表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

4.義姉曰く、私は聖女らしい

あの螺鈿細工を受け取ってから、数ヶ月が経った。


何の気なしに侯爵家の庭園を散歩していると、庭園の隅でたまたま二人の姿を見かけた。

義姉(あね)を抱き締める殿下と、殿下の胸で涙を流す義姉。

二人はまるで、物語の中で愛を確かめ合う恋人同士のようだった。


その日、家に殿下が来ていることすら知らなかったので、偶然見かけたと言うのは本当だ。

この頃にはもう、義姉が殿下と会う時、私を呼ぶことはなくなっていた。



「殿下は、ビビがお好きなのではないですか……?」



タイミングが良いのか悪いのか、義姉の口から聞こえてきた自分の名前。

立ち去ろうと背を向けていたけれど、思わず立ち止まり、聞き耳を立ててしまう。



「私が好きなのはリアーナ、君だけだよ」


「ですが私は、殿下に愛していただけるような人間ではないのです」


「君の過去は分かってる。それも含めて、私は君を愛してる。君は十分反省し、償ってきただろう?」


「殿下……でもっ……」


「ビビだって、あんなに君のことを慕っているじゃないか。君はもう許されて良いんだ。君が許せないと言うのなら、第一王子である私が許そう。だから、そろそろ私の気持ちを受け取ってくれると嬉しいな」



殿下の言う過去とは、義姉が私を虐げていた日々のことだろう。

殿下がそれを知っていることにも驚いたが、何よりも私の心を締め付けたのは、義姉の辛そうな表情だった。


義姉は私との過去を悔やみ、苦しんでいる。

私のせいで、苦しんでいる。


それは失恋の痛みなんかよりもずっとずっと痛く、私を絶望させた。

と同時に、私の中から殿下への恋心が完全に消え去っていくのを感じた。


これまで多くのことが原作とは変わってきているが、私のこの心境の変化も、その内の一つと言えるだろう。

義姉はずっと「ビビがヒロインで、殿下がヒーローなのよ」と言っていたけれど、そうではなかった。


もちろん変わらないもの、原作通りに進む事柄もあった。


殿下は視察に行ったし、お土産を買ってきてくれた。

侯爵家は人身売買に手を出そうとした。

私も、一時的ではあるが殿下を好きになった。

二人が婚約者になったのも、原作通りだ。

結果は変わっても、その過程は原作通りに進んでいる。


義姉はそうした原作と変わらない部分について、未来はこうあるべきという絶対的な何か……強制力のようなものが存在するのではないかと言っていた。

その強制力によって殿下と私が結ばれ、義姉は処刑される。

義姉はいまだにその可能性を捨てきれていないのだ。


だからだろう、彼女は一つの提案を持ちかけた。



「あと一年待ってはくれませんか。一年後も殿下が私を好きでいてくれたなら……その時は私、あなたの気持ちを受け入れられると思うの」


「分かった。リアーナがそれで安心できるなら、私は待つよ」



一年後、私は十六歳になる。

義姉曰く、私が聖女として覚醒する年だ。

そして、義姉が断罪される年でもある。


私は、原作通りの未来はこないと知っている。

だって当事者である私にその意思がないのだ。

仮にあったとしても、姉は原作で行われていたような悪事を働いていないので、あのような惨い罰を受けることにはならないはずだ。



……だから、どうか義姉には安心して欲しい。

怯え、恐怖することなく、心安らかに日々を過ごして欲しい。



しかし私の思いとは裏腹に、私の誕生日が近づくにつれ、義姉の表情は硬くなる一方だった。

いつもどこか緊張したような面持ちで、しきりに「私は良い姉でいられてる?」だとか「お願いだから断罪はしないでね」と言ってくる。


それが私にはたまらなく辛かった。

今にも義姉の心が決壊してしまうのではないかと、不安で仕方なかった。



「私は、お義姉様こそがロジェ殿下に相応しいと思っています」



義姉にそう伝えたのは、少しでも彼女の気持ちを楽にしたかったからだ。

私はいつも義姉の言葉に従うのみで、殿下への気持ちを明確に伝えたことはなかった。



「えっ……でもビビは殿下のことが好きなんじゃ……」


「殿下とお会いしたら、きっと好きになると仰っていましたもんね。私がこのようなことを言うのは恐れ多いのですが……そんなことはありませんでした」


「本当に?」


「はい。だからお義姉様、大丈夫です。今後も原作通りにはならないし、私がさせません」


「ビビ……」


「私が原作のようにお義姉様を断罪するなんてこと、絶対にありませんから」


「……えぇ、分かってるわ。でもね、怖いのよ。これまでどれだけ頑張っても、回避できない未来はあった。だからビビが聖女になって、その後も何事もなく過ごせたら、そこでやっと安心できると思うの」



弱々しく微笑む義姉は、私が聖女になることを確信しているようだった。

けれど彼女とは対照的に、私は自分が聖女となることに懐疑的だった。


義姉曰く、私はヒロインで、義姉は悪役令嬢で、殿下はヒーローで。

果たして本当にそうなのか。

初めてこの話を聞いた時から、ずっと思っていたことだ。


そもそも義姉が未来の記憶を持っている時点で、原作とは大きく異なっている。

これほどの違いが発生しているのであれば、私が聖女である未来も変わるかもしれない。

もしかすると義姉が聖女となる可能性だってあるのではないか。

現に今、ヒロインとヒーローの関係性も崩れてしまっているのだ。



……しかし、そんな私の()()を他所に、その時はやってきた。





十六歳の誕生日、私は聖女として覚醒したのだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ