6.
「なら、全部調べてしまえばいいじゃないですか」
ロックグラスにウイスキーを注ぎながら、樫木は美凪と同じことを簡単に言ってみせる。
ちなみにグラスを使っての飲酒は、樫木が趣味で呑む時のお決まりの行為だ。瓶から直接呑む時のように、“必要”な場合ではないため、ずいぶんとリラックスしているらしい。
「九つも不思議があるんですよ? どれも調べられそうなことですし、それに面白そうじゃないですか。いいですねぇ、青春ですよ」
「無責任すぎませんか先生……補導されたら相談所の名前、即出しますからね」
「どうぞどうぞ。そういったもみ消しは、僕の本領発揮できますので」
悪い笑顔を見せる樫木に、梓は軽い眩暈を覚える。
「あの、一年経ってるからもう聞いちゃっていいかなと思って聞くんですけど。先生って一体何者なんですか?」
美凪の疑問を受け、二人は顔を見合わせる。梓は眉間に皺を寄せ、樫木は優しく微笑んでみせた。
「正直お酒大好きってイメージしかなかったんですけど……もしかして警察の弱み握ってたりするんですか?」
「……んんっ、失礼。お茶を濁すべきではないですね。美凪くんにはきちんと説明しましょう。それなりに長くなってきましたからね」
居住まいを正すと、梓に視線を飛ばす。その意図をすぐに理解し、渋々頷いた梓はソファへと向かう。隣のスペースをバンバン叩いてアピールするのを無視し、向かいのソファへ腰かける。不満げに頬を膨らませる美凪に頬を緩め、樫木は話を始める。
「まず前提の話というか、美凪くんの認識を確認しましょうか」
どういうことか、と美凪は首を傾げる。
対する樫木は、デスクに指をとんと叩きつける。
「相馬美凪くん、あなたは僕のことを『人間』だと思いますか?」
優しい眼差しだというのに、鋭さを持っている。その目に射抜かれて、美凪は息が詰まる。
「その反応だけで上等です。どこか、人とは違うと思ってくださっていたのですね。嬉しい限りです」
グラスの氷が溶けて、カラと音を立てた。
「その感覚、とても大事なものなので大切にしてください。それは美凪くんにとって、ずっと必要なものになりますので」
閑話休題。まるで彼女の親のような微笑みを返していた。
「何者かを完全に明かすことは出来ませんが、僕は人とは別の生き物です。これ以上の情報をあなたにあげると、良くはないのでここまでしかお伝え出来ないのが心苦しいですね」
隠されている、ということは理解できる。だが、それを深堀することは美凪には出来ない。
否、する必要はなかった。彼女にとっては、それだけで十分だった。
一年と少し。ヒトナリ相談所に在籍している彼女の期間だ。樫木仁成という人物は、言葉少なで伝えてくることが非常に多いが、確実に真実や芯に至るものを伝えてくる。
彼がそれだけを伝えてくれる、ということは人間ではないという情報だけが重要なのだろう。
「分かりました。それだけで大丈夫です。だって先生、私たちに隠し事しないし。大事なこと言ってくれて、ありがとうございますって伝えておしまいですよ」
相馬美凪は、変わらずいつものように笑ってみせた。
「……こちらこそありがとうございます。美凪くんが理解してくださらなかったり、拒絶された場合は相談所での記憶を失うことになっていましたので」
とんでもない文言を軽口で投げてきて、ぎょっとしながら美凪は立ち上がる。
「それは困ります! だって先輩との時間忘れちゃうの困りますけど、先生との話だって私にとってはすごく大事なんですからね!」
記憶を消すための手段があることなど、美凪にとっては些末なことだった。
「ありがたいですね本当に」
思わず口元が緩む樫木。その微笑みが、なんだか老いたように見えてしまった。
「話が逸れましたね、話を戻しましょう」
わざとらしい咳払いをして、無理矢理軌道修正を図る。
「調べものをする時、目的のものだけを調べても行き詰まりやすいんです。一点を見るだけでなく、全体を通して理解することが必要です。何かが起こる時、多くのことは連動しているんですよ」
「先生、絶対九不思議のこと気になってるだけですよね?」
「ふふふ。否定はしません。そういったものは、調べてみると面白いことが多いのですよ」
また一口呑むと、樫木はスマホを取り出した。
「一応ですが、君たちが補導されてしまわないよう警察の方には連絡しておきますね。安心して夜の学校で調べられるように、僕が出来るフォローです。君たちに任せる依頼ですが、こうして頼ってもらえればお手伝いします。社会でとても大切なことですから」
未熟な二人に、社会で必要なことを少しずつ伝えていく。彼らより少しだけ年長者だと自覚しているからこそ、彼らには無数の可能性があって取りこぼしてほしくないというわがままを抱えていた。
「先輩、また深夜デートですって」
「今先生がきちんとした話をしようとしてたのに、何でぶち壊すんだお前は」
満面の笑みの美凪に、呆れた視線を向ける。
「だって、こんな話する理由って先輩が悪いんでしょ? 先輩はちゃんと、将来のことじっくり考えてください」
美凪の顔がいたずらな表情に変わると、痛いところを突かれた梓はバツが悪そうにこめかみを掻く。
「私はここが好きですけど、先輩は好きだからここで働いていく、って言ったんですか?」
「俺は先生に恩があるから、その恩返しをしたいって――」
「それ、あんまりよくない言葉だと思います」
珍しく鋭い指摘の美凪に、梓は口を噤む。
「先生が怒る気持ち、私は分かるかもって」
「……怒っているわけではないんですけどね」
樫木は小さく付け足すが、珍しく後輩が突っかかってきているので梓はそちらに茶々を入れて誤魔化そうとすることが出来ない。
「恩返しはいいことだと思います。でも、先生はそのために先輩を助けてくれたんじゃないんです。それって理由じゃなくて梓先輩の都合なんですよ。ずるいんですよ先輩」
梓はここでようやく気付いた。美凪も怒っていることに。
「先輩、絶対色々出来ることがあるのにもったいないですよ。学校で色んな部活の助っ人やってるの見て楽しいから、もっと他のこともして色んなことやってる先輩が見たいです私」
一歳下だというのに、彼女なりの言葉で正論をぶつける。
「何で相馬がそこまで言ってくるんだ?」
純粋な疑問に対して、美凪は自信満々に先程の笑みに戻る。
「ずっと言ってるじゃないですか。先輩のこと、好きだからですよ。好きな人には、ちゃんとかっこよく生きてほしいんです」
面と向かって告げられる好意に、不意打ちを受けた梓は口元を隠してそっぽを向いた。
「お、先輩照れてるー。やっぱ言ったもん勝ちですね。もっと言わなきゃ」
「うるさい。今日も夜に学校に忍び込むんだから休んでろ」
目の前で繰り広げられる青春模様をつまみに、樫木はまた一口ウイスキーを呷る。




