1.
原幸次郎は、ひどく疲れていた。
今月の勤務が八割ほど消化され、残業時間は既に明記できない状態になっている。急病人の多発により、毎日残業と休日出勤の連続。
全てのしわ寄せを受けていた今までが、ようやく今日片付いたのだ。積み上げ続けた疲労が、この帰路で一気に噴き出している。
先月ぶりの午後八時過ぎに帰宅している事実に、涙腺が緩んで視界がじわりと歪むほどだ。
最寄り駅に降り、一ヶ月ぶりの休日が明日に控えていることに浮足立つ。どうせなら、少し高めのものをチェーン店で買って帰り、ビールで一杯やって昼過ぎまで眠ってやろうじゃないか。
プランが決まったところで、人通りの多い駅前をキョロキョロと見渡す。
再開発事業で発展著しい駅周辺。さて何か手頃な店はどこに出来たのだろうか。こうなれば、胃もたれしようが知ったこっちゃないのだ、肉料理や揚げ物に手を出したいという欲望が顔を出す。
東口側へ行こう。人混みに従いながらそちらへ向かう。
「え?」
そんな声と共に足が止まる。背後にいた人間がぶつかってくるが、どうやっても足が進まない。原を避けて、人混みは割れてまた戻る。
人々の舌打ちなど耳に入らず、肩にはやはり絶えず人がぶつかってきた。
それでも原の意識は、一点に注がれていた。
人混みの中で、上背が頭抜けているものはひどく目立つ。
それを目にしてしまったとしても、「あぁ背が高いな」だけで終わるものだ。
しかし原は、それを凝視して動けなくなるほどに驚いている。
目測約二メートルはあるそれは、顔のない『人形』だった。
服屋の店員がマネキンを運んでいるのではなく、それほどの大きさの『人形』が立っていて、まるで人間のように歩いているのだ。
周囲の人間はそれを気にせず、存在していることに気付いてすらいないようだ。
人混みに流され、『人形』はいつの間にか姿を消していた。
果たして今見たものは幻なのか。
自身の疲労が極限に達していることを痛感しているが故に、再び歩き出すのにさほど時間を要さなかった。