聖女曰く、私は王になれるらしい
ロジェ殿下視点
ビビアン嬢以外の侯爵家の人間が、北の離島へと送られた。
北の離島に送られた人間は長く生きられない、というのは有名な話だ。
どのような労役を科され、どのような罰を受けているのか。
それらは一切明かされていないが、死よりも辛い罰が待っているのだろう、と噂されている。
しかしその実態は、人体実験という名の処刑場である。
侯爵と侯爵夫人、そしてリアーナ。
三人の罪は虐待と、王家との婚姻に関わる虚偽および王位冒涜だ。
調査の結果、リアーナは、侯爵夫人と平民の男との間にできた子供であった。
平民の男は他国の貴族だと言って夫人を騙していたようだが、そんなことは言い訳にもならない。
王族は、伯爵位以上の貴族とのみ婚姻が認められている。
侯爵家の血を引かない、ましてや平民との間にできた婚外子を王家に嫁がせることはできないのだ。
それが王族に次ぐ地位や権力を与えられた聖女であれば、話は違っただろうけれど……そんなありもしない話をしても意味はない。
三人は北の離島に移送され、侯爵と侯爵夫人には生体負荷試験が、リアーナには新薬開発に向けた投薬実験がそれぞれ行われることとなっている。
これは王族と、限られた一部の人間のみが知る事実だ。
世間が知る必要はない。
もちろんビビアン嬢も、知る必要はない。
ただ会いたくないのだと訴えた、そんな彼女が彼等の顛末を知る必要はないのだ。
あの日、聖女として覚醒したビビアン嬢が見せた過去の映像は、その場にいた者達に強い衝撃を与えた。
幼い彼女が虐げられる様は、その所業をより一層残酷に見せた。
ビビアン嬢を蔑みながらも愉快そうに笑うリアーナは、同じ人間とは思えないほどに醜悪で、吐き気を催すほどであった。
私はリアーナを愛していた。
国のため民のため、彼女となら共に歩んでいけると思っていた。
今ではその想いすらも嫌悪の対象に成り下がり、簡単に手の平を返す自分にもまた嫌悪した。
私には王となる資格も素質もないのかもしれない。
そうして悩みながらも公務をこなし、新たな婚約者を探す日々が続いていた。
ビビアン嬢に再び会うことができたのは、リアーナが北の離島へ送られて暫く経ってからのことだった。
既に聖女として世間に公表され、教会でキセキを行使しているビビアン嬢。
その働きぶりは、教会関係者や民からも好評を博していると聞く。
「今日は忙しい中、時間を作ってくれてありがとう」
「いえ、むしろ教会まで足を運んでいただいてしまって……お手数をお掛けして申し訳ございません」
恭しく頭を下げるビビアン嬢を見て、苦笑が漏れる。
私が言えた立場ではないが、ついぞ彼女の心を開くことは叶わなかった。
リアーナと婚約していた頃から、彼女はずっとどこか他人行儀で、私とは一線を引いていたように思う。
そんな男から「加害者を許してやれ」と言われたのだ。
その怒りは相当なものであっただろうと、今ならば分かる。
頭を上げたビビアン嬢に代わり、次は私が頭を下げる番だった。
「改めて謝罪をさせて欲しい。本当に申し訳なかった」
「……頭を上げてください。殿下に頭を下げられるなど恐れ多いです」
「王子だろうと過ちを犯したのならば謝罪すべきだろう。ましてや君は聖女だ。場合によっては王族すらも頭を垂れる存在だよ」
そう伝えれば、今度は彼女が苦笑する。
「それなら……少々不躾な発言もお許しいただけますか?」
「もちろん」
「お願いがあるのです。今後は一方の意見のみを聞き、物事を判断されることがないよう、どうかお願いいたします」
「……あぁ、肝に銘じるよ」
すぐに『虐め』のことだと気が付いた。
「罰が下されたからと言って、それで必ずしも被害者が救われるわけではないのです」
「……うん。私は何も知らず、何も見えていなかった」
あの時、リアーナの言葉だけを聞き、信じ、ビビアン嬢に許しを強要した。
ビビアン嬢が許すことで、全て解決すると思っていた。
なんと傲慢で浅はかな考えだろうか。
きっとビビアン嬢は、今なお傷付き、苦しんでいる。
許さないと言った彼女の強い眼差しが、私の前から消えてくれと懇願する姿が、忘れられなかった。
「あと……恐れながらもう二つ、お願いがあるのですが……」
「うん? なんだい?」
己の不甲斐なさから俯いていた顔を上げれば、ビビアン嬢はジッと私を見つめていた。
見定められているかのような、心の奥深くまで見透かされているかのような、頼もしさすら感じる顔付きだった。
「私はこれからしたいことがあるのです。まだ漠然としていてハッキリとしたことは言えないのですが……傷付いた人々を救うため、聖女の力や地位、使えるものはなんだって使って、私にできる限りのことをしたいと思っています」
一体どんなことをしようとしているのか。
疑問に思いはしたが、彼女が私利私欲に走り、悪事に手を染めることはないだろう。
「そうか。もしも私にできることがあれば言ってくれ。力になるよ」
「ありがとうございます。実はそれがお願いなのです。王家の力が後押しになる、きっとそんな瞬間が来ると思います。その時、力を貸していただきたいのです。それから……」
「それから?」
「これは一国民としてのお願いです。殿下、どうか良き王となってください。正義感があって、優しく、民や臣下に慕われる王様に」
「…………」
思わず言葉に詰まる。
偏った視点で他者を判断し、傷付いた人々の気持ちを慮ることのできなかった自分が、果たして王に相応しいのか。
自分の驕りや傲慢さによって、また誰かを傷付けてしまうのではないか。
誤った判断をしてしまうのではないか。
こうして悩み、躊躇ってしまう意気地のなさも、きっと王には相応しくない。
「大丈夫です」
再び下を向いていた頭を、つんと優しく突つかれる。
突いたと言っても、ほとんど触れるようなものだったが。
その触れられた部分から、じわりと暖かな何かが全身を駆け巡った。
何かはすぐに霧散したけれど、なんだか全身の疲れが取れ、体が軽くなった気がする。
「簡易的な治癒のキセキです。慢性的な疲労や体の怠さを取って、気持ちを安らげてくれる効果があります」
「す、凄いな……これがキセキか……」
「少しは落ち着きましたか?」
「あぁ、ありがとう」
「これからも何かあれば仰ってください。助けて貰うのですから、私も何かお返ししなければ」
ビビアン嬢はニッと口端を上げて笑う。
先ほどから彼女が見せる表情は、いずれも初めて見るものだった。
リアーナの横で、決して主張することなく、いつも身を潜めるようにして佇んでいたビビアン嬢。
快活なリアーナと違い、大人しい子なのだろうと思っていた。
けれどあれはリアーナの気分を害さぬよう彼女なりに考えた、己の身を護る術だったのだろう。
「殿下、私の力を利用してください。その代わり私も王家の力を利用させていただきます」
「分かった。……君の言う良き王にも、なれるよう頑張るよ」
「大丈夫です。殿下ならなれます。聖女が言うのですから、少しは説得力があるでしょう?」
「ふふっ、そうだね。何よりも心強い味方だ」
「私は聖女として、殿下は王として、共に頑張りましょう。私達、きっと良い関係が築けると思うんです」
楽しげに目を細め、ビビアン嬢は自信満々に笑う。
その姿に、何故だか妙に胸が締め付けられた。
ずっと見失っていた大切なものを、やっと見つけた気がした。
同時にそれは、決して手に入れることはできないのだという喪失感があった。
ほんの一瞬、彼女と歩む別の未来が見えた気がしたけれど、それもすぐに消え去った。
その後の彼女は、宣言通りに聖女と王家の力を存分に利用しながら、あらゆる偉業を成し遂げていった。
聖女ひいては教会の活躍を良く思わない層や、反発する者もいたが、それらは粛々と取り締まり、是正していった。
私は王として、彼女は聖女として。
国のため民のため、これからも共に最善を尽くしていく。
まるで戦友のような存在である彼女との付き合いは、きっとこれから先も長く続いていくことだろう。
そしていつの日か彼女に聞いてみたい。
私は『良き王』になれていたか、と。
リアーナに与えられていた食事には、少量の毒が混ぜられていたり、睡眠薬が混ぜられていたりと、彼女が気付かぬうちに色々と検証されていました。
なかなかに暗い、人によってはキツいと感じられてしまう番外編だったかなと心配に思いつつ……
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




