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こちらヒトナリ相談所  作者: 多希やなぎ
Case.226 June 21. 『人形』が見える
21/42

18.

「で、結局のところ、原さんはどうなったんですか?」


事務所の応接間で、挨拶よりも先に美凪は尋ねた。事の顛末を報告しに訪れた中年刑事の矢沢は、ご丁寧にマッチで煙草に火をつけながら話し始める。


「まず、今回の被害者たち。治験に使われた睡眠導入剤には、微量に『種』が使われていた。そして当然『人形』も吐き出されていたが、微量だったおかげで依存性も残らずにいる。日紫喜くんたちが襲われた無数の人形はおそらくそれだ。いつもより脆かったろ?」


対面のソファのそばに控えている梓は、小さく首を横に振る。


「俺と闘ったのは、少なくとも普通の人形でしたね。多分、一紀の方が相手してました。てかカルレスがそんなことを言ってたはず」


形のある『種』でなければダメ、という言葉を思い出していた。形を保たず効果を発揮する方法を見つけているのか、今回それを応用してきたらしい。


「で、今回のお前さんらの依頼人だったやつ。そもそもの、心の底から願っていたものが面白くてな」


言いながらくっくっと笑いを堪える様子に、梓と美凪は顔を合わせて首を傾げる。


「そいつ、どうやら『人形』と添い寝してたらしい」


「はぁ⁉」


梓は思わず声を大にして驚いた。


「原という男の願望は、「ぐっすりと寝たい」だったみたいでな。その願望を受け取った『種』は、『人形』にも睡眠をとらせていたらしい。吐き出されてすぐ、同じベッドに横になったからそのまま動かず、朝には灰になっちまってたんだとよ」


飲み込んだ『種』は、口から『人形』として吐き出され、願望を人間性として奪い取って、原動力として動く、というのが一連のメカニズムだ。そして原の願望が睡眠を欲していたせいで、彼は眠れていると感じているにも拘らずあんなにも疲労の色が濃かったのだ。


「……私なら絶対に吐いてますね、そんなこと知ったら」


想像して顔を青ざめさせている美凪。彼女のフォローよりも先に、梓は疑問をぶつける。


「ところで、それはどうやって分かったんです?」


「まぁ今回の重要参考人であり被害者の一人だからな。詳しく聞いてみたら、朝起きると布団が汚れていて、気付くとその汚れがないらしい」


「灰になったのを確認していて、はっきりと覚醒した際にはもう灰は散っていたということでしょうね」


樫木の補足に、一同はあぁと納得した。


人形が役目を終えて灰になると、しばらくしてその灰は霧散する。願望は形のないもの、故に終われば形は消えてしまうのだ。


「相馬、外に出るか?」


「うぅ、ごめんなさい……」


明らかに顔色の悪くなった美凪を見て、梓はその腕を取って応接間を出ていく。残される樫木と矢沢に視線を送ると、そのままドアを閉じた。


「日紫喜くん、なかなか気の回るいい男に育ってるね」


「そうなるように育てているつもりはないので、彼の本来の優しさでしょう」


年長者二人は微笑むと、すぐに仕事の顔へと切り替わる。


「で、今回の主犯。調べてみたが、現状は引っかからなかった」


「……その言い方、当てはあるみたいですね」


矢沢は右の口角を持ち上げると、灰をポケット灰皿に落としながらまた一息吸う。


「まぁな。連中のことは、誰より俺らが調べてるからな。関係者ないし主犯連中の何人かは軽く情報を手に入れてある。そこと照らし合わせてる最中だ。詳しく分かったら、すぐに伝える」


灰皿にねじ込んでもみ消すと、欠伸をこぼしながらマグカップを手にした。中のコーヒーを一口啜り、ぬるくなったことを確認して半分ほど一気に飲む。


「彼のことを調べられれば良かったんですけど……今回は負傷者が出る可能性が高かったので、人払いを優先しました」


「構わねぇよ。お前さんのおかげで死傷者なしだからな。そのおかげで、いい感じに事故でっち上げて誤魔化せてるんだ」


新しい煙草を箱から直接咥え、またマッチで火をつける。紫煙を細く吐くと、矢沢が話を再開する。


「……とりあえず、今回のことは世話になった。また迷惑かけることになると思うが、まあしばらくは大人しくしてるだろうな」


「今までの傾向を考えると、数か月は動かないですかね。少なくともこの近辺では、と付け加えなければいけませんが」


一年前に同様の事件を起こし九井市を離れていた、カルレスの仲間のことを思い返す。他の地域でも種をばら蒔いていたため、その期間は九井市で人形関連の事件は発生していなかった。被害が発生してから動けない警察側として、矢沢は不甲斐なさを痛感せざるを得ない。


「ただ、彼は宣戦布告と言っていました。なら、今回は当てはまらないかもしれません。それが分からないのが、完全に後手に回っている要因ですね」


「仕方ねぇさ。犯罪の予防なんてもんは出来ねぇ。怪しいやつらを手あたり次第捕まえるなんて無理な話だし、そんなことして市民の生活を抑圧で恐怖させるのはこっちも不本意だしな」


二人は苦笑を交わすと、互いの嗜好品を口にする。矢沢が去るにはまだ煙草が長く、樫木が彼を追い返す理由を持ち合わせていない。

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