7.義姉曰く、私は悪役令嬢を断罪するヒロインらしい(後)
陛下の下された沙汰に、義母はもはや取り繕うこともできずに叫び出した。
まるで獣のような叫び声に、神官の一人が「悪魔だ」と呟いたのが聞こえた。
そうだ、彼等はきっと、人間ではないのだ。
義母はひとしきり叫んだ後、隣に座っている父へと掴み掛かった。
「あなたが、あなたが平民の女なんかと子供を作ったから!! あなたのせいよ!! ビビアン、お前も、よくもッ……!! 汚らわしいお前をここまで育ててやったと言うのに!!」
父と私に対し、暴言を吐き続ける義母。
見かねた陛下が衛兵を呼ぼうと手を上げたが、義母を黙らせたのは父だった。
父は義母の手を振り払うと、なんとそのまま義母の頬を打ったのだ。
「汚らわしいのはお前だろう!! リアーナが俺の子ではないと、知らないとでも思ったか……!?」
父の言葉に、場が騒然となる。
義姉が父の子ではない。
それが事実であれば、またその事実を知りながら王家へ嫁がさせようとしたのならば、それは私への虐待よりも更に重い罪に問われることとなる。
義母は動揺と驚愕のあまり口をパクパクさせるのみで、何も反論できずにいる。
それはもはや肯定しているのと同じことだろう。
義姉を見れば、そんな二人には興味がないのか、静かに床を見つめていた。
特に驚いた様子もないので、このことは彼女も知っていたようだ。
もしかすると原作の一部に書かれていたのかもしれない。
私はこの事実に驚いたものの、特にどうと言うことはなかった。
もう私には関係のないことだから。
「お前達のような醜い女共に囲まれて過ごすことが、どれだけ苦痛だったか!! お前の嫌がる顔が見たくてビビアンを引き取ったが、ただただお前達の醜悪さが増しただけ…………クソッ、被害者は私だ!!」
寡黙で、義母や義姉の所業に口を出すこともなく、常に傍観するだけであった父。
幼い頃、彼に助けを求めたこともあったが、ただただ冷たい目で見下ろされ、我儘を言うなと一蹴された。
何故私を引き取ったのかと思えば、まさかそんな幼稚な理由だったとは。
予想外の展開が続き、陛下は辟易としているようだった。
片手でこめかみを押さえながらベルを鳴らし、衛兵を呼ぶ。
するとすぐに数名の衛兵達が、応接間へと駆け込んで来た。
「罪人だ。捕え、黙らせろ」
陛下の指示により、衛兵が暴れる両親を地面に叩きつける。
顔を強く地面に押し付けられ、苦しそうに呻いているけれど、衛兵の力が弱まることはなかった。
両親と違って大人しくしていた義姉は、後ろ手に縛られるだけで済んでいる。
涙の跡が色濃く残る義姉の顔には、静かな怒りが浮かんでいた。
「ビビ……どうして? 私があなたを救ってあげたのに……」
「まだですよ。お義姉様達が私の前から消えることで、やっと私は救われるんです」
「っ、ずっとこれを企んでいたの? ずっと私を騙していたの?」
「はい、そうです」
「私は……私は本気であなたの幸せを願っていたのよ!?」
「私もお義姉様の幸せを願っていましたよ」
「ふざけないで!! この裏切り者が!!」
義姉の幸せを願っていたのは本当だ。
ただしそれは、純粋な好意からではなかったけれど。
私はずっと怖かった。
いつまた暴力を振るわれるかもしれない。
もしかすると、断罪させないようにと、どこかの部屋に閉じ込められ、二度と出してもらえなくなるかもしれない。
そこで今まで以上に痛めつけられ、今度こそ本当に殺されてしまうかもしれない。
そんな恐怖をずっと抱いていた。
だから義姉の機嫌を損ねないよう媚を売り、幸せでいてくれることを願った。
殿下との恋を応援していたのも、同じ理由からだった。
「お義姉様も、私の幸せを願っていたわけではないでしょう? お義姉様が本当に願い、望んでいたのは、断罪されない未来ではないですか」
「そんなの当たり前じゃない! だって死にたくないもの、そのためならなんだってするわ!」
「そうですね。でも良かったではないですか、原作とは違う結末になって。原作では斬首されたのでしょう?」
「お前ッ……!!」
義姉は目を見開き、怒りで顔を歪めた。
私に襲い掛かろうとしたようだが、その動きを察知した衛兵により、両親と同じように地面へと叩きつけられる。
その姿を見下ろしながら、私は侯爵家に引き取られて以降、初めて安堵していた。
義姉が怒り、手を伸ばそうとも、私に届くことはない。
大丈夫。
昨日と同じように、そう自分に言い聞かせた後、 陛下へと向き直る。
「陛下、お時間をいただいてしまい申し訳ございませんでした」
「もう良いのか?」
「はい」
「そうか。では、連れて行け。……リアーナ嬢の出自に関してはまた後日、改めて調査しよう」
衛兵が引き擦るようにして、暴れる両親と義姉を連れて行く。
彼等の背中が見えなくなるまで、私は決して目を逸さなかった。
彼等と会うことはもう二度とない。
これで終わりだ。
暴力に怯えることも、機嫌を損ねないよう顔色を伺うことも、そしていつかは悪夢にうなされることも無くなるだろう。
侯爵家に引き取られて、約十年。
義姉の態度が突然豹変してからは、約三年。
彼等との地獄の日々が、ようやっと終わりを迎えたのだった――。
その後、当主のいなくなった侯爵家は、私が継ぐわけにもいかず、国へ返上されることとなった。
もともと父は義姉が嫁いだ後、彼女の従兄弟にあたる人物を養子にとり、後継者にしようと考えていたようだった。
しかし聖女への虐待に加え、王家を欺こうとした家門を残しておくことはできないと判断された。
調査の結果、義姉と父には血の繋がりがなかったのだ。
そして両親と義姉は、北の離島の中でも特に厳しいとされる労役場へ移送されて行った。
北の離島に送られた犯罪者が、長く生きられないというのは有名な話だ。
そこでどんな罰を受けているのかは明かされていないけれど、死よりも辛い罰が待っているのだとしたら……原作のように、一思いに処刑された方が彼女達としては良かったのかもしれない。
彼女達の処遇に関しては、箝口令が敷かれる予定だったが、結局は一部伏せた状態で公表された。
そうすることで、私は悲劇の聖女として持ち上げられることとなった。
私が身を寄せている教会には、連日多くの人々がキセキを求めて押し寄せている。
また、ロジェ殿下からは、改めて謝罪をいただいた。
「本当に申し訳なかった」
「……今後は一方の意見のみを聞き、物事を判断されることがないよう、どうかお願いいたします」
「あぁ、肝に銘じるよ」
「罰が下されたからと言って、それで必ずしも被害者が救われるわけではないのです」
「……うん。私は何も知らず、何も見えていなかった」
殿下は少し決まり悪そうに頬を掻いていた。
当たり前ながら、殿下と義姉の婚約は解消となっており、彼は今必死に婚約者を探しているところだ。
一国民として、彼が良き伴侶に恵まれ、良き王となり、この国をより良い方向へ導いてくれることを願うばかりである。
――そうして数年、数十年と年を重ねる中で、いつしか悪夢を見ることはなくなっていた。
それでもふとした瞬間に、あの頃のことを思い出す。
聖女となる前の私は、とにかく力を欲していた。
例え鞭を振るわれようと、寒空の下に追い出されようと、熱湯を浴びせられようと、それに負けないだけの力が欲しかったのだ。
だから私が聖女として覚醒すると言う義姉の話は、私にとって唯一の希望だった。
その一方で、義姉達を許すことのできない私が、聖女となることに自信が待てなかった。
自信がないから、いつも義姉達の顔色を伺っていた。
今振り返ってみても、あの頃の私は、自分のことばかり考えていたと思う。
でも、こうして私は聖女となった。
この力に私は救われた。
ならば次は、私が――……