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こちらヒトナリ相談所  作者: 多希やなぎ
Case.232 July 16「毎晩飛び降りる人」
25/42

3.

「九井北一年、田畑(たばた)弥生(やよい)です」


本日の依頼人は、梓と美凪の後輩にあたる一年の女子生徒だった。外は暑いというの、紺色のカーディガンを羽織っており、日本人形を思わせる黒髪と相まって大人しそうな印象を受ける。


「えっと、ヒトナリ相談所って先輩たちがやってるんですか?」


通された応接間に、九井北高校の有名人二人だけしかいないのだから、そう考えてしまうのも仕方ない。


「今、樫木先生は別件を対応していまして。声はかけてあるので、もう少々お待ちください」


依頼人ではあるので、面識のない後輩であっても梓は丁寧な言葉遣いで対応する。


「じゃあ先に先輩たちに聞いてもらってもいいですか?」


てっきり静かに待つのだと思っていたら、そんなことを切り出してきた。二人は顔を見合わせると、話を聞いておいてもいいかとソファに腰かけようとした。


だが、バタバタとした足音と、白猫が耳をピンと立てた。


間もなく、乱暴に応接間のドアが開けられる。


「ごっめーん! うちのミィちゃんありがとー!」


今日もアイロンと格闘して拵えた緩めのウェーブの茶髪をなびかせ、加藤愛華がずかずかと応接間にやってくる。


一方ミィと呼ばれた白猫は、ピンボールもかくやと応接間を駆け回って彼女から逃げようとする。壁に並べられた本棚や、窓際に飾られた花瓶にぶつかることなく勝手に部屋の隅に追い詰められてしまう。


「ありがとね美凪、ニッシー先輩も。いっつもミィちゃんが逃げ出してるから、迷惑かけちゃってすんません!」


軽い口調でケラケラと笑っているが、腕に抱え込んだミィはその左腕に爪を立てながらかじりついている。


「ってありゃ? 弥生ちゃんだ、おひさ」


ソファに座る田畑を見つけると、元気に挨拶。田畑は小さく会釈を返す。


「二人って、知り合いなの?」


「うん、ご近所さん。小学生の頃は一緒に遊んでたし」


美凪の言葉に、加藤は笑顔で返す。ギャル真っ盛りの加藤とは対照的に、ソファで所在なさげにしている田畑はさらに委縮しているように見える。


「えっと、久しぶり……愛ちゃん」


「んふふ。その呼ばれ方久しぶりすぎてめっちゃ嬉しい」


満面の笑みを浮かべて、田畑の隣に座ろうとした加藤を止めたのは梓だった。


「こら加藤。お前チャイム鳴らさず入ってくるのやめろって言っただろ。いくら猫預かってるってこっちから連絡入れてるとはいえ、不法侵入になるって何回言えば分かるんだ」


「いやー、なんかもう最近ほとんど毎日来ちゃってる感じだからつい」


ごめんなさいの一礼をしながら、梓の腕を振り切ってソファに座った。これは長くなるな、と梓は肩を竦めた。


「んでんで、何で弥生ちゃんここにいるの? なんかお困り事? 猫ちゃん逃げちゃった?」


逃げ出した猫は、元気に飼い主の腕を噛んでいる。全く動じない飼い主に、そろそろ恐怖を覚える頃だろう。


「おい帰れ。知り合いでも、相談内容聞いていいわけじゃないぞ」


さっさと退室させようとするが、その言葉に首を横に振ったのは田畑だった。


「い、いえ。大丈夫です。愛ちゃんも多分、関係あることだと思うので」


「えっ、私にも? 何しちゃったっけ……」


「心当たり多そうだもんね愛華は」


美凪の同意に愛華は文句を返しているが、一向に話が進まないので梓が向かいのソファに座り、田畑へ話すよう手で促す。


「えっと……先輩たちは、『九井北の九不思議』って聞いたことあります?」


先程美凪が梓と話していたことと近いが、数が違う。


「七不思議じゃなくって?」


隣に居座る加藤の問いに、田畑は小さく頷いた。


毎年夏の時期に出回るこの七不思議は、それぞれの学年で認知されており、しかも毎年その内容が少しだけ変わっている。だが三年生の梓は、七不思議の話は毎年聞いていても、九不思議というものは初耳だった。


「今年のだけ、数が増えて出回ってるらしいんです。しかも、全部誰かに目撃されてるって言われてて」

ミィが加藤の腕を噛むのを諦めているが、誰もそれに気付かなかった。




九井北高校の九不思議。


一つ。家庭科室に響く、包丁を研ぐ音。


一つ。化学準備室を抜け出して、校舎を歩く人体模型。


一つ。音楽室でひとりでに鳴る、ピアノの音。


一つ。覗き込むと割れて写った人を殺す、踊り場の姿見。


一つ。空き教室で授業を受ける、生徒の亡霊。


一つ。部室棟で夜だけ流れ続ける、水泳部のシャワー。


一つ。職員室に集う、無数の霊。


一つ。体育館で跳ね続ける、バスケットボールの音。


一つ。屋上から飛び降りを繰り返す、死ねない人。




「……馬鹿馬鹿しすぎる」


特に七つ目。明らかに残業する羽目になった教師のこととしか思えない。生徒の亡霊に関してもただ場所を変えただけだろうし、いかにでっち上げるかで頭を捻ったのかは想像に難くない。


「で、その九不思議がどうしたの?」


美凪の言葉に、田畑は目をうろうろさせる。迷いながらも、ようやく選び取れた言葉を吐き出した。


「……その九不思議、調べてもらいたいんです」


「九不思議は誰かに目撃されてるって言ったんですけど、全員私のクラスなんです」


膝の上で手をもじもじとさせながら、田畑の言葉は続けられる。


「多分私のクラスが九不思議を広めたんだと思うんですけど、広まってからおかしくって」


手が震え始め、深い深呼吸を挟んでもそれは止まらない。


「九番目、最後のやつです。飛び降り続ける人なんですけど、それを見た子が今学校を休んでるんです」


唇まで震え始めた田畑に、隣に座る加藤は手を重ねる。優しく微笑むことで、言葉よりも感情を伝えた。


「……彼女は、三回飛び降りるのを見たらしくて。最初に見た時は何が落ちたのか分からなくて。次に見た時は、それが人影だって言ってて。三回目に見て、さすがに変だなと思って、落ちた場所を見に行ったらしいんです。でも、何もなくって。明日も見てみる、って言った週明けから今日まで、一週間休んじゃってるんです」


口ぶりからして、ある程度の交流をしているクラスメイトのようだ。友達と断言しない辺り、そう言ってしまうことに対しての遠慮があるのだろう。


「他のを目撃した人たちは、なんともないの?」


美凪の質問に、田畑は小さく頷く。その手を握る加藤の手の甲に、彼女の涙が落ち始めたため、それ以上のことを聞くことは中断することとなった。




「なぁんか変だよな」


田畑を門まで送り、加藤を無理矢理追い出して家まで送らせるように伝えてから戻ってきた梓は、開口一番そう切り出す。


「何が引っかかるんですか先輩」


田畑たちへ出していたマグカップを片付け終えた美凪は、さらにもう一杯おかわりを啜っていた。


「あの馬鹿馬鹿しい九不思議は置いといて。あの田畑って子の態度がどうも気になる」


梓もポットから紅茶を注ぎ、美凪と対面する形で座る。それが不服な美凪は、唇を尖らせて立ち上がると、田畑の話を聞いていた時のように梓の隣へ移る。隣へ座ってきた美凪を邪険にすることもなく、梓は話を続けた。


「何で自分のことじゃないのに泣き始めたのかが分からないし、そもそも何で彼女がこれを依頼してくるのかが理解できん」


「あー、そこ引っかかっちゃってたんですね。まぁそれは今回ちょっとレアケースかもです」


ポットに入れた氷が崩れて音を鳴らし、耳に涼しげな印象を与えてくる。二人を送り出すためだけに少し外に出ただけで、梓の背中にはじんわりと汗が滲んでいる。


「え、なに。凄い嫌な言い方」


「だって先輩、学校の有名人なんですよ? 今まで接点なかったのに、ここに来たら絶対会えるんだから、来るなら来ちゃうでしょ。計算ずくなんですよあの子」


「……聞かなきゃよかった」


心底不快感を表情に露にした梓に、勝ち誇るような笑みを見せる美凪。


「よろしくないんですよ一部の女子って」


「何でそんなこと言うの……言わなきゃいいじゃん」


「言わなきゃ、絶対先輩はあの子に言いくるめられて変なことに巻き込まれそうだなって」


あまりよくない話題を、応接間のノックが中断させた。


「遅くなりました。先程の依頼人は、どんな要件でしたか?」


樫木仁成は、東棟の一室で昨日解決した依頼を報告して戻ってきた。


「おかえりなさい先生。実は――」


梓の簡潔な説明を、樫木は頷きながら片手間に聞く。今日は珍しく藍色の着物姿であり、袖口から酒瓶を取り出して飲み始めた。


「そうですね、これは君たちに任せましょうか」


応接間に置かれている豪奢なデスクに着くと、事も無げに言う。


「ですよね……うちの学校関連の依頼だし、先生が出入りしたら通報されて相談所畳まなきゃいけなくなるし」


「てか、私たちも危なくないですか?」


美凪が懸念しているのは、生徒である自分たちが依頼を引き受けたことではない。依頼として調査をしなければならない時間帯なのだ。


そもそも毎年出回っている七不思議の時点で、枕詞に「丑三つ時に」や「深夜零時」と付くのが定例だった。明言されていない以上、今回広まることとなった九不思議も同様に深夜に発生していると思われる。


「まずはその九不思議が観測されている時間を確認するところから始めないといけませんね」


挑戦的な笑みと視線が梓に投げられ、悔しげに歯嚙みする。


「梓くんもここで二年目、美凪くんも一年目を超えたところですし、依頼人への報告まで全てを二人にこなしてもらいましょうか」


引き出しから革張りのファイルを取り出すと、おもむろにページを広げてめくっていく。


「僕が引き受けないといけない依頼がまだいくつかあるので、正直なところ二人が引き受けてくれると非常に助かります」


昨日今日と立て続けに五件の依頼が舞い込み、突如多忙となってしまったヒトナリ相談所。普段は週に二つ程度の依頼が来れば御の字で、生計のほとんどは警察の捜査補助で成り立っているとのこと。


「忙しいの珍しいですね先生。何かやりました?」


「九井市では評判の何でも屋さんなんですけどねぇ」


「何でも屋って言っちゃった……」


ずいぶんと事務所に馴染んだ三人の空気感に、どこか居心地の良さを感じながら時間は過ぎていく。


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