2.
「あいつにそろそろいい加減にしろって言ってもらいたいんだけど」
だだっ広いキッチンで食器を洗いながら、梓は呆れ気味に漏らす。
隣で受け取ってクロスで拭き上げる美凪は、苦笑いを浮かべた後軽い溜め息を吐く。
「ごめんなさい先輩。まさか三週連続、七回飼い猫脱走に付き合わせる羽目になるのは私も想定外でした」
美凪が謝罪するのは、当然だが理由がある。
彼女のクラスメイト加藤の自宅で飼っている猫が、先日から脱走を繰り返しているのだ。今日に限っては、ヒトナリ相談所へ向かう道中で確保し、依頼のために飛び込んできた加藤にそのまま引き渡すというタイムアタック記録を叩き出した。
「あ、じゃあ明日迎えに来る時、ちょっと教室で話しましょ。カトちゃんも梓先輩と話したいって言ってたし」
「よし、二人でクレーム入れるぞ」
洗い物が終わり、タオルで手を拭いた梓はそのまま美凪へ手渡す。受け取って拭くと、タオルホルダーへ掛け直す。
「猫探しから人探し、って謳ってるけどさすがに猫探ししかしてないですからね私たち。もう神社に探しに行くのは勘弁してほしいです」
キッチンから廊下に出ると、踏み心地のいい絨毯に切り替わる。
洋館を囲む塀は、出入り口は一ヶ所しかない。必然インターホンもそこにしかなく、誰が来たのかを確認するにはそこを見れば一発になる。そして洋館の廊下にある窓の全ては、その出入り口を絶対に見ることが出来る。
「あれ? 依頼人さん?」
先に気付いたのは美凪だった。出入り口を右往左往するスーツ姿の男性が目に入り、中央の階段へ向かおうとしていた足を止めた。
梓もその声で出入り口にある門を見やる。同様の人物を確認すると、美凪と目を合わせる。頭一つ分差があるため見下ろすことになり、美凪の上目遣いを直接受けるが怯む様子はない。
相馬美凪には悪癖がある。自身の容姿を自覚しているから、自分より背の高い相手にはねだるような上目遣いを見せる。そもそもの上背が一五〇センチであり、確実に自分の方が低い相手ばかりになる。誰もがどぎまぎすることを分かっているから、その反応が見たくてやっているのだ。
「声かけてみるか?」
だがこれが通じないことは、ここでアルバイトを共にして一年が経つので理解している。
「先輩が行っちゃうとびっくりさせちゃいますよ?」
「そんな強面じゃねーよ俺」
美凪はいたずらに冗談を飛ばし、梓は鼻で笑いながら苦笑で返す。
接客自体があまり得意ではないことを分かっているため、美凪は敢えて話題を振ってから引き受けることにした。そうすることで、目に見えないぐらいの薄い徳をじわじわと積み、一気に梓に返させる魂胆だ。
一方で梓も得手不得手を分かっているため、美凪に任せていいことだと思うことは手放しで頼り続けている。互いに分かりながら、コミュニケーションの中で遊ぶだけの余裕があるのだ。
「じゃあ私、声かけてきますね。先輩は先生を起こしてください」
「やっぱ寝てるよな、こんだけ静かだと……階段引きずり下ろして無理くり起こすか」
邪悪な考えを膨らませながら、梓は美凪と分かれる。