2.
「先月も多かったけど、今月もうこれで何回目だよ」
授業を終え、相談所に向かう道中。見慣れた猫が足元にやってきて、そのまま相談所へ連れてくる羽目になった。
美凪が連絡を入れると、クラスメイトの加藤はすぐにメッセージと着信を返してきた。
ちなみに八月に入って、加藤家の猫は六回目の脱走である。
「もう飼うな、あの家で」
「いやぁ、愛華だけ飼ってる猫たちに懐いてもらえないんですよね」
計五匹飼っている加藤家の中で、加藤愛華だけが近付いてもらえないらしい。先日保護して引き渡す時に、「噛まれる、ひっかかれる、まではいいんですけど。私が家に帰ったら大慌てで逃げてくんですよね」と言っていた。
「じゃあ早い内に一人暮らしだな」
「でも愛華は猫のこと大好きなんですよね。片想いっていうか」
飼っている家猫に片想いは、生活していて苦しくないのだろうか。いや、本人がいいのなら他人である自分たちは何も言えないのだが。
「そだ、先輩。最近こんな話が学校で広まってるんですけど知ってます?」
相談所の応接間で真っ白な猫を撫でながら、梓はその言葉に首を傾げる。
「漫画かよ、って言いそうですけど、学校の七不思議が広まってるんです」
「まーたかよ」
「言ってくださいよ、漫画かよって」
紅茶を一口、そしてわざとらしい咳払いの後に口を開いた。
「一つ目が、化学準備室から歩いてくる人体模型」
日付が変わった瞬間、施錠されている化学準備室を開けて、人体模型が出てきて廊下を徘徊するというもの。
「でもうちの学校、人体模型ってないぞ」
「えっ、そうなんですか?」
大きな双眸を見開いて、今度は美凪が首を傾げる。
「来週には終業式で夏休み。毎年夏の時期に、っていうか夏休み直前で学校の七不思議の話題が広まるんだよ。俺の先輩たちも毎年やってたから、例年通りっていうか。人体模型があるかどうかをまず調べるところから始めるんだよ」
「なーんだ、つまんないの」
恒例行事と知るや、唇を尖らせてもうこの話題は終わりになった。
「ところで梓先輩、夏休みのご予定は?」
「特になし。というか、俺一応今年受験生なんだけど」
その返答に再び目を丸くした美凪は、はしたなくソファを這うようにして隣の梓に近付く。さながら動きは猫のようだ。
「そういえば先輩、進学するんですね。そんな話も全然しないからどうするのかと」
「……先生が大学行けってさ」
この場で出す「先生」とは、このヒトナリ相談所の主である樫木仁成のことだ。しかし珍しく、彼は席を外している。
「色んな知識を持つことは、将来を広げる手伝いをしてくれるって。将来何したいのか決まってないから、せめて土台は必要だって言われたんだよ」
近付く美凪にうんざりと顔を背けながら言う。その顔は、どう見ても納得いかない様子だ。
「……梓先輩、相談所そのまま手伝うって言ったでしょ?」
「正解。そしたら珍しく怒ってた」
「あー……あの静かに淡々と怒る感じ、私も苦手です」
「普段怒らないから余計にな……」
樫木に叱られたことのある二人は、無表情の彼を思い出してげんなりする。
その先を聞き出そうと口を開きかけた美凪を、チャイムの音が止めた。今日の来訪者対応は梓の当番なので、重い腰を上げて応接間を出る。加藤家の白い猫は、梓の膝から下りると、その後をついて行こうとする。
「はーい、君はこっちだよー。愛華待ってようねー」
美凪に抱きかかえられ、猫は大人しく追跡を諦める。
「何で先輩と私には爪立てることもないのに、愛華にはあんなに暴れるんだか」
頭を撫でながら、疑問を口にする。その掌を、猫は愛おしそうに舐めた。




