3.義姉曰く、殿下はヒーローらしい
私とロジェ殿下が顔を合わせたのは、二人が婚約して数日後のことだった。
義姉と交流を深めるためにと、侯爵家へやって来た殿下。
私は義妹として挨拶をするだけの予定だったが、そのまま義姉に引き止められ、何故か二人と共にお茶をすることとなった。
それ以降も殿下が来るたび義姉に呼ばれ、義姉が王城に行く際も、毎回ではないが度々一緒に連れて行かれている。
三人で過ごしている時、義姉は何かと理由をつけては離席し、殿下と私を二人きりにさせようと動いていた。
私達の仲を取り持とうとしているのだと、すぐに気が付いた。
恐らく殿下も、そういった義姉の対応には気付いていることだろう。
しかし彼は嫌な顔をすることなく、いつも紳士的に私と接してくれている。
私が婚外子であることを知りながら、蔑んだり差別したりすることもなく。
「義姉と本当に仲が良いんだね」
「はい、良くしていただいております」
「リアーナはいつも君の話をしているよ。可愛くて優しい、自慢の妹なんだって」
「そんな……お義姉様が優しいからこその評価でございます」
私がいない所でも、義姉は私を殿下に売り込んでいるようだった。
しかしそれが功を奏しているかと言われれば、答えは否だ。
見たところ殿下は私に対し、何も特別な感情は持ち合わせていない。
「ねぇビビアン嬢、私達はこれから家族になるんだ。良ければもっと砕けた口調で話して欲しいな」
「ですが私は……」
婚外子であり、平民の血が流れる私にとっては、こうして殿下と会話をすることすら恐れ多いことだ。
そんな私の思いを察したのか、殿下は気にしないとでも言うように優しく笑いかけてきた。
「私もビビと呼んで良いかな?」
「お心遣いは嬉しいのですが……私と親しくすることは、殿下にとって良くないのではないでしょうか……」
「リアーナの大事な妹なら、私にとっても大事な家族だよ。家族と仲良くして何が悪いんだ」
殿下は義姉から聞いていた通りの、穏やかで誠実な方だった。
正義感があり、少し頑固な一面もあるけれど、民や臣下に慕われる未来の王様。
生涯に渡り側妃をとることなく、一途にヒロインだけを愛し続けたヒーロー。
私は、いつだったか義姉が言っていたように、彼に惹かれてしまっていた。
彼と会うたび、話すたび、まるでそれが必然であるかのように惹かれていく。
彼の隣は心地良く、笑いかけられるたび、名前を呼ばれるたび、胸が高鳴った。
正直、殿下のことが好きだと自覚した時、私の中には少なからず驕りがあったように思う。
義姉の言う通りならば、彼も私を好きになってくれるのではないかと。
けれど彼はどう見たって義姉のことが好きで、そして口では否定しながらも、義姉も殿下が好きであることは一目瞭然だった。
私は殿下への恋心には見て見ぬふりをし、ただ二人の幸せを願った。
殿下に惹かれ、恋をしようと、私の中での一番はいつだって義姉なのだ。
彼女が幸せであること、それが私にとっての幸せへと繋がるのだから――。
◇
「視察に行った地域が、螺鈿細工が有名でね。あまりにも綺麗だから二人にも是非と思って」
ある日、視察帰りの殿下から渡されたのは、貝を使った繊細な装飾が美しい小箱だった。
義姉の小箱には二匹の蝶が舞っていて、私の小箱には小花が流れるように描かれている。
小箱といえどその造りは立派なもので、手に持てばずっしりとした重みがある。
「違う……」
「え? あぁ、お揃いの方が良かったかな」
ぽつりと溢された義姉の呟きに、殿下は申し訳なさそうに眉を下げた。
義姉はハッとして、慌てて首を横に振る。
「あ、いえ、違うのですっ……! とても嬉しいですわ! まさか私にも頂けるとは思わなくて……」
そう言って、涙を浮かべながら笑ってみせる義姉。
殿下は驚きながらも「当たり前だろう?」と、義姉のことを愛し気に見つめていた。
あとで義姉から聞いた話によると、彼女の知る未来では、あの螺鈿細工は私のみが受け取っていたそうだ。
原作での殿下は、傲慢で残虐な義姉のことをひどく嫌っていた。
そのため婚約者として最低限の贈り物はするものの、視察のお土産といった必ずしも必要でないものを義姉に買ってくることはなかった。
そんな未来を知っていたからこそ、義姉は驚き、小さいながらも未来を変えられたことに、涙が出るほど喜んだのだった。
その後も義姉の知る未来と現実は、異なる道を辿っていくこととなる。
殿下は頻繁に義姉へプレゼントを贈っているし、原作では私が誘われたらしいお祭りにも義姉を誘って行っていた。
原作での侯爵家は人身売買に手を出していたと言うが、それも義姉の助言と反対によって、未然に防ぐことができていた。
そうして義姉と殿下の仲は深まり、侯爵家も悪事に手を染めることなく、原作とは違った穏やかで平和な日々が続いていった。