2.義姉曰く、義姉は悪役令嬢らしい
あの日以降、度々聞かされてきた義姉の発言によると、義姉はどうやら未来の一部が分かるらしかった。
その未来で義姉は悪役令嬢と呼ばれる存在となり、私を虐げ続け、命をも奪おうとするのだとか。
そして最後には全ての罪が暴かれ、処刑されてしまう。
一方で私は悪役令嬢と対峙するヒロインで、十六歳になると聖女として覚醒するのだと言われた。
そして覚醒後は聖女の力によって義家族を追い詰め、断罪する。
悪役とヒロイン、まるで物語の登場人物みたいだなと他人事のように思った。
義姉の語る未来には、更にもう一人の主要人物がいた。
ヒロインを支え、助けてくれるヒーローだ。
「ロジェ殿下こそが、あなたの運命の相手よ」
この国の第一王子であらせられるロジェ殿下。
もちろん会ったこともなければ、顔を見たこともない。
そんな人間が運命の相手だと言われても、ピンとこなかった。
おまけに彼はヒーローでありながら、義姉の婚約者でもあると言う。
今はまだ違うけれど、義姉の語る未来によると、そろそろ婚約者候補として名前が上がる頃らしかった。
「お義姉様の婚約者なのに、私を助けてくれるのですか?」
「私とロジェ殿下の婚約は政略的なものだから、ロジェ殿下は私のことなんて何とも思ってないのよ。後々私とは婚約破棄して、あなたと一緒に私を断罪するわ。そして最後はあなたと結ばれてハッピーエンドってわけ」
義姉の言うことは、にわかには信じられなかった。
夢でも見たのだろうかと思ったが、それで私への扱いが変わるのであれば何も言うことはない。
「でもね、私はこの未来を変えたいの。……いいえ、変えてみせるわ。ビビのことはもう絶対虐めたりしないし、ロジェ殿下ともできれば婚約しない方向で進めたい。私はロジェ殿下とビビの恋を応援してるから」
「私はロジェ殿下のこと、好きではありませんよ……?」
「まだお会いしたことないからよ。会えばきっと好きになるわ」
確信を持った義姉の物言いに、私はそんなものかと頷いた。
彼女が望むのであれば、私はそれに従うのみである。
――そしてそんな義姉の発言が現実味を帯びてきたのは、私が十四、義姉が十八の年のこと。
義姉とロジェ殿下の婚約が決まったのだ。
義姉はひどく狼狽え、嘆いていた。
手近にあった花瓶を壁に向かって投げつけ、青白い顔で頭を抱えている。
「どうして!? 目立たないよう大人しくしてたのに! やっぱり原作の流れからは逃れられないの……?」
原作と言うのは、未来の出来事が描かれた書物のようなものらしい。
その原作では、殿下の婚約者を選定する為に開かれたお茶会で、義姉は殿下に一目惚れをするらしかった。
どうしても殿下の婚約者になりたかった義姉は、両親に頼み込み、侯爵家の力を使って婚約者の座を掴み取る。
そのお茶会が、先日開催されたのだ。
原作の流れに抗いたい義姉は、お茶会ではなるべく目立たぬよう息を潜め、両親に婚約者になりたいと頼むこともしなかった。
にも関わらず、王家側から婚約の申し入れがあったのだ。
王家からの打診を断れるはずもなく、義姉とロジェ殿下の婚約はあっという間にまとまってしまった。
「こうなったら殿下に嫌われないよう気を付けなきゃ……。あと、好きな人ができたらすぐ婚約破棄してくださいってお願いしときましょう」
「お義姉様が嫌われるなんて、そんなことあり得ません。だってお義姉様はこんな私にも優しくて、頭も良くて、美人で、スタイルも抜群、センスも良いですし、それに」
「ビ、ビビ! もうっ、あなたったら褒め過ぎよ」
義姉は満更でもない顔をしていたけれど、すぐに顔を曇らせた。
「……でもね、きっとあなたとロジェ殿下が出会ったら、殿下はあなたを好きになる。二人の邪魔はしたくないの。私はあなた達の幸せを願ってるわ」
「…………私は、お義姉様の幸せを願っております」
義姉は私の言葉に驚きつつも、嬉しそうに微笑んだ。
昔の彼女からは想像もできない、優しい笑みだった。
「ねぇビビ、私は良い姉になれているかしら」
「もちろんです。いつも良くしていただいて、お義姉様には感謝しています」
「良かった。……ビビ、お願いよ。私のこと、お願いだから断罪なんてしないでね」
「分かってます。大丈夫ですよ、断罪しようなんて思うはずがありません。お約束します」
断罪された後に処刑、それが原作での義姉の最後だ。
彼女は何よりもその未来に怯えている。
なので今回、原作通りに事が進んでしまったことで、きっと不安と恐怖が増してしまったのだろう。
私は義姉を安心させるよう、何度も繰り返した。
「私はお義姉様を断罪しません。お義姉様には幸せになって欲しいと、そう心から思っています」
それは、本心から出た言葉だった。
私をあの辛い日々から救い出してくれた、優しい義姉。
義姉には幸せでいて欲しい。
幸せになって欲しい。
私は何よりも、誰よりも、お義姉様の幸せを願っている。