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こちらヒトナリ相談所  作者: 多希やなぎ
Case.238 July 27「図書館」
43/45

10.

「なるほど、人魚の伝承を僕たちも調べてみるべきと」


ヒトナリ相談所に戻り、『図書館』から聞いたことを掻い摘んで話した。その言葉を受けている樫木の顔がにやついているのを見て、梓はコンビニに向かう直前よりも深く溜め息を落とす。


「先生、謀りましたね?」


その視線に、笑顔だけ返した。舌打ちをしながら頭を掻くと、ソファに乱暴に腰かけ直して天井を見上げる。


「……えっと、『図書館』さんに先輩が呼ばれてたのを、隠して行かせたってことですか?」


「さて、どうでしょうか」


これ以上の問答はするつもりがないらしく、樫木は手元のファイルをめくり始めた。


「人魚の伝承を調べるなら、市立図書館に伺うのもいいと思いますが……梓くんは手っ取り早い場所を考えていそうですね?」


今回の依頼。樫木はあまり積極的な様子を見せない。その意図を、梓はなんとなく理解できていた。


「事件現場……丸山さんの部屋が、一番資料があると思ってます」


相談所のバイトとして約二年。任せてくる依頼が増えてきて、警察からの依頼にも関わらせてもらうことになった。要所要所の判断力が身についているか、考察力が培われているのかを試されている、と梓は今感じている。


「矢沢さんに相談したいんですけど、大丈夫ですか?」


梓の提案を聞いていたかのように、樫木のスマホが着信を知らせる。失礼、と挟んで通話を開始した。


「えぇ……なるほど、そうですか……でしたら、梓くんと直接話してもらってもいいですか?」


数分話した後、梓へとスマホを差し出してきた。首を傾げながらも受け取ると、スマホを耳に当てる。


「もしもし、かわりました」


『悪いな梓。現場に入りたいってのを樫木から聞いて、一応お前さんときちんと話しておくべきかと思ってな』


名前を出した矢沢邦弘から、すぐに話す機会が来るとは想定していなかった。樫木が、梓の提案を予期していたとしか思えないタイミングだったが、あくまで矢沢からの着信であり、そういった操作をしていたわけではない。おそらく、と付け足さなければならないが。


『相談所を手伝うなら、俺たち警察からの依頼もこれから深く関わっていくからな。まあ俺たち大人からの餞別と思ってくれ』


彼が何を言いたいのか、梓はいまいち把握できない。


『いずれ血生臭い現場にも足を入れる。梓は特に、その臭いってのを知ってるだろ。あれは、一度嗅いだら鼻の奥にこびりついて、忘れた頃に思い出すからな』


吐き出すような苦しげな声に、梓は小さく「はい」と返した。


両親が殺されたあの日。樫木だけでなく、矢沢とも関わることになった。気にかけてもらっているのだと分かる、不器用ながらも彼の優しさが端々から滲んでいた。


『でもな、忘れちまっていいんだ。血なんてもんは本来内側にあるもんだ。なら、外に出るのは異常なんだよ。その臭いを事あるごとに思い出すってのは、相応しくないんだよ。それは、お前さんだけじゃなく樫木にも言えることだ』


つんと刺す感覚が、鼻の奥にあった。まだ自分が子供だと言われていることと、そう心配してくれている大人がいることを痛感するせいで、なにかがこぼれそうになる。


『梓、お前さんはまだ子供でいいんだ。成人式済ませてから、大人になろうって努力をしな。今やることじゃあなんだから』


ゆっくりと呼吸を二度して、梓は一度頷いた。


「ありがとうございます。そうすることにします。矢沢さんからしたら俺がまだ子供だってことを忘れないように、しっかり調べていきます」


赤の他人だ、というのに、矢沢はしっかりと伝えてくる。梓はそれに嬉しそうに返しながら、その言葉を返した。


「先輩、大丈夫です?」


当然のように隣に座っている美凪は、通話を切った梓に尋ねる。だが梓は肩を竦め、美凪から視線を逸らそうとした。


「ねぇ先輩。泣きそうになってません?」


「別に。ほら、話進めるぞ」


スマホを樫木へ返し、聞いた話を伝えていく。


「とりあえず、明日なら矢沢さんが立ち会って現場に入れてくれるらしい。でも、条件として一つ提案された」


梓の視線は、樫木へと向けられた。


「先生は、現場に入っちゃダメらしいです」


それはとても鋭く、心底軽蔑していた。


「……先生、一体何やったんです?」


先程までの空気はどこへやら。樫木は笑顔を張り付けるが、追及の瞳からは逃れられない。観念して、自分の悪行を白状する。


「現場保存を忘れ、様々なものを素手で触り散らかした挙句追い出されました」


あまりの酷さに、二人は口をあんぐりとしてしまう。


「いくら私でも、ドラマで見たりして現場保存が大事ってことは分かりますよ……」


美凪がつい指摘してしまうほどであり、事の重大さを知らしめる。


「えぇ、それはもうしっかりと矢沢くんに怒られたので身に染みていますよ」


本当に身に染みてくれているのかは怪しいものだが、矢沢の要求通り樫木は連れず、現場へと翌日足を運んだ。


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