1.
再開発の進む九井市。だが一度住宅区を抜ければ、うっそうと茂る山がある。道は整備されていて、その低山の頂上へと向かうための二車線道路が通っている。
それでも、ここに人はあまり寄り付かない。
この頂上には、低山の権利を持っている者が住んでいるという噂がある。事実、道路の先には古びた屋敷が建っている。
住宅街には、似合わない大きな洋館が建っているが、山にあるのはその逆。時代劇の様相そのままの長屋門を誇り、広大な庭と武家屋敷がある。
洋館に足を運ぶ人間は非常に多いが、武家屋敷には道程が険しいのだ。ましてやヒトナリ相談所のような役目を持っているわけでもないため、訪れるべき人間がおらずどんな人物が住んでいるのかは知られていない。
だが、住人を見たことがないというのに、共通して知っていることがある。
とても長い黒髪の、陰のある美女が住んでいるのだと。
近年の異常気象により、夕立というにはあまりにも強い雨脚に見舞われることが増えた。
この夜、流星群が見られる。翌日の仕事は有給休暇を提出し、今日に関しては午後休にしておいた。低山でありながらも、再開発の進む都市部側から離れ、拓けたベストポジションもあることを知っており、天気にも恵まれるとの予報を受けて、機材をありったけ担いできたというのにこの仕打ちである。
出かける直前で雲行きが怪しいことに気付き、防水バッグにしておいてよかった。おかげで自分が雨を凌ぐための、傘や雨合羽を用意してくるのを忘れてしまったが。
濡れ鼠となった今、諦めて浴び続けるのもいいが雨宿りをしておかなければ、いくら防水バッグとはいえ機材が心配だ。
錆びて頼りないガードレールを乗り越えれば、森に入って木々で程々に凌げるだろう。さて乗り越えよう、とした時。
「そちらに入れば、不法侵入となりますよ?」
突然背後から声をかけられ、既に雨に濡れているというのに、冷や水をかぶったような寒気が一気に押し寄せた。
雨音にかき消されそうな、細い女の声だった。
この後に訪れる夜を先に持ってきたような、何の飾りもない黒い雨傘。夏だというのに、陽を嫌う長袖のロングワンピースも、雨傘と同様に黒。
「雨宿りぐらいなら、うちの軒先をお使いください」
この男が言葉を失っているのは、見知らぬ女から声をかけられたからではない。
目を奪われてしまうほどの美女だったせいだ。
「タオルぐらいは差し上げます」
ついてこい、と女は自身の所有する屋敷へと振り返る。雨傘も、装いも、黒に統一されていたせいで気付かなかった。膝裏まで伸びた長い髪が、そのどちらよりも黒いのだと。
血が通っていないと思えるほどに色白な肌と、切れ長の瞳が怪しく招く。
夕立に降られているから、この女がこれから夜を連れてくる。そんな錯覚を覚えてしまった。




