聞きたくなかった?
「……ほぉ、なるほど。まあ、文化祭の定番ではありますけども、それにしても……ふふっ、今からもう楽しみですね、奏良先輩のメイド姿」
「……その、白河さん。こんなことを申すのも大変気が引けるのですが……その、出来ればお越しにならないでいただけると」
「はい? いえ絶対に行きますよ? ちゃんと愛情を込めてオムライスに魔法をかけていただきますので。おいしくなあれ、ぴえん、ぴえん、ぱおんと」
「おいしくなるのそれ!?」
その後、ややあってそんなやり取りを交わす僕ら。いやおいしくなるのそれ!? なんかしょっぱくなりそうですけど!? あと、まだオムライスが出ると決まったわけでは……まあ、出るだろうけど。
……まあ、それはともあれ――今、彼女が言ったように僕の所属する二年B組はメイド喫茶をすることになって……そして、何故か僕がメイドさんとして接客をすることになって……うん、どうしてこうなった?
「まあ、そう不安がらずとも宜しいかと。何度も申し上げているように、先輩は類稀なる美少年――女装をすれば、間違いなく類稀なる美少女になるはずですので。それに、私もいつか一度は女装をしていただこうと計画していたのでちょうどいい機会かなと」
「……そう、でしょうか……え?」
すると、何とも楽しそうにそんなことを言う後輩の美少女。いや、僕が美少女になるとは思えないけど、それはさて措き……え、そんな計画してたの? ……うん、聞きたくなかった。
……ただ、それはともあれ――
「……ですが、白河さん。女装の件を除いても、やはり不安はありまして。こう見えて実は僕、接客自体が相当に苦手でして。なので、正直のところ調理の方が良かったなあと」
「いや、こう見えても何も見たまんま苦手そうですけども。なんで意外っぽく言ったんですか。……ですが、仰ることは理解できます。先輩、とても料理がお上手ですしね。なので、そちらで貢献したいと思うのは至極自然なことでしょう」
「……あ、ありがとうございます……」
そう言うと、穏やかに微笑みそう言ってくれる白河さん。こうして褒めてもらえるのは初めてではない――と言うか、いつも言ってくれるんだけど……でも、何度褒めてもらえてもやっぱり嬉しいもので。
……ところで、それはそれとして――
「……あの、奏良せ――」
「……あの、白河さん。その、お時間があったらで良いのですが……もし良ければ、一緒に回りませんか? 文化祭」
「…………へっ?」
そう、躊躇いつつ尋ねてみる。申し訳なくも、彼女の言葉に被さる形で。……その、とにかく言い切ってしまいたくてつい……うん、ちゃんと後で聞こう。
……ただ、それはそうと……うん、我ながら何とも情けない。彼女はいつもサラッと誘ってくれるのに、僕ときたら何ともたどたどしく――
「……あ、その……はい、もちろんです。その……ありがとうございます、先輩」
「……へっ? あっ、いえ……」
すると、ややあって返事をくれる白河さん。そして、そんな彼女に思わず呆気に取られる僕。とは言え、返事自体が意外だったわけではなく。思い上がっているつもりはないけど……それでも、これまでに育んできた僕らの仲を考慮すれば、何かしら事情がなければきっと承諾してくれるとは思っていた。だから、返事自体は意外ではないのだけど、意外なのは彼女の反応――さっと顔を逸らし、珍しくもたどたどしい口調で答えが返ってきたことで。てっきり、たどたどしくお誘いする僕に悪戯っぽく笑って答えるものかと――
「……ふふっ」
「……へっ?」
「いえ、何でも。それでは、当日を心待ちにしていますね、先輩」
「……はい、白河さん。こちらこそ」
すると、再びこちらを向き告げる白河さん。仄かに頬を染めた、パッと花の咲くような笑顔で。……うん、良かった。