流れていること。
ビビが聖女として覚醒し、私を断罪すること。
処刑される瞬間の恐怖と痛み。
それらは全て現実であり、今後訪れる未来だ。
夢ではない、現実なのだと、理由も根拠もないけれど私はそう確信していた。
「ビビ……ビビをなんとかしなきゃ……」
十七歳で聖女として目覚め、ビビは私を断罪する。
今のうちに殺してしまおうか。
社交の場に一度も出ていない小娘一人なんて、病死と偽って殺すことも簡単なはず。
けれど『聖女』を殺すことは、さすがの私にも躊躇われた。
聖女はまるで神の使いであるかのように、この世のものとは思えないキセキを行使する。
そんな女を殺してしまえば、何か恐ろしい罰が下るのではないかと末恐ろしかった。
それならばビビとの仲を改善し、懐柔してしまった方がずっと良い。
「大丈夫、大丈夫よ」
これ以上、苛めなければ良い。
良い姉となり、仲の良い姉妹になるのだ。
断罪されないため、処刑されないために。
……あぁ、そうか。
きっとあの夢は、神からの啓示だったのだ。
私が断罪されないよう、神が導いてくれたに違いない。
私は深呼吸し、ビビの部屋へと走り出す。
すれ違ったメイドが驚いていたが、そんなことはどうでも良い。
部屋の中へ転がり込むようにして入ると、床で丸まっていたビビが飛び起きた。
手を差し伸べ、私はできうる限りの優しい笑顔を作ってみせる。
「――ビビ、ごめんなさい。これからは心を入れ替えて、良い姉になれるよう頑張るわ」