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こちらヒトナリ相談所  作者: 多希やなぎ
Case.238 July 27「図書館」
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11.

周辺の再開発に伴い、大学のキャンパスから少し離れた住宅街に乱立するマンションたち。その一棟、六階建ての一室で今回の事件は起こった。


「さすがに現場検証が進まねぇからな。徹夜で糸は回収させてもらってある。動きやすくなった分、色々と分かったこともある」


矢沢の隣を歩くことで、捜査に関わる人物だとすぐに現場に認識してもらえる。一介の高校生が本来足を踏み入れることが出来ない場所に、梓と美凪は何の身分証も提示することなく訪れることが出来た。


「だから、何でお前はついてきてるんだよ」


「先生からの指示です。色々と写真撮ってきてって頼まれたんですよ」


およそ高校生が手にすることはない一眼レフカメラを携え、美凪は少しだけ気疲れしているように眉尻を下げる。


「梓先輩、こういうのあんまり得意じゃないだろうって」


「……まぁ、確かに得意じゃない」


必要最小限、生活に必要な洗濯機や炊飯器、最近では相談所の食洗器も使えるようになってきた。しかし梓は、あまり機械というものが得意ではない。


スマホは通話とチャットアプリを使える程度で、その他の操作など触ったことはなく、パソコンはローマ字入力が出来るだけで、インストールされているプログラムの扱い方などてんで理解していない。


程々に機械音痴だという自負はある。たまに使う無線イヤホンでさえ、自動接続してもらえれば本体のボタン操作をすることがようやくだ。


「頻繁に使ってればさすがに覚えるんだけどな。あと、力加減が分からない。実際、一台は指だけで半分むしったし」


「…………だから先生、これは梓先輩に渡すなって言ってたんだ」


梓のことを知っているからこそ、自分の手の中にあるカメラを大事に握りしめる。何故なら相談所を出発する直前、このカメラとレンズの値段の合計が七桁に及ぶことを耳打ちされたからだ。


どうしてそんなものを私に託すのか、という抗議は残念ながら、樫木の笑顔に流されてしまったが。


「ほら、これ付けな」


マスクに手袋、口元にゴムのついたビニールを数枚手渡される。


「暑いだろうが、現場保存には必要なんでな」


髪や唾液の飛散を防ぐため、また足元を覆って極力現場以外のものを落とさないようにするための装備だ。装着が正しいことを矢沢と、現場の警察官から確認してもらってから、ようやく二人はその敷居を跨いだ。


写真で見た時の位置関係として、廊下を抜けて正面にあるワンルームの窓に、彼女の遺体は糸に巻かれて吊り下がっていた。件の糸が取り除かれているおかげで、一室が趣味のものに溢れているのが見えた。


「水槽……でも、部屋は濡れてないんですね」


七桁円の重みを感じながら、美凪は砕けた水槽を写真に収める。メタルラックに置かれたそれは、破片を室内に散乱させていた。


「そうだな。それは魚を飼ってたわけじゃない」


矢沢が室内の一画を指差す。その棚には小さなプラスチックケースがいくつもあり、中には土が敷かれていた。


「どうにも、彼女は蜘蛛を飼ってたらしい」


プラスチックケースの中身はコオロギなどの虫であり、それらを餌にしていた、彼女が主として飼っていた蜘蛛の水槽が、室内の破片として散っているらしい。


「襲われたわけじゃないんですか?」


室内に踏み込み、見た画像を思い出しながら辺りを見回す梓の問いに、矢沢は溜め息を吐きながら首を横に振った。


粉々に砕けた水槽のガラス片たちを見るに、飼っていたらしい蜘蛛はここからいなくなっている。その行方など、今は些末な問題だ。


「残念ながらな。だが、どうやって一人であんな風に出来るのかも分からんし、そもそもまだ死因が分かってないんだ」


「……俺ら、全然分かんないんですけど……解剖ってそんなすぐ分かるものなんですか?」


司法解剖は、事件性の疑われる遺体の死因を判明させるためのもの。実際長くとも五時間程度で終わるが、現在事件発覚から丸一日が経過している。


「一日かかることはないんだがなぁ……なにせ、普通のご遺体じゃなかったもんでよ」


故に、ヒトナリ相談所へ捜査協力依頼がかかっているのだ。


「ご遺体が綺麗だった、って話は最初にしたよな」


依頼に来た矢沢が言ったことであり、あまり結びつかない言葉だったのでしっかりと覚えている。


「腰から下がまるで人魚みたいになってたってのは聞いてるよな。でも外見が人魚みたいになってただけで、腰から上の胴体はそれどころじゃなかったんだとよ」


腹腔。胸腔。体幹は臓器を詰め込むための空洞が存在する。それら腹腔壁、胸腔壁をその鱗が内側から覆っており、メスが役に立たない結果解剖が進まないとのこと。


説明を受けて、美凪は想像してしまい顔を青くする。それでも倒れないのは、今やるべきことを彼女自身が理解しているからだ。


「おっと悪い、電話だ。ある程度撮ったらちょっと待ってろ」


着信を告げるスマホを取り出すと、部屋の入口でそのまま通話を続ける。梓たちが万が一現場のものを動かしてしまわないよう、監視の意味があるのだろう。


幸い通話はすぐに終わり、手袋のまま矢沢はそのまま操作を続けた。


「言ってたそばから検死が終わったそうだ」


送られてきた内容をうんうんと吟味しつつ、必要な言葉を口にしていった。


「死因は多臓器不全。なんでも、体の中の臓器全部が鱗に覆われて、動かなくなったらしい。普通は病気でじっくりそうなるそうだが、今回の場合は一瞬でそんなことが起こっての即死だろうと」


こみ上げてくる美凪の吐き気は、いつの間にかそばに来て背中に手を当ててくれている梓のおかげで幾分か和らぐ。


「なぁるほど、一番大事なことが分かった。こりゃ相談所を真っ先に頼って正解だったな」


矢沢の意味深な言葉に、梓はすぐに察して眉間に皺を寄せた。


「胃の中から、『種』の破片が見つかったそうだ」

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