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5.義姉曰く、私はヒロインらしい

十六歳の誕生日は、成人を兼ねた特別なものだ。

身内に第一王子の婚約者がいると言うことで、王族も参加する、それはそれは盛大な誕生パーティーが開かれた。


パーティーの中盤には、祈りの時間が設けられている。

神様へ成人の報告をし、成人を迎えられたことに感謝し、そして今後の更なる加護を乞うのだ。


参加者が見守る中、私は祈った。


途端、祈りのために組んだ手からみるみるうちに光が溢れ出し、会場全体を包み込んだ。

不思議と眩しくはない。

温かな安らぎを感じるそれは、誰が見ても明らかな聖女の証であった。



「聖女様……」



光がおさまった頃、誰かが呟いた。

誰かが拍手をし、誰かが歓声をあげ、歓喜と祝福の音が会場中に広がっていく。



そうして、私は聖女となった。



浮き足立つ参加者を宥めつつ、なんとかパーティーを終わらせた後は、そのまま日を跨ぐことなく王城へ向かうよう指示されている。

聖女の身を守るためにも迅速な対応が求められるのだと言っていたけれど、結局は保護という名の拘束だ。

とりあえずは私だけが城へと向かい、明日、家族や他関係者も含めて話し合いが為されるとのことだった。



「ビビ、おめでとう。私の言った通りだったでしょう? やっぱりあなたがヒロインなのよ」


「お義姉様……」



王城に向かう馬車へ乗り込む前、引きつった笑みを浮かべながら声をかけてきた義姉。

彼女はパーティーの間、聖女となった私の顔色をしきりに伺っていた。



「ねぇビビ、お願いよ」



その後に続く言葉は、言われずとも分かっている。

何度も何度も言われてきた、義姉が最も回避したいと願っている未来。


縋るようにして握られた手は、汗でじっとりと湿っていた。



「お願いだから、断罪はしないで」



義姉の思いの強さに比例して、握られた手にもぎゅっと力が込められる。

私はその手を優しく引き離し、緩く微笑んでみせた。



「きっと原作のようにはなりませんよ。……では、また明日」



曖昧な返答のまま、逃げるようにして馬車へ乗り込む。

義姉は不安そうにしていたけれど、その後ろに殿下の姿が見えたので、恐らくは彼が励ますなりなんなりすることだろう。


城に向かう馬車の中、私は先ほど義姉に握られた手を見つめていた。

感覚を確かめるように握ったり開いたりを繰り返す。


大丈夫。


そう自分に言い聞かせ、私はこれからすべきことに考えを巡らせた。









翌日、王城の中でも一等豪華な応接間にて話し合いの場が設けられた。


集められたのは家族と、国王陛下と王妃殿下、ロジェ殿下ならびに第二、第三王子殿下。

そして神官が数名と、国の重臣が数名。

大きな長テーブルを囲むようにして、一方の短辺には陛下が、もう一方の短辺には私が、長辺には王族とそれ以外が別れて座っている。


両親は私を見ると、昨日ぶりだと言うのに「会いたかったわ」だとか「体調はどうだ?」なんて言ってきた。

清々しいまでの手のひら返しと、外面の良さである。


義姉を盗み見れば、向かい合って座るロジェ殿下と微笑み合っていた。

昨日、最後に見た表情とは一転して元気そうだ。



「それでは、まずは約百年ぶりの聖女誕生に際し、僭越ながら私から祈りを捧げさせていただきたく――」



こうして始まった話し合いの内容は、聖女の歴史といった勉強じみたものから、聖女の地位や権限、今後の予定についてなど多岐に渡った。


中でもとりわけ重要なのが、今後私が身を置く場所についてだ。

このまま侯爵家で過ごすのか、王宮または教会へ移るのか。

それによって周りの対応も変わってくる。



「聖女様のご希望通りにいたします。すぐに決められなければ、それでも構いません。お心が決まるまで、私共がしっかりとお守りいたしますゆえ」



神官の中でも高位に当たるであろう方が、この話し合いの進行を務めている。

回答に猶予を与え、その(かん)に教会へと引き込むつもりなのかもしれない。

なんにせよ、私の気持ちは既に決まっていた。


私は膝の上に置いた手を強く握り締め、覚悟を決める。




「……私は今後、教会に籍を置きたいと思います。そして侯爵家とは縁を切り、侯爵家の人間が二度と私の前に現れないことを望みます」




これが私の、唯一の望みだった。


応接間に集まった人達からすると、恐らく予想外の発言だったのだろう。

しんと静まり返り、皆が呆気に取られていた。


そして、その中でいち早く反応を示したのは義母だった。



「ビ、ビビアン? 何を言ってるの? 縁を切るなんて、そんな……」


「そのままの意味です。もうこれ以上、あなた達と関わりたくないのです。縁を切り、どうか二度と私の前に現れないでください」


「っお、まえ、これまで育ててやった恩を忘れたの? お前がこうして聖女になれたのも、私達がお前を引き取り、育ててやったからでしょう! それをよくもッ……!」


「お母様! 落ち着いてください。皆様、驚かれてますわ」



周りに人がいるのも忘れ、気の短い義母はいとも簡単に怒りを露わにした。

今にも殴りかかって来そうだったが、義姉に嗜められ、ハッとしたように口を閉じている。


義母の横で、義姉は青褪めた顔で私を見ていた。


彼女の不安がありありと伝わってくる。

きっと断罪されるのではないかと不安なのだろう。

断罪され、処刑される未来に怯えているのだろう。


ただ勘違いしないで欲しいのが、私は彼女達を断罪するつもりもなければ、処刑を望んでいるわけでもない。

先ほど伝えたことが全てなのだ。


侯爵家と縁を切り、彼等と二度と会うことがないように。


それが私の唯一の望みであり、希望だった。

……例えその結果、断罪に繋がってしまおうとも。



「ビビ、本気、なの? 私達、仲良くやってたじゃない。それじゃあダメだったの……?」



目に涙を浮かべ、震える声で問いかけてくる義姉。

いつの間にか義姉の横へと移動していたロジェ殿下が、義姉の肩を抱き寄せ、支えるようにして立っていた。



「ダメに決まってるじゃないですか」



私の返答に、義姉の目が大きく見開かれる。

堪えきれなくなった涙が溢れ落ちた。



「ごめんなさいって謝れば、許されると思いましたか? 優しくすれば、償えると思いましたか?」


「ビビ……」


「許しませんよ」


「……」


「私は、あなた達を許さない」



真っ直ぐに義姉を見据え、一言一言を噛み締めるようにして吐き出した。


義姉がいつだったか言っていた「もう虐めないからね」という言葉。

もう虐めないは、少なくとも私にとっては免罪符になり得なかった。


義姉は俯き、顔を覆って泣き始める。

それをきっかけに、再度義母が立ち上がり、憤怒の表情で私に向かって手を伸ばした。

しかし、それは間に座っていた父によって阻まれてしまう。


「ビビアン、これは家族の問題だ。陛下達もいる場で話すことじゃない」


「いいえ、ここだから話せるのです。家族だけの空間でなんて話せません。部屋に閉じ込められて、何をされるか考えただけで恐ろしいですもの」


「ビビアン! なんてことを言うんだ!」


「本当のことじゃありませんか。お父様はいつも見て見ぬふりをされていましたが、本当に見えていなかったのですか? 私がされてきたこと」



侯爵家の汚点をこのような場で晒すこととなり、父は気が気でないだろう。


周りの人達は、聖女とその家族の会話に口を挟むこともできず、気まずそうに私達の様子を見守っている。

陛下ですら、怪しい雲行きを感じ取ったのか、険しい顔で口を噤んでいた。


巻き込んでしまって申し訳ないけれど、私はこの場を逃してはならないと必死だった。



「……ビビ、君はあんなにもリアーナのことを慕っていたじゃないか」



義姉を庇うように言葉を発したのは、ロジェ殿下だった。

さすがヒーローとでも言うべきか。


正義感が強く、少し頑固な一面もあるけれど、優しく、民や臣下に慕われる未来の王様(ヒーロー)

ヒロインと共に悪役令嬢を断罪するヒーロー。


だけど、現実は違った。



「ロジェ殿下には関係のないことです」


「私達は家族になるんだから無関係でもないだろう? 君達の過去についても、リアーナから聞いているよ。でも子供の頃の話じゃないか。突然妹ができて、きっとリアーナも戸惑ったんだ。十分に後悔し、反省もしているよ」


「過去の話と言うのは、一体何を聞かれたのですか?」


「それは…………君のことを、少し、苛めていたと」


「つまり、ちょっとした虐めは水に流して許せと、そう言うことでしょうか」


「……君だって分かっているだろう? リアーナがどれだけ過去の行いを悔いているのか。もう許してあげても良いじゃないか」



庭園での逢瀬時にも殿下は言っていた。

義姉はもう許されても良いのだ、と。


あの時も感じた、痛いほどの絶望と怒りが蘇る。

私の過去を、私の苦しみを、どうして他人が理解できようか。


私はゆっくりと腕を持ち上げ、空中に手をかざした。

するとその手の先、テーブルの真上に、直径三メートルほどのゆらゆらと揺れる水の玉が現れた。


それを見て、義姉の顔が恐怖に歪む。



「やめてっ!!!!」



義姉の必死の叫びも虚しく、玉はゆらゆらと映し出す。

私が、過去にされてきたことを――


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