6.
駅で『人形』を見つけることは叶わなかったため、二人の最寄り駅である九井駅に戻ることになった。
結局何も出来なかった美凪を自宅に送り届け、とっぷりと陽の暮れた暗い帰路。スマホが震えて、樫木の名前が表示されている。
「どうしたんですか先生」
着信に出ると、音質の悪い樫木の声が聞こえる。
『仕事だよ』
気の抜けた笑みを浮かべていた梓は、その言葉にすぐ表情が引き締まる。
「場所は?」
『大野町の商店街。南口から入って三つ目の右の通り』
急いでワイヤレスイヤホンを取り出し、接続して耳に入れる。スマホをカバンに放り込むと、梓は走り出した。
『時間はこれから三分後。梓くんが到着するには、あと何分必要かな?』
「二分で着くよう近道するんで」
およそ跳躍では届きそうもないブロック塀に簡単に飛び乗り、その上をまるで道のように駆けていく。道を飛び越えてブロック塀へ飛び移り、まるで猫のようにしなやかに走る姿を、誰も見ることはない。
周囲を交通規制されているかのように、彼の行く方向には人がいない。夜になったからというだけでは、この住宅街を誰も歩いていないのはおかしい。仕事終わりに帰宅する人間がいるはずの時間帯なのにも関わらず、不自然に思えるほど出歩いている人間がいないのだ。
その状況を好機と見るや、梓は民家の屋根に飛び移り、屋根伝いに指定された場所へ一直線に向かい始める。滑り落ちることなく、ブロック塀以上に距離のある屋根同士を飛び移っていく姿は、あまりに現実離れしていた。
「先生、少しおかしい。人払いした?」
『いや、今回は急だし、僕はまだ何も手を下していない。十中八九、もう呪っているんだろう』
瓦を蹴って向かいの屋根に辿り着き、その視界には寂れた商店街が映った。一分ほどで到着することが出来るだろうが、悪い知らせは耳に直接届けられた。
『梓くん、予定変更。ターゲットが動き出した』
その言葉に彼の足は瓦を砕くほど強く蹴り出され、数百メートルあったはずの距離は身を切る風の音と共にゼロになった。商店街の入り口に着地すると、すぐに視線を路地に向ける。やはり誰もおらず、街灯や店の灯りが点いたまま放置されている異常さが恐怖を募らせる。
「三つ目?」
『右の通りだよ』
確認の目的だったため、既に足はそちらへ向かっていた。街灯が頼りなく、他の通りより薄暗いそこに迷いなく駆けていくと、目的のものを見つけた。
「始めます」
『気をつけて』