19.
今も、目を閉じてしまうと時々思い出す恐怖。
夢で人形に襲われて、ひどい目覚めを繰り返していた一年前。
「ほら、これ」
梓先輩がダイニングに連れてきてくれたおかげで、ソファにゆっくり体を預けられている。ローテーブルに置かれた紅茶はカップに注がれていて、先輩が淹れてくれたんだと分かる。口をつけると、ほのかな甘さと香りが広がる。
「砂糖一つで合ってたか?」
「……はい、ありがとうございます先輩」
それに無愛想な返事があって、つい口元が緩んでしまう。
「……いつでも辞めていいんだからな」
少し間を空けて隣に座る梓先輩は、不機嫌そうな顔でそう言ってくれる。
「相談所は人形に関わることがどうしても多くなる。バイトに入る時、全部説明したよな?」
不躾な言葉だけど、先輩が私のことを考えてくれている優しい言葉。
「俺のことも、先生のことも。人形のことは避けられないって」
これまでも、ここでバイトを始めてから何度か人形関連の事件が舞い込んできた。解決の都度、トラウマを思い出して同じやり取りをしている。
離れるべきだとは思う。でも、離れる理由よりも、ここに残りたい理由が大きいんだ。
「去年のことは忘れられないだろうけど、ここにいるよりはマシになるんじゃないか?」
邪険にしているわけではない。こうして紅茶を淹れてくれて、こんな話を切り出してくるのだし。私がトラウマを刺激されたから、すぐにここに連れてきてくれた。優しいこの人が、拒絶しているだけならこんな言葉は出てこない。
「忘れるために、きちんと向き合いたいんです」
睨みつけるぐらい、強く彼へ顔を向ける。視線に気付いているからこそ、梓先輩はこちらを向いてくれない。
「……きつくなったらすぐ言っていいからな。俺も先生も、絶対に引き留めない」
まだ湯気の立つ湯吞みから、彼は息を吹きかけもせず一気に飲む。それが悲しく思えて、つい目を細めてしまった。
「大丈夫です。だって、先輩がいるんですから」
大事な言葉を思い出す。一年前、彼からもらったその言葉が今の私をこの場所に繋ぎ止めてくれている。
だから私は、彼を想っている。
「どんなことになっても、先輩は助けてくれるでしょ?」
「……困ってないと助けないぞ」
そんな言葉を返すから、吹き出してしまう。
まるで私が、困っている風を装って先輩を困らせようとする魂胆があるみたいじゃないか。
困った、見抜かれている。
「そんなこと言って……どうせ、先輩は助けてくれるんですよ。知ってるんですから」
少し前屈みになって、先輩の顔を覗き込もうとする。それに気付いて視線を逸らす梓先輩が、なんだか可愛らしく見えてしまう。
「うるさいうるさい。今日はもう依頼も来ないだろうから、落ち着いたらさっさと帰るぞ」
湯吞みを空けた先輩は、立ち上がってダイニングを出て行ってしまった。素直じゃないなぁと口元が緩む。
荷物を取りに行ってくれたと思うから、もうちょっとだけここで紅茶を飲んで、梓先輩を待ってあげよう。




