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こちらヒトナリ相談所  作者: 多希やなぎ
Case.232 July 16「毎晩飛び降りる人」
24/42

2.

「先月も多かったけど、今月もうこれで何回目だよ」


授業を終え、相談所に向かう道中。見慣れた猫が足元にやってきて、そのまま相談所へ連れてくる羽目になった。


美凪が連絡を入れると、クラスメイトの加藤はすぐにメッセージと着信を返してきた。


ちなみに八月に入って、加藤家の猫は六回目の脱走である。


「もう飼うな、あの家で」


「いやぁ、愛華(あいか)だけ飼ってる猫たちに懐いてもらえないんですよね」


計五匹飼っている加藤家の中で、加藤愛華だけが近付いてもらえないらしい。先日保護して引き渡す時に、「噛まれる、ひっかかれる、まではいいんですけど。私が家に帰ったら大慌てで逃げてくんですよね」と言っていた。


「じゃあ早い内に一人暮らしだな」


「でも愛華は猫のこと大好きなんですよね。片想いっていうか」


飼っている家猫に片想いは、生活していて苦しくないのだろうか。いや、本人がいいのなら他人である自分たちは何も言えないのだが。


「そだ、先輩。最近こんな話が学校で広まってるんですけど知ってます?」


相談所の応接間で真っ白な猫を撫でながら、梓はその言葉に首を傾げる。


「漫画かよ、って言いそうですけど、学校の七不思議が広まってるんです」


「まーたかよ」


「言ってくださいよ、漫画かよって」


紅茶を一口、そしてわざとらしい咳払いの後に口を開いた。


「一つ目が、化学準備室から歩いてくる人体模型」


日付が変わった瞬間、施錠されている化学準備室を開けて、人体模型が出てきて廊下を徘徊するというもの。


「でもうちの学校、人体模型ってないぞ」


「えっ、そうなんですか?」


大きな双眸を見開いて、今度は美凪が首を傾げる。


「来週には終業式で夏休み。毎年夏の時期に、っていうか夏休み直前で学校の七不思議の話題が広まるんだよ。俺の先輩たちも毎年やってたから、例年通りっていうか。人体模型があるかどうかをまず調べるところから始めるんだよ」


「なーんだ、つまんないの」


恒例行事と知るや、唇を尖らせてもうこの話題は終わりになった。


「ところで梓先輩、夏休みのご予定は?」


「特になし。というか、俺一応今年受験生なんだけど」


その返答に再び目を丸くした美凪は、はしたなくソファを這うようにして隣の梓に近付く。さながら動きは猫のようだ。


「そういえば先輩、進学するんですね。そんな話も全然しないからどうするのかと」


「……先生が大学行けってさ」


この場で出す「先生」とは、このヒトナリ相談所の主である樫木(かしわぎ)仁成(ひとなり)のことだ。しかし珍しく、彼は席を外している。


「色んな知識を持つことは、将来を広げる手伝いをしてくれるって。将来何したいのか決まってないから、せめて土台は必要だって言われたんだよ」


近付く美凪にうんざりと顔を背けながら言う。その顔は、どう見ても納得いかない様子だ。


「……梓先輩、相談所そのまま手伝うって言ったでしょ?」


「正解。そしたら珍しく怒ってた」


「あー……あの静かに淡々と怒る感じ、私も苦手です」


「普段怒らないから余計にな……」


樫木に叱られたことのある二人は、無表情の彼を思い出してげんなりする。


その先を聞き出そうと口を開きかけた美凪を、チャイムの音が止めた。今日の来訪者対応は梓の当番なので、重い腰を上げて応接間を出る。加藤家の白い猫は、梓の膝から下りると、その後をついて行こうとする。


「はーい、君はこっちだよー。愛華待ってようねー」


美凪に抱きかかえられ、猫は大人しく追跡を諦める。


「何で先輩と私には爪立てることもないのに、愛華にはあんなに暴れるんだか」


頭を撫でながら、疑問を口にする。その掌を、猫は愛おしそうに舐めた。

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